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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第二章 人質の侍女
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#39.侍女の正念場

 魔法学院に進むお姉様とは新年を迎える一週間前にお別れしました。当然今生の別れなどではありませんし、出発前にもう一度会える可能性も無くはないですが、公国は決して近くはありませんからね。

 後宮の私室でお姉様にギュッと抱き着いた私は、その胸の中で泣きました。いえ、最初は泣いていませんでしたよ? 私が「ありがとうお姉様。お姉様のお陰で寂しくならずに後宮で過ごせました」と言ったらお姉様が「ありがとうクリスちゃん。クリスちゃんと会えて良かった」なんて涙目で返して来たものですから、もうそこからはありがとう合戦です。お互い泣きながら何度「ありがとう」と言ったか分かりません。

 ただそれが午前中だったものですから、その後の仕事で侍女仲間は勿論、レイフィーラ様にも「眼が真っ赤。大丈夫クリス?」と思い切り心配を掛ける嵌めに成りました。ゴメンナサイ。


 そんな別れの日から約一ヶ月。


 イブリック公国の公太子アントニウス・グレイトル・イブリタニア様がセルドアの王都エルノアに到着しました。私の一つ歳上のアントニウス様は、ローザリア様と結婚する四年後まで王宮で人質生活を送ることになります。まあ人質と言う名の客人ではありますが、セルドアとイブリックの国力差もあって、後宮としては厄介者みたいでしたけど……。


 そして、相手側の人質がこちらに来たと言うことは、当然こちらも人質を送らなければならないのです。






 レイフィーラ様の出発、詰まり私の出発まではあと四日。


 私物の準備はもう終わっていますから、今はレイフィーラ様の荷物の確認に負われています。というか、何を持って行くかで侍女の間で意見が割れているのです。

 レイフィーラ様は八歳ですからね。今ぴったりなドレスでは間違いなく二年後には着られなくなってしまいます。私のお仕着せみたいに簡単に現地調達出来る物ではありませんし、容易く微調整が可能な後宮のような環境がある筈はありません。ここで安易な選択をすると一番苦労するのは私達侍女陣ですからね。


 船の積載量との戦いは、ある意味一番の正念場なのです。


「やっぱりこのドレスは捨て難いわ」


 真っ赤なプリンセスラインのドレスを見ながら唸っているのは、ラフィア・サンドラ様。サンドラ子爵令嬢の彼女はレイフィーラ様に同行する侍女の一人で、去年魔法学院から後宮に戻って来た19歳です。朱色の長い髪が素敵で、切れ長の目が色気を醸し出すスレンダーな姉御系美人です。服飾を担当してますので、目下一番の問題の責任者です。


「気持ちは解るけれど、それは絶対着れなくなりますわ。そうなって苦労するのは貴女ですわよ」


 レイフィーラ様付き侍女陣の班長トルシア様は、主のお気に入りドレスを諦めさせたいようですね。責任者ではありませんがなんだかんだで影響があるでしょうから当然皆口を出します。主人の恥は侍女の恥ですからね。


「公太子様の侍女が来ていますから、イブリックで現地調達出来る物を訊けば、他の荷を減らせるのではないでしょうか?」

「そうですわね。訊いてみましょう」

「髪に使う香油とかを減らせれば良いのですけど」


 担当として髪のお手入れだけは譲れませんが、重いですからね。現段階で香油は半年分用意して後は送って貰うという処置に決まっていますが、ドレスを新調するのはそう簡単には行きません。現地で作るのだって採寸だのなんだので結構な時間が掛かります。一本有るか無いかで状況が大きく変わったりするでしょう。最悪微調整はドレス作り経験のある私とトルシア様で出来ますしね。

 因みに私の担当は肌と髪、体調管理です。人数が三人なので責任が重いですね。


「香油や石鹸なんかを減らせればだいぶ楽になりますわ。少し質が悪くともイブリックの物を使えるならそうしましょう。クリスさん。迎賓区まで行って確認して来て下さるかしら?」

「はい」

「イブリックは島国だしあまり期待出来ないわ」


 ラフィア様の悩ましげな声を聞きながら踵を返した私は、後宮を出る許可を得る為、女官執務室へ向かいました。






 王都エルノアの北に位置する王宮は後宮だけで充分な広さがあるわけですが、それ以外の区画も充分広いです。

 受付のある第三門から入れる大臣や役人達が政務を行う行政区。「年越しの夜会」など大きな催し物が開かれる社交区。外国からの賓客をもてなしたり人質が暮らしたりする迎賓区。後宮程ではありませんが、いずれも上位貴族の屋敷並みの広さがあります。

 ただその3つの区画からは当然のように後宮へ入ることは出来ません。後宮への出入口が在るのは、王族の男性が生活する後宮並みに広い区画、居住区のみです。


 後宮から迎賓区に行くには居住区を通るしかない。確かにその通りなのですが、実際は幅の広い真っ直ぐな渡り廊下をひた歩くだけですので、その間で何か起こるなんて考えません。ましてや、滅多に此処を歩くことのない後宮の侍女が継承権の上位に位置する王子様と遭遇するなんてどういう確率でしょうか?


 いえ、ウィリアム様に遭遇して軽く挨拶している時まではそんなことは考えていませんでしたよ。ただ、


「何でクリスが? ……仕事か?」


 ウィリアム様とのちょっとしたやり取りの間に、クラウド様にまで遭遇するとは思いませんでした。


「お元気そうでなによりですクラウド様。イブリックの公太子様の所に用がありまして」

「イブリックの公太子……アントニウス様に何の用が?」


 クラウド様は目を細めて訝しげな顔私に向けています。

 どうやらクラウド様の中で私は親友のような立ち位置みたいですね。あの後も私のイブリック行きには随分と強い反対をしていたようで、レイテシア様にも直接何か要請していたようです。友人に過保護な人ですね。


「正確にはその侍女さんにイブリックで調達出来る物を具体的に確認したくて」

「イブリックで売っている物なら外交官に訊けば解るだろう?」

「訊きたいのは香油や石鹸のことなので、男性の外交官に訊いても……」


 女性が使う物は女性に訊かないと中々分からないですよ?


「……気を付けろよ」

「はい?」


 何の話ですか?


「公太子だろ? あの胡散臭い奴」


 ウィリアム様に胡散臭いとは言われたくないと思います。とは絶対口には出しません。まあウィリアム様は胡散臭い笑顔をだいぶ相手を選んで使うようになったんですけどね。仲が良い人に使わないという妙な使い分けですけど。


「胡散臭いですか?」

「ああ、あれは嘘吐きで女好きの顔だ。信用するな」


 そうですか。同類は嗅ぎ分けられるわけですね。まあウィリアム様は女好きではないと思いますけど、まだまだうさん、自重します。


「ウィリアムお前……クリスにはそんな態度を取るんだな」


 ウィリアム様の私への態度は他の人と違いますからね。同世代の人間が王族以外私ぐらいしかいないから当然と言えば当然ですけど。


「兄上のコイツに対する態度は兄上らしくない気がしますが?」


 クラウド様らしくない……そうでしょうか? クラウド様は仕事とプライベートを分けるタイプですからね。「侍女に対してプライベートで接するのは止めろ」と言うべきではないでしょうか?


「何が言いたい」


 クラウド様がウィリアム様睨み付けています。そんなに怒るようなことはないと思いますよ?


「言葉通りです。兄上らしくない」

「クリスの立場が特殊なだけだろう? お前からしても同じではないのか?」

「違います。私は兄上を邪魔する積もりはない」


 私は確かに侍女をやりながらもクラウド様の友人ですから特殊な立場ですけれど……邪魔ってなんですか?


「そうか? ……まあ良い。クリス!」

「はい。なんでしょうか?」

「気を付けて行って来い」


 ……仮に公太子が私に迫るような物好きだとしても、王宮の中でそんな危険は無いと思いますよ。


「分かりました。と言っても用があるのは侍女ですから公太子様には近付かないと思いますよ」

「いや、そっちじゃない。イブリック行きの方だ」


 唐突に話題を変えないで下さい。


「ありがとうございます」


 そう言って笑顔を向けるとクラウド様は驚いていました。頬が少し赤くなったのは何故ですか?


「心配してくれて」

「……ああ、前にも行ったが必ず無事に帰って来い」


 過保護で心配性な友人ですね。大丈夫ですよ。“私の”イブリック行きに政略的意図は無いそうですから。


「はい!」


 笑顔で返事を返したら今度はウィリアム様の頬が赤い気がしますが、病気とかじゃないですよね?






2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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