#45.役職と階級
人質生活開始から約二ヶ月。驚く程暇です。連日晩餐やらお茶会やらに呼ばれていたのは最初の二週間だけで、以降は月一ペースで夜会やら舞踏会があるだけです。レイフィーラ様にしてみると後宮に居た頃と変わらないのでしょうが、侍女見習いをしていた私にとっては暇そのものなのです。トルシア様にそんな話をしてしまったら「自分でやることを見付けなさい」と言われてしまいました。
ということで、暇な時間に売ってない子供用手袋を作れば良い。そんな単純な発想で手袋作りに勤しんでいる私です。
無地の手袋では詰まらないので得意の刺繍を生かしてワンポイントを入れたりなんかしています。夜会用のシルクの手袋は手の甲に赤い糸と金糸を使ってでセルドアス家の紋様を入れました。王家の紋は細かくて縫うのは大変なんですが、剣と船を組み合わせたなかなかカッコイイデザインなのですよ?
それから、手袋が一段落したら他の刺繍作品に取り組みたいですね。縫い物はそれほど好きではありませんが、刺繍は好きですから。考え事しながらやると、呼ばれても気付かなかったりする欠点もありますが一度大きな作品を作りたいですね。まあ基本的に暇ですからイブリックに居る間に作ることになるでしょう。
刺繍以外だと、自由時間は副侍女になるため勉強をしています。
あ、副侍女というのは……えーと、ここで後宮官僚の階級について説明したいと思います。
女官です言いますと、上から、女官長、女官長補、女官次長、女官次長補、正女官、副女官、そして普通の女官です。「女官」のところを「侍女」もしくは「武官」に変えればそのまま侍女と武官の階級になりますが、長補だけは女官だけの役職で女官長補は侍女長、武官長と同階級です。詰まり女官長だけ他の階級より頭一つ抜けているということです。
他の階級は役職名がそのまま階級名になっていますが「正」と「副」だけは、階級名で役職名ではありません。昔はそれぞれの主に正侍女と副侍女という考え方だったそうですが、今はそれぞれの班に正侍女がいないことも少なくありません。
さて、副侍女になるにはどうすれば良いかという話ですが、勉強していると言った以上試験があります。但し、最低三年の実務経験と「副」階級以上の後宮官僚一人の推薦が必要です。
推薦して貰うのは然程難しいことではありませんが、試験は簡単ではありません。実力主義の後宮官僚らしい制度です。
因みに「正」に成るには「副」の経験が二年以上と推薦人が五人必要です。仲間にも認めて貰えないと「正」には成れません。それ以上の階級は人数が決まっていまして、会議で昇格が決まりますので階級と呼ぶより役職です。
なんとかして三年で副侍女に上がりたいので勉強は欠かせません。まあ暇なので捗っていますね。
え? なんで昇格したい?
だってクラウド様が! クラウド様が根回ししちゃったんだもん!
クラウド様は、レイテシア様とエミーリア様に根回しして「帰って来たら私の侍女にしてやる」を出発前には実行に移していました。
二年後の後宮人事をどうやって取り付けたかは不明ですが、レイテシア様には「レイフィーラの次はクラウドを宜しくね」なんて可愛らしく笑い掛けられ、エミーリア様には「貴女が望むならばわたくしは否とは言いません。ただ折角の機会を不意にするのは愚かなことです」と告げられました。
クラウド様。貴方はいったい何をなさったのでしょうか?
クラウド様と仲が良いだけで王太子付き侍女に成るのは何かと軋轢を産みますからね。クラウド様が太子に就任する前迄に副侍女ぐらいにはなっていないと同僚から白い目で見られてしまいます。
とは言え試験は三年後ですからね。焦る必要はありません。気長に頑張ります。
「レイフィーラ様。一曲宜しいですかな?」
九歳に成ったばかりのレイフィーラ様をダンスに誘ったのは白いお髭のご老人です。孫を見るような柔和な笑みを向けて、優雅な仕草で跪き手を差し出しました。
「お誘い頂き嬉しく思いますレキニウス様。喜んでご一緒させて頂きますわ」
これまた優雅に淑女の礼をとったレイフィーラ様が優しくそこに手を置きました。完璧です。努力の賜物ですね。身長が合っていないのでダンスはちぐはぐなのが残念です。
そんな光景を横目で見ながら実は私も誘われて踊っていたりします。
イブリックではお仕着せで舞踏会に参加出来ないことが最初から分かっていましたので、私も計四本ドレスを持って来ました。一本だけは新調したのを持って来ましたが、他の三本は王族の普段使いお古を借りて来たのです。
今日着ているのもそのお古の一つで、黄色いエンパイアラインのドレスなんですが……たぶん凄く似合わないと思います。そもそもお古なのでしょうがないのですが、金髪でこの色ドレスを着てしまうと見えなくなりますし、何より私の体形に合ってないのです。
まあ今更恥も何も無いので「センスの無い娘」と思われて壁の花になれれば良かったのですが、今日は妙に若い男性が集まっているので矢鱈と誘われています。侍女の身で早々断れませんから受けるしかないのですが……。
レイフィーラ様。お仕事下さい。
そう言えば今日の舞踏会の趣旨は「若手貴族交流会」でしたね。
因みにレキニウス様は、主催者の前大公様です。イブリックは社交界デビューに年齢制限はありませんが、大体12歳ぐらいが慣例で、流石にレイフィーラ様と吊り合う体格の方はいらっしゃいません。
「何か考え事ですか? クリスティアーナ様」
「失礼致しました。このドレスがどうも……」
新調したドレスは大きめに作ったのでまだ着れませんし、お古も一本は大きい物にしましたので今着られるドレスは二本なのです。その中一本がこれですから……舞踏会や夜会が立て込むと毎日同じドレスを人に見せる嵌めになりそうです。
うぅ。流石に少し恥ずかしい気がして来ました。レイフィーラ様のことばかり考えていて自分の事に無頓着過ぎましたね。
「そんな事はありません。凄くお美しい。いや、私の眼にはドレスなど映りません。貴女のその可憐さが私の心を捕えて離さないのですから」
……さっきから皆そうですが、社交辞令が酷いですね。イブリックにはこういう習慣があるのでしょうか? それにしてももう少し心に響くように言って貰いたいです。これだったらレイフィーラ様の贔屓目の方が私には嬉しいですよ?
「ありがとうございます。でも社交辞令は結構ですよ? 私は侍女ですから自分が褒められても全く嬉しくないのですから。出来ることなら主を褒めて下さい。それが侍女に対する賛辞です」
物凄く残念そうな顔に成ってしまいました……粗相はしていないと思いますが、変な意味に取られたわけではありませんよね?
あ、黙ったまま曲が終わってしまいました。えーと、あ、ダメだ。考え事しててちゃんと名前聞いて無かった……重要人物では無かったと思います。
取り敢えず特徴を覚えて後で誰かに訊きましょう。年齢は15歳前後でしょうか? 黒い長髪で瞳はダークグリーン。眼は細めでやや垂れ気味。鼻筋は通ってますね。口は小さめで顎は短く尖っている。中背でやせ型。灰色のタキシード。これぐらいで大丈夫ですかね?
「ありがとうございました。とても楽しかったです。また踊って下さいね」
年齢的にそこまで拘る必要はないのですが、侍女見習いを終えた者として一応令嬢言葉は身に付けています。でも私はどうにも苦手なのですよね、あの変に畏まった言い方が。ここでは何も言われませんが、セルドアの社交界では通用しないですかね?
「ええまた是非」
また社交辞令を言ってその人は去って行きました。その背中が少し寂しそうだったのは気の所為でしょうか? ダンスが楽しかったのは事実なのでこちらは社交辞令ではありませんよ?
私はこの時気付いていませんでした。とある集団からとっても怖い眼で睨まれていた事を。
2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。




