#35.女官長の呼び出し
あっという間に時が経ちまして、侍女見習い“三年目”の夏至休暇が終わりました。
一歳年上で二年後輩という微妙な関係の後輩侍女見習いともそれなりに仲良くなり、お姉様は勿論リシュタリカ様、ケイニー様とはすっかり親友と呼べる関係になりました。侍女の仕事も淑女教育も年々難度が増していますが、遅れることなく付いて行けています。まあ座学は相変わらず別々なので付いて行くとか言う話ではありませんけどね。
ジークフリート様は去年の事件以降考え直した部分があるようでこの一年で王太子様の周辺では色々と動きが有りました。
先ずはレイテシア様です。お渡りの頻度から考えて当然と言えば当然ですが、只今ご懐妊中です。もう安定期に入っていますし、まだ30前で4人目です。問題無くお産みになるでしょう。レイフィーラ様は勿論、珍しくキーセ様が楽しみにしておられるようですね。予定日は10月上旬だそうです。
因みにキーセ様はクラウド様程ではないもののリリアーナに匹敵する魔技能値の持ち主ですが、5歳にして図書室に籠り切る筋金入りのインドア派みたいです。王弟は結構重要な役割なのですが、大丈夫でしょうか?
それから側妃様が一人迎えられました。メリザント様の替わりみたいにも思えますが、全く関係の無い政略的な側妃様のようです。名前はララナ様。レブロン男爵家のご出身で小柄で華奢な淑やかな美人さんです。まだ18歳で魔才値の高い方のようですね。
私はレイフィーラ様付きですからそれ程接点はありませんが、大きな晩餐会の時に伺った時は緊張で固まっているだけのようでした。今度こそちゃんとケアして下さいね王太子様。
そしてモイラ様ですが、この方は……モイラ様よりそのご長男のベニート様の話をしましょう。
腹違いではありますがレイフィーラ様のご兄妹ですから、ベニート様とは接点がないわけではないのですが、最初は「人懐っこい子だなぁ」と思っていました。まあ人懐っこいのは間違いないのですが、どうやら気に入った人に執着する、いえ、依存する性格の持ち主のようで、私の顔を見る度に付き纏って来た時期がありました。ほんの少し対等にお話しただけで私がベニート様を特別扱いしてるなんて勘違いが何故起こったのかは本当に謎ですが、面倒でしたね。
まあまだ8歳ですし、重度の依存をするわけでもありませんが、この人も将来が心配になる人です。やんわりと拒否しつつ他に興味が向くように仕向けていますが、今の所興味の引かれるモノが無いようで成果は上がっていません。
ただ事件以降太子殿下がケアしたのか、モイラ様にも多少余裕が出来たのでしょう。ベニート様が付き纏って来る頻度が減りました。母子の仲が良好なら大きな問題に発展する事もないでしょう。
最後がウィリアム様です。ウィリアム様は今年になってから後宮を出て生活していますので接点が皆無と言って良いのですが、どうやらクラウド様に対する対抗意識が薄れたようで程々に勉強して程々に魔法の修行をして。そんな状況だそうです。
どんな心境の変化があったのかは分かりませんが、メリザント様が王宮から居なくなったことと無関係ではないでしょう。私は当初寂しがる姿を想像していましたが、その心配は無用でした。本人は母親に付いて気にしてる素振りはないようですね。まあ元々ウィリアム様とメリザント様は他人行儀な雰囲気だったわけですし、全ての親子が健全な関係を築けるわけではありませんからね。
後宮全体としてはもっと沢山変化がありましたが、王太子殿下の周りの変化はこれぐらいです。
え? クラウド様?
クラウド様に特に変化はありませんよ?
毎日剣と魔法の訓練に次期王太子そして国王に成る為の勉強に励んでいるようですね。背は少し伸びたようですが私の方が伸びていますので少し差が開きました。11歳ってそういう時期ですよね。
因みに友達要請をされてから約一年半で二人きりで会ったのは僅か三回です。他愛もない話しかしませんし、意味があるのでしょうか?
とも言いたくなりますが、侍女として会う時のクラウド様は私を侍女としてしか扱いません。要はデフォルトの無愛想な態度です。でも友人として会う時は笑顔を見せたりとても紳士的に私を扱います。癒しになっているとも思えませんが、プライベートで私に会ってリラックス出来ているならそれで良いのではないでしょうかね?
夏至休暇が終わった途端、私は女官長室に呼び出されました。エミーリア様は未だに私の教師をしてくれることがありますから、呼び出されることは先ずありません。何かしら公の通達があるということでしょう。
「侍女見習いクリスティアーナ・ボトフ。入ります」
ノックをすると入室するよう言われたのですが……エミーリア様はお話中のようです。
「ゴラとハイテルダルなんて本当なのでしょうか?」
「まだ確かな情報ではありません。ただ、どちらにしても対応は検討するという話です。飽くまで調査段階ですから慎重行動して下さい」
後宮官僚のトップが集まって、机を囲んで真剣に話しています。何の話でしょうか? ゴラと言うのはきっとゴラ大陸の中央の大国、神聖帝国ゴラのことですね。それがハイテルダルと何があったのでしょうか? 全く想像が着きませんね。
いえ、これはきっと踏み込んで良い話ではありません。忘れろと言われる類のモノでしょう。触らぬ神になんとやらです。
「ではお願いします」
「はい。失礼致します」
数分後、エミーリア様とお話していた後宮官僚の上層部の方達は、軽く頭を下げた私を一瞥もせず足早に部屋を出て行きました。結局内容は理解出来ませんでしたけど、そんなに大事が起きたのですか?
「気になりますか?」
……表情に出てましたか? 淑女としては感情を直ぐ表に出してしまうのは控えた方が良いのでしょうけど、どうにも下手な分野ですね。
「気にならないと言ったら嘘になります」
「断言出来ることではありませんが、大陸の中央で動きがあって状況如何によって王族が赴く必要があるかもしれない。そういう話です。無論、他言無用です」
「はい。承知致しました」
国家を揺るがす事態の場合、可能性の段階で準備を始める抜りなさが後宮の、いえ、この国の強さですね。
「では座って下さいクリスティアーナさん」
エミーリア様の正面の席に座るよう示されて、扉の近くから地味だけれどしっかりとしたその椅子に近づいて行きます。
……私、緊張してる? 覚束ないとまで言いませんが、足が重いです。先程の緊張感に呑まれてしまったようですね。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。今の件とは関係ない話ですし、真剣な話ですが固い話ではありませんので」
エミーリア様が微笑みました。いつもは生真面目な顔をしている女官長ですからね。久しぶりに見ました。
「あまり時間もありませんので早速本題に入ります。先ずは質問ですが、クリスティアーナさんは侍女見習いを勤め上げたらその後のことをどう考えていますか?」
本題は私の進路ですか? わざわざ呼び出して?
「私は魔法学院には進めませんし、侍女として後宮に残りたいと思います」
まあ女官も捨てがたいですがセルドア王国の侍女は女官より中枢に近い性質もありますからね。
企業で例えるなら、女官は総務と経理それから取締役を兼ねた仕事で、侍女は庶務と家政婦それから秘書を兼ねた仕事です。側妃の侍女だと秘書の要素は皆無ですが、国王陛下と王太子殿下それから正妃様と王太子妃様、この四人のうちのいずれかの侍女ならその側近として関われますから“臨場感”は侍女の方が上なのです。
「陛下の命令で後宮に来た貴女でも試験は免除されませんよ?」
「勿論試験を受けて受かったらです。でも……私はいつ試験を受けられるのですか?」
侍女見習いの終了が中等学校の終了も兼ねていますからね。座学が終わらない限り終了はありません。ただ、どう考えても私が今勉強しているのは初等学校の内容ではありませんから、侍女見習いの終了がいつに成るのかが良く分からないのです。
「いつ? ……官僚の採用試験は10月。侍女見習いの終了試験は11月。例年通りです」
「え? 今年の?」
「貴女は特殊な立場ですから、仮に落ちたとしてももう一年侍女見習いを勤めて、来年試験を受けても構いませんよ」
エミーリア様。何か勘違いしてませんか?
「今年受けて受かるとは思えないのですが」
何を言っているのだこの子は。そんな目で私を見るエミーリア様です。何故?
「贔屓目無しで貴女の学力は同期の侍女達の中でトップと言えます。それは年末の試験や小試験の結果からも明らかです。貴女が落ちるなら今年の採用者はいないでしょう」
「は?」
同期でトップ? 試験で明らか? 今年の採用者はいない?
「もしかして、私が今勉強しているのは中等学校の三年生の内容ですか?」
「中等学校の三年どころか高等学校三年の内容です。今年中に高等学校の容量を終わらせますよ。……クリスティアーナさんに話していませんでしたか?」
き・い・て・ないよぉー。
どうりで容量が多いわけですね。九年分の容量を三年で詰め込まれていたのですから。でも、何をどうしてそうなったのですか?
2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。




