#38.結婚観
年を跨ぐ夜、最後の日の入りと最初の日の出の間に行われることが、祈りから踊りに変わってしまっているとしても「年越しの夜会」は貴族にとって重要な儀式です。それは新年を迎えるからと言う理由もありますが、多くの場合そうではありません。
貴族にとっては、その年のデビュタントにどんなご令嬢がいるかの方が遥かに重要だからです。
満15歳の貴族のご令嬢は「年越しの夜会」でデビュタントを迎えます。それ以前に舞踏会と夜会に出席することは出来ませんし、お茶会にも保護者同伴が義務付けられているのは以前お話した通りです。
そして、満15歳と言うのは中等学校を卒業する年齢です。貴族ですから大半が中等学院に通っていたご令嬢ですが、毎年15人程は侍女見習いの修了生です。(修了生の四割程は毎年平民)
王宮の侍女と女官達は主催者側としてこの「年越しの夜会」の手伝いをしなければいけません。ただ、官僚としての採用が決まっていたとしても、デビュタントだけは招待者として参加することが出来ます。
そうです。今年のデビュタントにはリシュタリカ様とケイニー様そしてお姉様がいるのです。
ただ残念なことに、侍女としての採用が“決まっている”私でも、夜会の当日の手伝いをする許可は下りませんでした。12歳だから仕方がないのですが、お姉様のデビュタント姿を遠目にすら眺めることが出来なくて残念です。
え? 三年後に見られる?
それは違います。デビュタントは一人一人名前を呼ばれて巨大なホールへの大階段をパートナーと一緒に下りて行くのです。全貴族がその姿を見ていると言っても過言では無いですからね。これで縁談が決まることも少なくないと言いますし、本人は勿論、親の気合いの入り方が全く違うのです。母親は勿論、男親でも。
普段はリシュタリカ様の事を気にしている様子が全くないヘイブス家の方々でさえもこれに関しては頻繁にやり取りをしていた程だと言えばその特別さが解って頂けると思います。
そんな特別な皆のデビュタント姿を見られないのは本当に残念です。ある意味結婚式よりも重要な、人生の一大イベントなのですから。
さて、少し落ち込むような話をしてしまったので楽しい話をしたいと思います。
レイテシア様が4人目のお子さんを無事出産しました。とっても元気な水色の髪の女の子です。名前はルティアーナ様。レイテシア様が「クリスから名前を貰ったのよ」なんて冗談を言っていました。……冗談ですよね?
レイフィーラ様は連日ウキウキしながらルティアーナ様の所に通って甲斐甲斐しく面倒を見ています。少し危なっかしい所もありますが、非常に微笑ましいです。まあ私も一緒にあやしたりして楽しんでいますけど。
ただ……それを見たナビス様に「クリスは良いお母さんになるわね」なんて冗談を言われたのでつい「ナビス様はお母さんになる気はないのですか?」なんて訊いてしまいました。一瞬にして周囲の空気が凍り付いたと思ったら本人が「これでもう4人。自分で産む気にはなれないわ。と言うか懲り懲りね」と一切含みのない冷め冷めとした口調で言ってくれたので助かりましたね。あの方は結婚しないと思います。
話を戻しましょう。そう何度も後宮に来るわけではありませんが、クラウド様も二人目の妹の誕生が嬉しいようで、ルティアーナ様誕生後に何度かお会いしました。意外に子供が好きみたいですね。まあ昔からレイフィーラ様とキーセ様には無愛想でなくなる方ですからね。
あ、そう言えば反抗期が終わったようで、レイテシア様に対する無愛想は解消されましたね。と言っても愛想が良いわけでも無く普通ですが。ただ侍女に対して、特に若い侍女に対しては相変わらずの無愛想です。本人曰く「言い寄って来られたら面倒」という話ですからこれは解消されないでしょうね。少しは相手をしたいと思わないのでしょうか?
ん? そう言えばクラウド様の初恋話ってどうなったのでしょうか? 一度私だという噂が出ましたが、いつの間にか消え失せてましたね。知らぬ間に終わっちゃったのでしょうか?
ま、初恋なんてそんなモノですよね。
と、言うわけでルティアーナ様情報でした。……レイフィーラ様とクラウド様の情報でした。
「お誕生日おめでとうクリスちゃん」
「おめでとうクリス」
「おめでとう!」
今日は12月15日。私の誕生日です。セルドアにケーキでお祝いするという習慣はありませんが、久しぶりに焼かせて貰いました。あ、実家ではしょっちゅう焼いていましたよ。でも今年の夏至休暇はなんだかんだで忙しくて焼けなかったので一年半ぶりです。
私も後宮の厨房に入ったのは初めてでしたし、リシュタリカ様は勿論、お姉様も男爵家出身のケイニー様まで台所には入った事がなかったそうです。皆おっかなびっくりでしたね。ま、作ったのは99%私ですので失敗はしませんでした。お姉様以外の二人は料理には向いてなさそうでしたけど。
テーブルの真ん中にケーキとお菓子を並べ、成人している三人の前にはアルコールの少ないワインを置いて、小さいながらパーティーをして貰うことになったのです。
因みに場所はリシュタリカ様の私室。4人の部屋の中でも一番広くて唯一ダイニングテーブルが在るからここになりました。正妃様付きは侍女の部屋も広いのです。
「この4人でこんなことが出来るのも最後です。存分に楽しみましょう!」
「と言っても、お仕事は明日もあるのだから程々に、ですわよリシュタリカ様」
お姉様の言う通り侍女のお仕事はありますが、淑女教育はもう修了しているのでもうありません。希望者は後輩と一緒に嗜み講座を受講出来ますが、この三人には必要ありませんからね。
「分かっているわ。二度も同じ失敗はしないわよ」
リシュタリカ様は、今年の自分の誕生日の翌日、二日酔いで仕事が出来なくなるという失態を犯しました。理由がはっきりしているのでお叱りを受けただけで済みましたが、二度は無いでしょう。
ただ逆に「慣れるように普段から呑めば良いのではなくて?」と言い出したリシュタリカ様はそれを実行しているようです。
初めて見た時からリシュタリカ様は同期生でも際立ったスタイルの持ち主でしたが、この三年でその曲線美に更なる研きが掛かりました。恐らくソフィア様の影響で、15歳とは思えない艶やかさをした大人っぽい女性に成長したのです。
元々の洗練されていた淑女の仕草もありますし、大人の長身女性のそれを確保したリシュタリカ様は今、洗練された容姿のお妃様方と比べてもなんら遜色はありません。
「そう言いなからクリスのお祝いと言って呑んじゃうのがリシュタリカ様ですからね?」
「二月からクリスはイブリックに行ってしまうし、年明けからミーティアは魔法学院に進んでしまうわ。貴女は少し寂しがりなさい」
命令ですか? リシュタリカ様。
「私はリシュタリカ様と一緒なら大丈夫です」
ケイニー様もブレませんね。
ケイニー様は相変わらず小柄で華奢な少女です。リーレイヌ様がいた頃より身長は伸びましたし、性格もより明るくなりましたが、吹けば飛ぶようか儚げな雰囲気は変わりません。雰囲気だけで性格は本当に明るい人ですけど。
「皆遅かれ早かれ結婚はするのでしょう?」
え? なんの話ですかお姉様。
「私は婚約者が居るから二十前にはすると思う」
そうなのです。この中で唯一婚約者がいるのがケイニー様なのです。正直意外でした。男爵家で政略結婚というのもですが、見た目が……関係ないですね。
「わたくしは嫌だわ。親が決めた相手と結婚するなんて」
「リシュタリカ様らしいですね。クリスちゃんは?」
「政略結婚ですか? うーん。結局相手次第ですかねぇ。好きな相手と結婚出来たら良いですけど、平民だってそうとは限りません。相手の好きな所を見付けて好きになるように頑張ってみる。かなぁ?
ん? もしかしてお姉様に縁談が来たのですか?」
お姉様は華奢ですが女性的な曲線を持つ正統派美女ですからね。その優しい顔で微笑まれたら堕ちない男性はまずいません。女研きを怠らなければお母様に匹敵するかもしれない逸材なのですから、社交の場に出ていけば縁談は後を絶たないでしょう。
「え? 違うわ。ただデビュタントが終わったら、いつ縁談が決まってもおかしくないから訊いてみたかったの。それに――――」
お姉様は妙に寂しそうな顔をして私を見ると、少し言い澱んで続けます。
「クリスちゃんとは本当に会えなくなってしまうかもしれないから」
はい?
「お姉様。それ不謹慎過ぎます」
確かに航海は危険が伴いますが、イブリック公国はそれほど遠くありませんし、近年大きな船が沈んだというような話は聞きません。
「不謹慎? ……あ! そういう意味ではないわ。と言うか、知らないのクリスちゃん」
え? 何をですか?
「人質に付いて外国に行くと多いと聞いたのだけど――――その国で結婚してそのまま帰って来ないって」
ああ、ロマンスですか? でもそれって外国の女性が物珍しくて声を掛ける男性が多いからではないでしょうか? 12歳の私に声を掛ける人がどれだけ居ますかね?
「大半は政略で出発する時に決まっていると聞いたけれど、クリスもその対象だということ? この子はレイフィーラ様と親しいだけではなくて?」
……レイテシア様かソフィア様に質問しなくてはなりませんね。
あ、クラウド様が言っていた「正当な理由」とはこのことでしょうか?
2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。




