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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第二章 人質の侍女
44/219

#43.イブリックの外交官

 ユンバーフ・アシュマン様。


 イブリック公国に爵位は有りませんが、セルドアの制度に当て嵌めると伯爵位に相当するのがアシュマン家の地位だそうです。とは言うものの、イブリタニア大公家がセルドアでは伯爵家と同等の扱いですから、アシュマン家は男爵家や士爵家と同じ扱いになってしまいますね。まあ私にはあまり関係のない話ですけど。


 アシュマン家は代々外交官の家系で、ユンバーフ様は幼少期、イブリック公国と外国、主にセルドアを往き来して育ったそうです。ただユンバーフ様が正式に外交官となった頃からはセルドアに定住状態で、奥様はセルドアの士爵家出身、息子さんは二人共騎士学校に在学中だそうです。そしてまだ八歳の娘さんに至ってはイブリックの土を踏んだことが無いそうです。完全なセルドア人ですね。

 まあセルドアとイブリックでは訛りが少しある程度言葉はそのままで通じますし、セルドア人は髪や瞳の色、体格体型肌の色まで千差万別ですけどね。


 そして肝心のユンバーフ様ご本人ですが……アントニウス様とローザリア様との婚約を取り付け、アントニウス様を人質としてエルノアに送る替わりにレイフィーラ様を人質としてイブリック公国へ連れて来た張本人。これは事実です。いえ、事実の筈ですが……本当にこの人が敏腕外交官なのでしょうか?


 確かに容姿は整っていて、若い頃なら放って置かれる男性ではないと思います。甲斐甲斐しく世話をしてしまう女性の一人や二人居たのではないでしょうか? 外国人の女性を射止めたというのも納得です。きっと素敵な青年だったでしょう。

 ただ今は、いえ、今だって容姿は整っていますからアラフォー好きの女性にはおモテになると思いますが、その……ギラギラしたモノを感じないのです。覇気が無いわけではないのですが、この人が自分の主張を押し通して相手から譲歩もぎ取って行く辣腕の外交官だと言われても説得力がありません。

 私が見るに、上司と部下の板挟みに合いながらも家族の為に奮闘する中間管理職のお父さん。そんなイメージの方なのです。見た目ではなくて雰囲気の話ですけどね。


 それに、私の外交官のイメージはウィリアム様みたいに常に人好きのする笑顔を浮かべている胡散臭い人とか、キーセ様のようにひたすら無表情で硬い人とかなのです。柔和な笑みを浮かべたり驚いたり真剣な表情になったりするこの人が、敏腕外交官。何の知識も無くこの人に会っていたら全くその職業をイメージ出来ません。


 人は見掛けに寄らないということなのでしょうか?





 警戒心全開のアブセル様を後ろに控えた状態で「話したい」とされた二人がユンバーフ様と対峙しているわけですが、話の内容は今のところ雑談です。


「ということは、レイフィーラ様と仲良くなったから侍女見習いに?」

「はいそうです。試験を受けずに。ちょっとズルですけど」

「いえいえ。三年で修了なされて試験を受けて侍女と成られたのでしょう? 素晴らしいことです」

「お褒め頂きありがとうございます」


 あ! なんだかんだで情報を引き出された。ということなのでしょうか? ただ私が特殊な立場だというのは侍女見習いの制度と私の年齢を知っているだけでバレバレですからね。これが狙いということもないでしょう。


「そろそろ。本題に入ってくれて良いかしら? 私達に話したいことが今までした中に有ったなんてことないわよね。それともクリスティアーナ様を懐柔しに来たのかしら?」


 ラフィア様は少しお怒り気味ですね。確かに本題らしきモノはありませんでしたけど、私を懐柔というのは飛躍し過ぎです。一応重要そうなところはお話してませんが、何かミスをしたのでしょか? もしかしなくても雑談のし過ぎですか?


「ああ、失礼致しました。貴女方とのお話は楽しくてつい余計なことばかり訊いてしまいましたね。本題は他でもないレイフィーラ様にイブリックへとお越し頂いた趣旨に付いてです」


 え? 外交交渉では最後までボカし続けた話をここでするのですか?


 皆が身構えたのが分かります。当然ですね。この話題はする方もされる方も緊張するでしょう。いえ、ユンバーフ様はそうでもないでしょうか?


「正直申しまして、私は大公の目的を知りません」


 これは衝撃の告白です。外交官が自分の国の最終的な目標を知らずに交渉を成立させたわけですから。どれだけこの方敏腕なのでしょうね?

 あ! 嘘ですか? う~ん。そうは見えませんね。ユンバーフ様が正直者という事は無いと思いますが、少なくともこの部屋に来てからの彼からは、誠実そうな印象を受けました。


「何の積もりだ?」


 威圧し過ぎですアブセル様。怒気ならまだしもその目は殺気ですよね?


「私は正直にお話しただけですが、何のとは?」

「それが何の積もりか訊いているんだ。お前のその発言は、二心が有ると取られてもなんら不思議はない」


 二心? ああ、ユンバーフ様が大公を裏切るという話ですか。それは見当違いでは?


「私はこの件に関して何一つ口止めなどされておりません。まあ確かに外交にマイナス面がある可能性は否定出来ませんが、外交は何も相手に此方の手札を見せてしまえば終わりと言うわけではありません。相手に正直になる事は二心と直結しませんよ」


 話したところで影響はないということでしょうか? いえ、逆なような気がします。話した事によって齎される効果の方が大きいのではないでしょうか?


「ならなぜそんな話をした?」

「外交は一つの交渉だけでは終わりません。二国の関係はその後もどちらかの国が崩壊するまで延々と続きます。セルドアとイブリックの関係が今回の交渉で拗れてしまったのなら、それを修復することも当然必要です。そちらにとっては一小国ですが、我々とっては切っても切れない相手なのですから」

「詰まり関係改善の為に来たというの? レイフィーラ様相手なら理解出来るけれど我々と?」


 ラフィア様は怒りを少し収めてくれたようですね。まだ冷静とは言えませんが。


「そういうことになりますね。将を射んとすれば、というやつですよ。外交は人間関係の構築から始めるのが基本です。突然行って相手に要求を叩き付ける愚か者に外交官は務まりませんよ。まあ貴方方は外交官ではありませんから要求を叩き付けるようなことは致しませんが」


 ……何故でしょうか? 少しだけ嘘を吐かれた気がします。


「突然そんな話をして俺達が信じるとでも思ったのか?」

「信じる信じないは貴方方の自由です。信じて頂けたらそれで良いし、信じて頂けないなら相応の応対をするだけです」

「バカげてる。そんな話で人間関係だなんて。警戒されて当然じゃねえか」


 いえ、アブセル様。それは違うと思います。何かを投じてそれがマイナスに転じたならそれを見て対応する、そこから構築していければ問題ないとお考えなのでしょう。だから、結果が友好的だろうと険悪だろうどっちでも構わないのです。

 なにか、この方がレイフィーラ様を此処に連れて来ることが出来た理由が分かった気がします。


 睨むアブセル様を平然と受け流すユンバーフ様という構図で数十秒の時間が流れました。そして、


「今日はこれぐらいでお暇させて頂きたいと思います。またお伺いします。あ! 今度は事前に連絡して」


 え? うーん。只の直感ですが……。


「宜しいのですかユンバーフ様?」

「何がでしょう?」


 腰を上げようとしたユンバーフ様が、突然発言した私を不思議そうに見つめます。


「本題をお話になっていないのではありませんか?」

「……何故そうお思いに?」

「一番はお約束も無しに来られた事です。これが外交交渉の一部だとしたら、約束無しに来るなんて失礼なことはなさらないのではありませんか?」


 私のその質問に対するユンバーフ様の応えは、驚いた顔と沈黙でした。


「推測でしかありませんが、此処に来た理由はもっと些細な用件だったのではありませんか? 例えば暮らし向きの確認やちょっとした連絡等です。そういった用件なら約束を取る必要まではないでしょうから。

 ユンバーフ様は先程私達に正直にと仰いました。私はその言葉に嘘はないと思います。そして正直に話してくれた貴方に私は正直に応えたいと思います。だから教えて下さいませんか? 此処に来た本当の理由を」


 少しの沈黙の後続けた私の言葉に返って来たのは、本当に嬉しそうな満面の笑みでした。





2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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