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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第二章 人質の侍女
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#44.誠実さ

「貴女のような人が私には一番の難敵なんです」


 私の問いに対してユンバーフ様は不思議な回答をしました。難敵だとしたらさっきの笑顔はなんですか?


「一言で言えば、「誠実であろうとする人」でしょうかね」


 疑問符が浮かんでいるだろう私の顔を見てユンバーフ様が続けます。誠実ですか? 私は嘘が下手なので正直になんでも話してしまいますが、誠実とは少し違う人間だと思いますよ?


「先程言った通り、外交は人間関係です。そして一度の交渉で外交は終わらない。だとしたら、自分の要求を只相手に突き付けて来る外交官より、相手の要求に誠実に応えようとする外交官の方が遥かに厄介なのですよ。相手に誠実にされたら此方も誠実に対応せざるを得ないですからね。当然逆も然りですが」


 もしかして、セルドアが交渉負けしたのはこれが原因だったのでは? 交渉を担当した誰かが不誠実な対応を取り続けていたとか? まあ私が考えることではありせんが。


「私が誠実であるとは限らないのでは?」

「20年の外交官経験を舐めて貰っては困ります。貴方“方”は誠実ですよ。少なくともこの私に対しては」


 明らかにアブセル様にも向けて言われた“方”に、二人は驚いたようです。私は別に驚きません。アブセル様は誠実な方だと思います。先入観が強いだけで。


「貴方方があの時の外交官だったらレイフィーラ様は今ここには居ないでしょうね。まあ正直ジークフリート様が出て来た時点でそれはないと思いましたが」

「ジークフリート様が出て来た時点? 最初からの間違いだろう?」


 相当無理のある要求ですから、最初から無理と考える方が自然です。ただユンバーフ様がそう考えていたなら交渉は決裂していたでしょう。


「いえ、最初の頃は寧ろ“行ける”と思いましたよ。イブリックを嘲笑する役人の相手など日常のことですからね。本気で決裂すると思ったのはやはりジークフリート様とお会いした時です。あの方は誠実に此方の話を聞いて下さいましたから。問答無用で切り捨てられるならまだ応対出来ましたが、王太子様に下手に出られたら対応のしようがないですよ。お陰で大失敗です」

「「大失敗?」ですか?」


 ラフィア様と声が被ってしまいました。それにしても大失敗ですか? ジークフリート様まで引っ張り出して交渉成立させたのだから大成功では?


「大失敗ですよ。お分かりでしょう? 相手を本気で怒らせてしまったら失敗です。ましてや軍艦を本国に引っ張って来てしまったのですから大失敗ですよ」


 うーん……確かにそうかもしれませんが、


「ジークフリート様が本気で怒ったのならレイフィーラ様は今ここに居ません。レイテシア様もソフィア様もクラウディオ陛下も皆了承したから此処に居るのです。それは他ならない貴方の、ユンバーフ様の誠実さに応えたからではないでしょうか?」


 そして同時に、イブリック大公はレイフィーラ様に手出し出来ないという確信があるから、軍艦で脅すなんていう大胆な事が出来るのだと思いますよ?


 ユンバーフ様は暫く目を見開き沈黙したあと、こう切り出しました。


「前から思っていましたが、貴女方後宮の官僚達は本当に優秀ですね。貴族男性の外交官より余程手強くてやり難い」

「当然ね。私達は試験を受けて教育を受けて更に試験を受けて残った人間よ。お坊ちゃん育ちで親の仕事を継いだだけの男どもに負ける筈がないわ」


 武官と違い文官は世襲が主流ですからね。武官程実力の差が分かり難いのが原因の一つですが、文官の為の高等学校は有っても良いと思います。


「ふふ。そうでしたね」


 ユンバーフ様は微笑みながらアブセル様を見ました。


「外交官と一緒にするな。騎士は厳選された実力者だ」

「ええ、分かっています。ただ後宮の女性を相手するのは骨が折れるでしょうから同情しただけです」


 ユンバーフ様それはどっちの意味ですか?


 ん? ウィンク? そうですか、両方ですね。外交官の観察力は並みではないですね。


「で、本題は何なのかしら?」


 ラフィア様のお怒りが再燃してしまいましたね。


「本題? あ、ああ。彼女の仰った通り、些細な確認と言いましょうか連絡と言いましょうか。

 極々単純に、何か不自由はないか必要なモノはないか、という話を挨拶を兼ねてする積もりだったのが一点」


 ……その話をしないで帰ろうとしたのが謎ですが、する必要がないという判断もあり得ます。実際私達は結構自由にやってますから。主に模様替えとか。


「それから……アブセル殿の前でこういうことを言いたくありませんが、侍女の方々にはご自分のことはある程度ご自分で守って頂きたいという話です」


 アブセル様からは殺気が溢れています。当然と言えば当然です。「騎士を頼るな」と言ったのと変わりませんからね。


「お前舐めてんのか?」

「冗談でもお世辞でもなく。セルドアの侍女は魅力的ということです。無論もう一人の彼女もですが、貴女方二人は間違いなくイブリックの若者の標的となるでしょう。中には無体な真似をする者もいるかもしれません。充分にお気を付け下さい」


 え? 私もですか?


「二年後、いや一年後には貴女にも求婚が殺到すると思いますよ。外国人というだけでも興味の対象になるモノです」


 心の声がダダ漏れですか? また買い被られている気がしますが、ここはスルーしておきましょう。


「分かりましたとは言いたくありませんが、ご忠告賜りました」

「もし本当に危ないとお思いになったら私を頼って下さい。私も一応イブリックでは力のある家の出ですから」


 本当に危ない時には相手が誰だって頼ってしまうと思いますよ?


「はい。ユンバーフ様も何か此方に出来ることがあったら仰って下さい。勿論全てに応えられるわけではありませんが、レイフィーラ様も侍女の代表のトルシア様もとても誠実な方です。一方的にそちらに与えられていたら友好的にこの人質生活を終わらせることが出来なくなってしまいますから」

「はい。宜しくお願い致します」


 実際は頼ることも頼られることもない気がしますが、此処でそれを言う必要はありませんからね。


 此処で成立した奇妙な信頼関係が私の人生を、いえ、国の命運を左右する場面で発揮されるとは夢にも思いませんでした。






 ユンバーフ様の妙な忠告から、二週間が過ぎました。


 え? 妙じゃない? いえ。充分妙ですよ。


 私は確かにお母様似たパーツを持っていて一つ一つはまともかもしれませんが、全体的に機械的な感じで、鏡で見ると怖いぐらいの顔をしているのです。あるじゃないですか、モンタージュってやつです。左右のバランスは良いのに整い過ぎてて怖いやつ。

 だから一年後には求婚が殺到するなんてあり得ません。怖い物好きな男性が現れてくれない限り、私はナビス様と同じ道を辿るでしょう。贔屓目全開のお姉様やレイフィーラ様の言葉を信じる程バカではありません。


「悪かったわねクリス」

「大丈夫です。これぐらい簡単に修繕出来ます」


 ラフィア様に謝られながら、今私は針と糸でチクチクやってます。

 アントニウス様の侍女さんに訊いて、香油と石鹸を現地調達にすることにしたのは以前お話した通りですが、現地調達することにしたのは何もその二つだけではないのです。夜会の時(イブリックに年齢制限はない)に使う化粧品などもその一つですが、軽くとも消耗品となるモノは出来るだけ削ろうということで幾つか置いて来たモノがあります。


 その一つが手袋でした。


 手袋が消耗品? と思われる方もいるでしょうが、貴族女性が一日中手袋をしているのは珍しい事ではありません。そして起きている間中していれば結構な頻度で破けたり解れたりするモノなのです。


 ですから、ハンカチ等と合わせて現地調達を考えていたのですが……。


「ないと思わなかったし、盲点だったわ」


 ミスでした。「手袋は有るか」という質問をした私の。


「いえ、私のミスです。子供用の手袋と訊かなかったのが失敗でした」

「まさか全然ないなんて驚いたわ本当に。今日はちょっと解れただけだから良いけど、これからどうしようかしら」





2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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