#36.相談?
私は元々侍女見習いの制度を知っていたので勝手に勘違いしていました。レイテシア様が私を後宮に呼ぶ為に書いた手紙。あの手紙にあった「王家の方で最高の淑女教育を施したい」と言う表現はただ単に侍女見習いとして淑女教育を受けさせるという意味では無かったそうです。
本当の意味で最高の淑女として育てる。そんな意味があったようですね。ただ、飽くまで私の意志を尊重した上での話だったみたいですが……まあちゃんと話を聞いていたとしても嫌だとは言わなかったと思いますけど。
そんな話が一区切りすると、「しまった」と、瞳にそんな色を浮かべたエミーリア様。私の目を見詰め直した彼女は身体に纏う空気を一変させました。より硬質な誠実さを宿したモノに。
「……手早く済ます積もりでしたのに、結局話し込んでしまいましたね。本題はここからです。先程クリスティアーナさんは侍女に成りたいと言いましたね」
「はい」
要するにさっきのは確認ということですね?
「侍女は侍女見習いより王家に近い分制限も多い。それも解っていますね?」
「承知しております」
侍女見習いは所詮学生です。後宮官僚である正式な侍女とは権限も規則も給料もそして仕事量も全然違います。ただ、何故それを確認したのでしょう?
「新年からイブリック公国の公太子が人質として来ることになりました。ローザリア様が嫁ぐ迄の四年、セルドアで生活することになります」
……また随分と唐突に話が変わりましたね。
イブリック公国は、セルドア王国の南の海に浮かぶ島国です。島自体は小さくありませんが、人口も経済規模も周辺国の中でも一番小さい部類の小国です。公国を名乗っているのにセルドアでの扱いが伯爵と同等になる程ですから相当ですね。
そして、其処の公太子様に嫁ぐこととなったローザリア様も、王弟殿下の愛妾の子という末席のお姫様です。ローザリア様は私と同い年で、イブリックの法律に従い16歳で嫁ぐことに決まっています。接点はほぼゼロなのでどういう方なのかは全くと言って良い程知りません。
それにしても、公太子本人が人質ですか?
「そして、イブリックは替わりの人質にレイフィーラ様を求めています。勿論、同じ四年では割りに合いませんが、二年程はイブリックで生活することになる可能性が高いのです」
ああ、狙いは直系のレイフィーラ様を人質に取る事ですか。それでご本人が人質なんですね。
まあ人質と言っても実際は監視が付くだけで不自由はしないでしょうし、後宮の生活と大きな差はないでしょう。ただ、幾ら国力差があってもこの人質交換で不誠実な事をしたら「ローザリア様はどうなっても良い」と宣言しているようなモノですからね。
そしてレイフィーラ様が人質になるということは、
「私が同行することになるのでしょうか?」
「陛下も殿下もレイフィーラ様に過保護な部分がありますし、レイフィーラ様は貴女を同行させたがるでしょう。侍女になったらそういう流れになるのは避けられないと思って下さい」
レイフィーラ様とは本当の姉妹並の関係を築けていますから同行を頼まれれば拒否は出来ません。ただ侍女見習いを同行させることは不可能でしょうから、私が官僚採用試験に合格する事が前提です。
「決定ではありませんが、良く考えてから試験を受けて下さい」
進路に思わぬ条件を突き付けられましたね。出来ればお母様に相談したいですが、手紙に書ける内容ではありません。せめてお姉様とリシュタリカ様に相談する許可を貰いましょう。あと一応友達のクラウド様にも相談しなくてはいけませんね。
お姉様は、心配気でしたが外国に赴く事に対しては憧れがあるようで、
「二年って少し長い気もするけど過ぎてみればあっという間だわ。それに外国で暮らすって良い経験になると思う。クリスちゃんが行ってみたいなら行けば良いわ。でも無理は禁物だからね?」
なんて言っていました。丸一年程無理と言える無理はしていませんよお姉様。
リシュタリカ様は、外国に一切興味が無いようで、
「イブリックなんて行くのなら後宮で侍女をしていた方が良いのではなくて? まあ貴女が行きたいのなら行けば良いけれど、セルドアの男爵家なら向こうではそれなりの地位にあるのだから舐められたらダメよ」
ブレない一言を付け加えられました。いいえ、リシュタリカ様。ダッツマン子爵家みたいに歴史も領地も誇れるような家なら分かりますが、ボトフ男爵家はド田舎ゴバナ村の領主代理ですよ? お忘れですか?
それから「相談したいことがあります」と手紙を書いて面会に来て貰ったお兄様は、ただただ私の事を心配して、
「なにもクリスが行かなくても。しかも二年だろう? せめて一年ぐらいにならないのかい?」
それは無理だというとお兄様は、
「試験を受けなければ良いわけだろう? ……まあクリスが決めることだけど。去年の夏至休暇に母上が仰っていたことを忘れないようにね」
去年に夏至ですか……「今度無茶をしたら結婚するまで私に監視を付ける」そう宣言されました。勘当するとか言わない所が結局優しいお母様らしいですが、監視を付けるのは本気だと思います。
「頑張っておいで」
最後に優しく私の頭を撫でたお兄様の手は本当に優しかったです。
お気付きだと思いますが、皆に相談している割に最初から私の結論は出ています。
その一番の理由は、単純にレイフィーラ様が放って置けないからです。出発は来年の二月辺りだという話ですが、その時レイフィーラ様はまだ八歳です。勿論付いて行く侍女は私一人ではありませんが、大人ばかりでは心細いに違いありません。
二番目の理由は、試験を受けないという選択肢に現実味がないからです。私は12月で12歳で一応貴族令嬢ですから、来年から中等学校に通う義務があるのです。ですが私は既に高等学校の……。
中等学院に通う気には成れませんし、騎士学校に女子寮はありません。侍女見習いの修了試験だけ受けて採用試験は受けないと言う手は無くはないですが、それで後宮を出てその後は? デビュタントまでは社交界にも出られませんし、家の手伝いですか? あとは試験を受けずに侍女見習いをもう一年やるという選択肢ですが、それも強引過ぎる気がします。
三番目の理由は、レイテシア様から直接頼まれたからです。別にレイテシア様に対して義理立てする理由は大してありませんが、私は早く後宮に来られた事を全く後悔していないのです。
普通に今年受験して来年から侍女見習いとして入っていたら、お姉様とリシュタリカ様、ケイニー様と仲良くなれなかった可能性が高いわけですし、寧ろ僥倖だったと言えるかもしれません。もしかしたら、お姉様が途中で侍女見習いを辞めていたり、リシュタリカ様のイタズラし放題が直っていなかったかもしれませんしね。そういう意味では私を後宮に入れたレイテシア様に感謝しなければならないです。
行かない理由を敢えて上げるなら「家族と友達に二年間会えなくて寂しい」しかないのです。でもそれはレイフィーラ様も同じですからね。私だけ我が儘を通すのはどうも気が引けますし、結論として二年間留学すると思えばそれ程大変な事でもないでしょう。
そう思いながらも最後の“友達”に相談という義理立てをしようと、今日は後宮を出て例の大きな池の在る庭を散歩しているのですが……。
「何でクリスが行かなければならないのだ?」
不満全開でも絵になるからキラキラ王子様って狡いですね。まあ笑った顔の方が断然好きですけど。
2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。




