#3.ボトフ男爵家
本日4本更新2本目。次は21時です。
え? 前世の記憶ですか?
はい。ありますよ。お話してませんでしたか? いつからあったかは分かりませんが、物心ついた時には有りました。ただ前世の人格とは全くの別物だと思います。前世ではこんなに前向きな性格ではありませんでしたし、こんなに人に優しく出来る人間ではなかったと思います。思います、というのは「前世の記憶有る」と言うより「前世の知識を持っている」と言った方が正確だからです。もっと言えば自分が主人公の物語を覚えている感覚でしょうね。
そんな前世の知識を最初に活用したのは五歳の時でした。その時村には鶏アレルギーらしき子供が居いたのです。「肌にボツボツができる奇病」の為に隔離されたその子を鶏から遠ざける為に「神様に教えて貰った」なんて両親に言ったのは完全に失言でした。思い付きで話してはいけませんね。本当に。話し始めてから計画性の無さに気付き冷や汗を掻きました。他の人が居なくて本当によかったです。
幸い両親はその後も変わらずに私に接してくれています。「そういう事をお外で言っちゃダメよ」と忠告しただけで。はい。承知しています。というか、今世両親は本当に優しい人です。あ、お兄様も妹のリリも優しいですね。
そんな私が産まれた家はボトフ家という田舎男爵家です。ボトフ家は私の父アルヘイムが爵位を継ぐ時に士爵家から男爵家に昇爵した家で、セルドア王国の北西の端っこの方に位置するゴバナ村の領主代理を勤める家です。
え? 何で代理?
そうですねぇ。それには深い理由があり……ません。重要なのはゴバナ村がゴルゼア要塞の近くに在ることです。いざ有事の際に利用する土地が「領主」の影響で使えなかったら大変なことになります。故にこの辺りの村や町は殆どが王領で、領主様は本来王族です。でもこんな田舎の村を王族が統治するのもおかしな話なので、辺りの村には代々代官を勤める士爵家や男爵家が在るのです。
因みにゴバナ村ぐらいの規模の村だと給料制の領主代理の方が普通の領主より実入りが良かったりします。反面中央の命令が絶対になり、有事の際は尖兵になるわけです。
そんなわけで代理領主を勤めているお父様は私が三歳になるぐらいまでなんと近衛騎士でした。しかも、20歳で小隊長、23歳で中隊長に成る等出世コースのど真ん中を歩んでいたそうです。本人曰く「王国最強の騎士」だったらしいですよ。真偽のほどは良く分りません。
そんな父の影響を色濃く受けたお兄様は、12歳にして「正騎士並み」という評価を受ける剣の腕の持ち主で、9月には騎士学校へ入る為の試験を受けることになっています。あ、セルドア王国には年度という考えはありませんよ。新年=新年度です。
あれ? 暦の説明をしてませんか?
一週間は6日。一ヶ月は5週。一年は360日です。……デジャブですか? デジャブですよね。冬至が1月1日で、夏至が7月1日です。貴族は冬至、年越しを王都で迎える習慣があり、夏至の前後は各地でお祭りがあります。今年はゴバナ村で過ごしましたが、地方で特色があるので巡ってみると色々楽しめます。そうですね。いつか素敵な男性と一緒に巡ってみたいですね。そんなことを言い出すとお父様が泣き出しそうですが……。
話を戻しましょう。
私は12月15日産まれなので年齢で言うと解り難くなるので学年で言うと、アンドレアスお兄様は3つ上で、妹のリリアーナは5つ下です。私は真ん中ですが、まだ4歳のリリは私に懐いています。弟のシスコンは良く聞く気がしますが、妹のシスコンってあるんですか?
まあ、いずれにしてもレイフィーラ様の看病で私は(母も)一週間程家を離れていたわけです。だから帰った途端、
「姉様!」
私は妹のボディアタックを受ける破目になりました。普通この年頃だと父か母が優先ではないでしょうかね? まあ、可愛いから許してあげましょう。
「ただいま帰りましたお父様」
抱き着いたままのリリを抱き締め返し、頭を撫でながらお父様に挨拶します。因みに行きは家の馬車で要塞に向かいましたが、帰りは隣村のバンス士爵家の馬車で送って貰いました。今は門の前でその馬車を降りたところです。え? 小規模とはいえ一応貴族の屋敷ですからそれなりに高い塀で囲まれていますよ?
「お帰りクリス。良く頑張ったね。セリアもお帰り。ご苦労だったね」
リリの後に付いてゆっくり歩いて来たお父様は、私とお母様に微笑みかけると手を伸ばして私の頭を撫でました。
はい。クラウド様もイケメンだったけどお父様とお兄様も負けていません。クラウド様はキラキラ王子様タイプでお父様とお兄様は爽やかスポーツマンタイプだから比べ難いですが。あ、クラウド様は“タイプ”ではなく本物の王子様でしたね。無愛想過ぎて残念な感じでしたが。
「ただいま帰りました旦那様。アンドレ元気だった? リリ良い子にしていた?」
お母様がその涼やかな声で挨拶します。流石は私の人生の目標、声も素敵です。でも、声は努力でどうにかなるモノでもない気がしますが。
「はい。お母様も元気そうでなによりです。お帰りクリス。大変だったね」
お兄様はお母様の教育方針で両親に対して敬語を使うよう躾られていますが、私達に対しては普通の兄妹のように接します。
「ただいま帰りましたお兄様。本当、一週間も行っているなんて思いませんでした」
お兄様に答えると同時にお父様が私から離れお兄様が私の頭に手を伸ばして少し乱暴に撫でます。何があったか知っているのでしょう。お兄様は少しお怒り気味のようです。
「そうだね。今晩はゆっくり話そうか」
少しではありませんね。だいぶ腹を立てているようです。理由は大体察しがついていますが、お兄様の場合私に怒りが向かないという短所があります。
「ああ、そうだね。三人は先に家に入っていなさい」
お父様もお怒りのようですね。まあ、お父様の場合は私ではなく、私とお母様両方だからまだましでしょう。
お父様とお母様はバンス士爵家の方々と少しお話してから家に入って来ました。そして、一休みした後夕食という名の家族会議が始まりました。
因みに我がボトフ家の使用人は2人だけで、お父様の書類仕事をサポートする執事のデラさんと、メイドのヨアンナさんのご夫婦だけです。アラフォーで優顔のお似合いな夫婦で、子供も三人。みんな年上です。デラさんはヒョロ長い見た目に反して槍の名手だそうです。執事服も似合うんですが、鎧姿も様になります。
2人共夜は自宅に帰るので今は居ません。なので今食卓を囲っているのは家族だけです。
「クリス。お前は自分のしたことが解っていない。お前が病気になってもおかしくはなかったのだぞ」
確かにそうですね。でもあの苦しそうなレイフィーラ様を生で見ていたらそれは言えないのではないでしょうか? それとお父様。いい加減厳格な父親を演じようとするのは諦めてくれませんか? お母様が笑っていますよ?
「はい。以後気を付けます」
とは言うものの、話が長くなるのも嫌なのでここは素直に返事をしておきます。
「ふむ。素直過ぎて信用ならんが今日のところはこれで良しとしてやる。二度はないぞ」
ほら。もうボロが出ています。私が無茶をやったのはもう一度や二度ではないのです。この「二度はない」のセリフは何度聞いたか分かりません。しかも、引き締めた頬の筋肉が緩んでいるので説得力は皆無です。ただ、
「父上。今回はどう考えても向こうに問題があります。クリスを責めるのはお門違いでしょう」
大半の場合お兄様は論理的に私を弁護し、果ては相手に怒りを向けます。少し盲目的な部分があるのでお父様と違い自重せざるを得なくなるのです。
まあそんなお兄様でも、山に入ってしまった村の子を連れ戻そうと追いかけて、結果迷子になった時は私を叱りました。ただあの時は滅多に怒らないお母様のお怒りを受けていたのでほぼスルーしてしまいましたね。
因みに、その時私が大人に報告しないでその子を追いかけた理由は、単純に直ぐ追い付けると思ったからです。二歳下ということで甘く見ていました。五歳でも男の子は男の子ですね。私に体力がないと言えばその通りかもしれませんが……。ただ、もう少し発見が遅れたら毒蛇に咬まれていたその子を、生活魔法を駆使して助けたのは事実だと言い訳をしておきたいと思います。
え? 村の子供とは良く一緒に遊びますよ?
村では自分が貴族だと意識させられることは余りありません。村長さんの家の子って感じです。これは、ゴバナ村がかなりの田舎だからです。大きな街に行くと貴族らしき服装を見ると平民の方は避けて通ります。制度的に身分には厳しい国なのです。
「確かに問題は問題だが、貴族が王家に忠誠を尽くす身であることぐらい理解しているだろう? 召集を掛けることに問題はない」
「明らかに情報を隠して召集したのですから大問題です。知っていたら父上だってクリスには行かせなかったでしょう!」
お兄様のいう通り、召集は病人の看護であることを隠して行われたのです。思うに王太子妃様は混乱状態にあったのではないでしょうか? でなければ貴族とはいえ緊急召集した人間を王子様や王女様に近づけたりしない筈です。まあ、王子様と王女様に近づけたのは私とお母様だけですが。
「そうかしら? 病気だと知ったら知ったでクリスは行きたがったのではなくて?」
ん? 確かにそうかも知れませんね。
「はいお母様。私は王女様の看病が出来て良かったです。レイフィーラ様はとっても可愛くてお人形さんみたいなんですよ。レイテシア様はとってもお綺麗で聖女様のようで」
王太子妃レイテシア様は銀の長い髪が素敵な女性です。あ、そう言えばお母様とレイテシア様が顔見知りのようでしたね。
「まったくクリスは……」
お兄様はため息を吐いて呆れたような顔で私を見ました。でもその瞳に優しさが含まれていることを私は知っています。
「仕方がないわ。クリスはクリスなんだから。でも少しは自重しなさいね」
隣に座る私の頭を優しく撫でたお母様は、いつもの優しい朗らかな微笑みを浮かべています。その笑顔は良く「女神の微笑」なんて言われていて、男女問わずお母様の虜になる魔法の微笑みです。いえ、魔法などではありませんね。お母様の内面の美しさが滲み出ているのでしょう。お母様は微笑みを絶やさないおおらかな女性ですが、子供達叱る時はちゃんと叱るし、事務仕事が苦手なお父様をサポートし、必要な時は導いて行ける素敵な女性です。
そもそもお母様は、容姿だけでも十分「女神様」と呼ばれる方なのです。サラサラの金髪に鮮やかな大きな青い瞳。きめ細やかな白い肌にプックリした赤い唇が映えます。細く長い手足に小さな顔。何頭身ですか貴女は! 三十代で三人も子供が居る親には絶対見えませんよ? 顔立ちは所謂正統派美人なので幼く見えることはありませんが、年相応の顔では決してありません。華奢なのに女性的なボディーラインは、全ての殿方を魅了するに違いありません。
そんなお母様は私の無茶には諦め気味です。ただ取るべき安全策を取っていないと強烈な雷を落とします。我が家で一番怖いのは間違いなくお母様です。
「はいお母様。でもお母様は一度も止めていませんよ」
「そうだったかしら?」
ズルいですお母様。誤魔化すのですか?
「母上……母上がクリスを止めないでどうするんですか! 今後私がいないことが増えるんですよ?」
騎士学校に入学するとお兄様は王都で寮生活をすることになりますからね。騎士学校は満12歳の正月から最長六年間、貴族でも寮生活をすることになります。長期休暇以外でゴバナ村に帰って来るのは難しいですから、入学したら夏至と冬至の休暇期間以外会えなくなります。寂しいですが仕方がありません。
「まあそうだがクリスも新年から初等学校に通うんだ。アンドレがいつまでも相手をしていたら友達が出来なくなってしまうぞ」
「確かにそうですが……」
「クリスはそれで良いと思うけれど、わたくしはリリの方が心配だわ」
――昼間一人で大丈夫かしらね――
声無き声にお母様の瞳が心配気に揺れました。私は自分の腕の中で眠る姉に依存気味の妹の頭を優しく撫でます。
この子は優しいですからきっと大丈夫です。
しかしその半年後、私の、いいえ、家族の予想は斜め上に裏切られました。中央から届いたこんな命令書によって。
――アルヘイル・ボトフ男爵が第一令嬢クリスティアーナ・ボトフ
彼の者を次の職に任ずる。
王太子妃レイテシア付き侍女見習い――