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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第二章 人質の侍女
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#37.必ず帰って来い

「何でクリスが行かなければならないのだ?」


 イブリック行きの話をしはじめた直後から不機嫌になって、今ではその綺麗な顔に惜しむことなく不満を浮かべているクラウド様です。


「行かなければならないわけではありません。それ以外の選択肢を選びたくないと言ったのです」


 ……相談ではなく完全に報告になってしまいましたね。


「クリスにしては前向きではないな。迷っているのか?」

「全く迷っていないと言ったら嘘です。ただ後宮に残りたいのは確かですし、残ったらイブリックに行くことになります。後宮には残りたいけれどイブリックには行きたくないなんて、我が儘でしかないです」


 ちょっと予想外な条件が付いただけで元々選んでいたであろう進路を選ばない理由にはなりません。

 後宮の官僚として成り上がりたいわけではありませんが、侍女の仕事は好きですし、同僚にも恵まれました。レイフィーラ様付きではそういった要素はありませんが、秘書のようにレイテシア様をサポートするポーラ様やナビス様を見て少なからず憧れました。


 後宮に残るのは私の願いです。


「向こうはレイフィーラを望んでいるわけで、クリスが行かなければならないわけではない。嫌と言うことぐらい出来る」


 何がそんなに不服なのか、クラウド様はどんどんどんどん不機嫌に成っています。眉間に皺を寄せる程の事ではないと思いますけど……。


「別に嫌だとは言っていません。寧ろ行きたいです。外国に行く機会なんて滅多にありませんし、レイフィーラ様が心配です。ただ二年は長いから家族や友人に会えないのは寂しいというだけで」

「……王弟や王太子弟付きに成れば外国に行く機会は多いし、レイフィーラは国でしっかり後援する。確かにクリスがいないのは寂しいだろうが、レイフィーラだって一国の王女なんだ。いずれ王宮を、場合によっては国を離れなければならないことぐらいは理解しているし、させなければならない」


 どうやらクラウド様は私が行くことに反対なようですね。何故でしょうか?


「王弟殿下や王太子弟様付きに成れるとは限りませんし、レイフィーラ様はまだ8歳ですよ? まだまだ守られてていい年齢です」


 というか、セルドアには「男は守り女は守られる」という習慣が根付いています。一番守られるべきお姫様が仲の良い侍女一人連れずに人質生活を強いられるとしたら、どの辺りが「守られている」のでしょう? 一番大事な心の平穏が守られていませんよ。

 それで「守ってやってる」なんて考えるのだとしたら男の自己満足です。以前のジークフリート様は論外でしたが、クラウディオ陛下ならその辺りも理解しているでしょうね。クラウド様もちゃんと理解して下さい。


「守られるべきはレイフィーラだけではない。クリス、君もだ」


 ああ、そういうお話ですか。随分と過保護な人なんですねクラウド様は。友人一人にそんなに気を使っていたら、友達が増える度に大変な思いをすることになりますよ?


 あれ? クラウド様の友達って私以外に今居るのでしょうか?

 そう言えば、貴族の子女との交流会でも妙に距離があった気がしますね。まああんなに言い寄って来られたら友達も何もないと思いますが……女の子は兎も角男の子の友達が居ないのは深刻ですね。


 因みにクラウド様は、下は六,七歳から上は二十歳近い方までの沢山の女子を、超が付くぐらい無愛想にあしらっています。人数が人数なので仕方がないですけどね。その中に仲良くして良いと思う娘がいたとしても、あの状況では優しくも出来ません。なんて言いつつ、私はレイフィーラ様に付いているだけなので全部見ているわけではありませんが。

 婚約者が居ないのも考え物ですね。シルヴィアンナ様との婚約もまだ保留中ですし、そろそろ決めた方が良いのではないでしょうか?


「レイフィーラ様には近衛が付くわけですから、私を守ってくれないなんてことはありませんよ? それに私は王国に守って貰うような存在ではありません。レイフィーラ様だって命を狙われているわけでもありませんよね?」

「議論をすり替えるなクリス。君がレイフィーラの平穏を作るなら、君の平穏は誰が作る?」


 あら? ちゃんと理解していましたね。やっぱりこの人は年相応の精神年齢ではないようです。クラウド様ならジークフリート様みたいに側妃を暴走させてしまうような事も無いでしょうね。


「イブリックに二年行く程度で私の平穏は壊れません。もしその程度で壊れるのだとしたら後宮に来た時に壊れています。此処に来た時知り合いは殆どいなかったのですよ?」


 そう考えれば今回の方が随分と楽な状況です。なにせ同行者は後宮で一緒に働いていた同僚と二年、いえ、三年仕えた主なんですから。環境が変わるという不安は今回の方が小さいですよ?

 それに人質と言っても歓迎される立場ですからね。そういう意味でのストレスはあるかもしれませんが私には無縁の話です。


「……二年だな?」

「はい?」

「二年経ったら帰って来るな?」


 何を言っているのだこの人は。私の顔は今、その感情を素直に表しているでしょう。


「正確な期間はまだ調整中だそうですが、レイフィーラ様と一緒に帰って来ますよ」


 当たり前です。


「イブリックでおと……何か心惹かれるモノが有っても帰って来るな?」


 心惹かれるって……帰って来なくなるような要素があるのでしょうか? イブリック公国は島国ですから、航海技術や海産物加工なんかは発達していると思いますが、それを勉強したいとは思いませんし、他に何かあるのでしょうかね?


「そもそもそんな選択が許されるとは思えませんけど?」


 仕事で行ってそこに残るってどういう状況ですか?


「絶対なんてことはない。正当な理由が有れば残れない事はない」

「正当な理由とは?」


 それが全く分からないです。具体的に言って下さい。


「……そうだ! クリスは前々から王や王太子の侍女に成りたいと言っていたな?」

「え? あ、はい。そうですけど……」


 何故唐突にそんな話を?


「決定ではないが、私の成人に合わせて陛下は退任する積もりらしい。私は4年後王太子に成る。これはほぼ間違いない」


 へ〜。そうですか。まあクラウディオ様はもう50を過ぎていますし、ジークフリート様は31です。四年後ですから王位を継ぐとしたら少し遅い年齢でしょうし、成人と共にクラウド様を王太子にするのは自然な流れですが……それが何でしょうか?


「はあ……」

「イブリックから帰って来たらクリスを私の侍女に推薦する」


 はい? それは嬉しいけど、私は飽くまで自分で出世して地位を獲得して行きたいんですけど……これは断るべきでしょうか? うーん。出世には人脈も重要な要素ですし、王子様を友人に持った幸運と思うべきでしょうかね? ただ実積の無い人間を上に上げれば組織は崩壊しますし……。


「だから必ず帰って来い」

「はい」


 クラウド様のその真剣な眼差しに否と言う事は出来ませんでした。


 ん? 私が必ず帰って来るようにこんな話をしたのなら、推薦は断れるのでしょうか? ……はっきり返事をしてしまいましたし、今は無理そうですね。帰ってからでも遅くないでしょう。そもそも後宮に限らず侍女の人事権を持っているのは正妃様で、王太子は口出し出来ませんからね。






 明確にイエスと返事をした金髪の美少女。それに満足気な笑みを浮かべた銀髪の美少年。穏やか空気を纏った二人はいつぞやと同じ庭を無言で歩く。ゆっくりと二人の時間を噛み締めるように。


 紳士な王子が優しき天使を導きながら。






2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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