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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第一章 侍女見習い
33/219

#32.従う者

「貴女“方”の目的はなんですか?」


 リーレイヌ様は驚き目を見開いたあと、睨むような目付きで私を見ています。どうやら動揺してくれたようです。


「ラッテとロッテは私に従っただけよ。彼女達に目的なんかないわ」

「優しいのですねリーレイヌ様は」


 お母様の優しさを意識して穏やかに言うと、リーレイヌ様は更に動揺したのか、視線をさ迷わせます。

 リーレイヌ様にとってラッテリーヌ様とロッテリーヌ様はがどんな存在なのかは分かりませんが、大切な相手ならこんな件に巻き込むべきではありません。どうにも理解出来ませんね。そんなことすら考えられないのでしょうか?


「しかし、残念ながら私の質問の意図は違います。お二人がリーレイヌ様に従ったということぐらい分かっています」


 畳み掛けるようにそう言うと視線を私に戻したリーレイヌ様ですが、その眼光は先程より随分と穏やかになりました。


「何が言いたいの?」

「こんなことをする理由が分かりません。指示する人の気持ちもそれに従う人の気持ちも理解出来ないです」


 もっと言えば、従うだけの人はもっと理解出来ないですが、それは今は黙って置きましょう。


「指示する人は兎も角、従う人は従うべきだから従っているだけよ。そこに気持ちなんて無いし、罪も無いわ」


 ある意味リシュタリカ様より厄介な方だったようですね。

 リシュタリカ様は身分制の絶対を植え付けられそれを他人にも強制していたわけですが、本人の意思や思考の自由まで否定はしていませんでした。指示をする者とされる者のある種のギブアンドテイクの関係は理解していましたが……リーレイヌ様は個人の自由を全否定していますね。


「確かに王の命令は絶対ですし逆らうことは許されませんが、だからと言って指示されたことだから罪に問われないなんてことはありません。

 罪を犯したら指示した者も従った者も罰を受けるべきです。それが分かっているからリーレイヌ様も困っているのでしょう?」

「私は困ってなどいないわ! なんだったらあの子達に罪を押し付けることだって出来るわ!」


 ここに来て虚勢を張るのですか? ……もう止めにして倒壊の話をしましょうか?


「いいえ困っています。指示“された”身としてどうしたら良いか分からなくて」


 リーレイヌ様の顔が最大限に驚きに満ちて固まりました。

 因みに言って置きますと、私には推理力なんてありません。ゼオン家の調査結果が「異常なし」だと聞いた時に、エミーリア様に可能性の一つとしてお話して頂いたのです。リーレイヌ様が「動かされている」と。確証はありませんが、本人の反応を見るに図星のようですね。


「ご指示なされたのはメリザント様ですか?」


 ズバリ聞いて「はい」と言ってくれたらコチラの話も聞いてくれるかもしれません――――が無理なようですね。物凄く睨まれてしまいました。

 うーん。失敗です。始めから倒壊の話に持って行くべきでしたかね。いえ、ここまで盲目的に身分に従ってしまうとしたら吹き込まれた話を疑わない可能性も高いですか?


 あれ?


 考えてみたらリシュタリカ様から離れたりしてますね。そこまで身分に拘っているわけではないのでしょうか?


「話は変わりますけどリーレイヌ様。何でリシュタリカ様から離れたのですか?」

「……せっかく取り入ったのに、ダッツマンなんかと仲良くしたからよ」


 要するに嫉妬ですか?


「リシュタリカ様が誰と仲良くしたとしても、リーレイヌ様がリシュタリカ様から離れる理由にはならないと思いますよ。別に友達は何人居ても良いわけですし」

「友達?」


 ……そこに驚くのですか?


「はい友達です。お姉様とリシュタリカ様。最近ではケイニー様も。皆仲良くして貰っている友達です。リーレイヌ様とロッテリーヌ様、ラッテリーヌ様は友達ではないのですか?」

「友達なんかじゃない。あの子達は従者の家の子だもの。私に従っているだけよ。そう生まれたのだからそう生きるしかないじゃない」


 随分と歪んだ人間関係ですね。いえ、歪んでいるのは人間関係ではなく思想の方でしょうか? ただ物凄く矛盾しているのが、


「では何故リシュタリカ様に取り入ったのでしょうか? ご実家から指示されたのですか?」


 ヘイブス伯爵家とゼオン子爵家は特別なにも関係が無い筈です。ご実家から指示があったとは思えません。これは他ならぬ本人の意思でしょう。


 リーレイヌ様は私を見たまま沈黙してしまいました。その顔に浮かんでいるのは混乱と困惑です。どうしたら良いのか分からない。そんな心境なのでしょう。


 睨み合うような形で沈黙すること数十秒が経過したでしょうか? ふと、視界が遮られました。


 これは……濃紺のお仕着せ?


「お姉様!」


 リーレイヌ様の視線を遮るように私の前に立ったのは紛れもなくお姉様です。睨むようなその視線を受けているお姉様の華奢なその身体は、後ろから見ても確かに強張っています。しかし妹を守るように立つその姿を見て、私は嬉しくて泣きそうになりました。


「お姉様。どこか痛くありませんか? 身体がダルかったり重かったりしませんか? 目眩とか頭痛は? 魔力は正常に動きますか?」

「大丈夫よ。ありがとうクリスちゃん」


 私の矢継ぎ早の質問に振り向いて笑顔で答えてくれたお姉様。はい。大丈夫そうですね。いえ、言葉は信用しません。しかしお姉様は私と同じで嘘が下手なのです。具体的には笑顔が三割引になります。この笑みは本物ですから大丈夫な筈です。


「クリスちゃんに手は出させません。今度は私も本気で相手をします」


 リーレイヌ様に対して宣戦布告したお姉様です。まあお姉様はこういう人ではありますが、妙に私を庇うような仕草に違和感を覚えます。いえ、守ってくれるのは嬉しいですし、普通魔法が少し使えますから私より遥かに強いのですが……。


「あ! お姉様。魔法は使わないで下さい」


 数秒間の対峙を破って私はお姉様に忠告しました。理由は当然、


「この建物本当に倒壊するかもしれませんから」

「え?」


 私の話に驚いたような声を漏らしたのはリーレイヌ様でした。どうやら知らなかったようですね。ということはまだ目が残っているということです。ハッピーエンドの目が。


「……その嘘は悪手ではないかしら? 魔法が使えなければそっちに勝ち目は無いわ。貴女達があっさりと気絶したのは私が専門的な訓練を受けて来たからよ」


 あらら? 何故嘘だと思うのですか?


「嘘ではありません。何せウィリアム様に伺ったことですから。この建物に近づくと本気で怒られるって」

「ウィリアム様? 貴女いったい……」


 リーレイヌ様は再び私に睨み付けます。うーん。信じて貰えないようですね。


「クリスちゃん」


 お姉様が少し前に出てしまった私の腕を引き、再びリーレイヌ様との間に入りました。


「本当に危ないんですお姉様。それにリーレイヌ様の言ったことは本当だと思います。近づいて来た時気配がしなかったし、一撃で人を気絶させるのって並大抵の修練では出来ない筈です」

「……そうね」


 詰まりリーレイヌ様は相当な手練れなのです。ん? ゼオン家って女の子にそんな訓練をする習慣があるのですか?


「……リーレイヌ様は後宮武官を希望なされなかったのですか?」


 侍女見習いで武官を希望すると夜の座学と課題が無くなり毎晩訓練があります。どっちが大変かと訊かれると微妙ですが、後宮武官は文武両道なのです。


「ゼオン家の娘にそんなことが許される筈はないわ」

「勿体ない。自分で頑張ったことを生かさないなんて」


 ……訓練することは許したのに何でそこを制限するのかが良く分からないですね。もしかしたらリーレイヌ様の思い込みなのでは?


 私が全く別の方向に思考を走らせていると、


「え! 武官?」


 双子のどちらかの声が響きました。マズイです。


「リーレイヌ様! 今すぐ此処から出して下さい! 早く!」

「え?」

「良いから早く! 時間がない! 捕まっちゃいます」


 戸惑っているリーレイヌ様を強引に促します。兎に角牢に入れられているこの状況だけでも誤魔化して置かないと大変なことになります。


「今更何を言って――――」

「何をしているのです貴女達は!」


 戸惑うリーレイヌ様を余所に、無情にも時間切れとなる怒声が響きました。






2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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