#29.側妃の仕事
第一章の山場に突入です。今話は導入ですが。
時は少し流れまして、侍女見習い二年目の夏至休暇まであと二週間と迫っています。私がどうなるかは分かりませんが、お姉様達の侍女見習い生活はもう折り返しに近づいているということです。
進路を迷っている人もそろそろ考えて置かないと、あっというまですよ。なんて言えるのは前世で経験しているからですが、魔法学院の入試と後宮官僚の採用試験は難易度が違うだけで勉強することに大きな差は有りませんからね。両方試験を受ければ良いだけです。官僚試験に受かるような方なら魔法学院の入試に落ちる筈はないので結局迷う嵌めになりますけど……。
因みに魔法学院の入試は魔才値さえあれば魔法技術を問いませんので、筆記試験だけで入学出来ます。逆に魔法の技術があれば魔才値が無くても合格出来るそうですが、両方無い私は絶対に入れない学校です。
なんか落ち込むような話題になってしまったので話を変えたいと思います。
いつぞやのお茶の席のあと、私とお姉様そしてリシュタリカ様は嗜み講座の時ケイニー様と一緒に行動することが増えました。そんな中でリーレイヌ様達の話をすることが時折あったのですが……彼女達、年明けからどうにもおかしな行動が増えているようです。
具体的には、やる気を見せずに上司や主から注意されたり、簡単なミスを繰り返して怒られたり。または寝坊や遅刻、仕事の遅延等。まあこう羅列するだけなら単純に侍女が嫌になっただけのようですが、そう尋ねても「はい」とは言わないようでして……果ては侍女長がお出になってもはぐらかされたそうです。
一応私もエミーリア様に一通り話を通して「もしかしたらご実家のゼオン子爵家やその周囲で何かしらあったのかも」と言って置いたのですが、わざわざ調査してくれたらしいエミーリア様は「子爵家には何も無かったようです」と仰っていました。
何も起きなければ勿論それが一番ですし、仮に大きな問題を起こしても、誰も傷付かずに彼女達が辞めるだけならそれで良いのですが……年頃の女の子は繊細ですからね。火事を完全に防ぐのは難しいですが、ボヤで済むように注意しなければなりません。
とは言うものの、私に出来ることは注意を促すことだけで、特別なにかしているわけではありませんけど。
そんなことを考えながら、後宮の片隅、菊殿で頼まれた仕事を延々とやっている私です。
え? 何を頼まれた?
刺繍です。今世の私は凄く手先が器用なのでどんな模様でもスイスイ縫えてしまうのです。考え事しながらでも出来てしまうので周囲の変化に気付かないことが欠点ですが、刺繍自体は楽しいので、と言うよりは何かしら作り上げるのは好きなので、やり始めると時間を忘れてしまいます。
あ、またいつの間にか部屋に人が居ない。
「クリス。ここに在ったボタンの箱はどこに在るかご存知かしら?」
「先程パトリシア様の指示で侍女のどなたかが持って行かれたと思いますよ」
部屋に戻って来た途端私に質問を投げ掛けて来たのはオデット様です。ちゃんと見ていなかったので誰がどう動いたかは知りません。
「あれはわたくしのよ。何故パトリシアが指示を出すのです?」
「そう訊かれましても私には……パトリシア様の勘違いではないでしょうか?」
「まったく! あの人は昔からそうなのよ。ソフィア様に何度注意されてもそそっかしいのだけは直らないのだわ」
愚痴を言いながら部屋を出て行ったオデット様を見送って私は刺繍に戻りました。忙しいですからね。これ今日中に終わらせなければならないですし。
オデット様も忙しくなければ愚痴を言ったりはしないですよ? 差し迫った期限にピリピリしてしまうのはどの世界でも一緒ですね。
オデット様を含め、皆がピリピリする程忙しなく動いているのは、こんな理由が有るからです。
正妃様には沢山お仕事が有ります。
先ずは、公の場での国王陛下のパートナーです。これは、役割としては一番重要かもしれませんが、ある意味一番楽なお仕事でしょう。
次に、正妃としての公務です。セルドア王国には正妃の名で管理している施設がありますので、その視察や事務処理等は正妃様のお仕事です。具体的には孤児院や治療院等で、これは後宮とは別予算で賄われています。まあ決裁権は国王様にありますから後宮程自由に何か出来るわけではありません。
それから、セルドアス家の纏め役です。これは、ソフィア様だからそういった立場にありますが、普通は陛下が兼ねるお仕事です。逆に考えると他家から嫁いで来たのに王族を束ねてしまうソフィア様がぶっ飛んでいるのです。
最後に、最も大変なお仕事の後宮の纏め役です。纏め役なんて言葉では生易しいですね。支配者とでも言いましょう。正妃様の後宮に於ける権限は絶対ですから。いえ、絶大では無くて“絶対”なのです。何せ後宮内の司法立法行政全て正妃様が握っているのですから。
まあ実際は行政の半分以上は女官に、立法は後宮官僚の上層部に、それぞれ委譲している状況にありますから、権限は持っていてもそれを振りかざすような環境ではありませんね。
ああ、なんか本題からズレていますね。重要なのは、後宮で正妃様は絶対的に偉い。そういう話で――ある筈がありません。
正妃様は忙しい。この事実です。
王族の女性の中で一番忙しいのが正妃様。なら次は誰かと問われればそれは間違いなく王太子妃様です。
王太子妃様は当然王太子様のパートナーであると同時に、次世代の国の顔として外国から親善がある度に公の場に出なければなりません。そういった公務は正妃様より王太子妃様が出て行くことが多いのです。セルドアは周辺国よりかなり大きな国ですから、当然と言えば当然ですね。
王太子妃様には後宮に於ける正妃様の補佐役という立場も有りますから、ご公務は無くとも毎日それなりにお仕事があります。
このように、正妃様と王太子妃様はお忙しいのです。
ただ、それ以外のお妃様達がどうかと問われれば、何かしらお仕事があることも全く無いわけではありませんが、基本的には暇なのです。特に、正妃様や王太子妃様の名代という公務のあるそれ以外の正妻の方々ではなく、側妃の方々は。
では、11人もいらっしゃる側妃様達が昼間は毎日何もせず過ごしているのか? と問われれば答えは否です。
後宮の成り立ちを考えれば当然ですが、お妃様は簡単に後宮を出ることは出来ません。出るには正妃様と国王陛下の両方の認可が必要です。王宮で大きな舞踏会が開かれる時などは機械的に許可が出されるようですが、それ以外で後宮を出るのは大変です。
それなのに外の情報を手に入れるのが異様に早い! という話は脇に置いておくとしまして、後宮から出られない側妃様達が何をして日々過ごしているかと言いますと、その答えは、
ドレス作りです。
いえ。本人が着飾る為だけではありません。歴としたどころか、相当な利益を上げている商売です。側妃様達を中心に作っているドレスは、この国のドレス業界のトップブランドと呼べるぐらい質の高いモノとして有名なのです。
というか逆に、デザイナーの方から後宮で採用して欲しいと売り込んで来たりするようですね。更には腕の良い女性の職人さんを特殊侍女として迎えたり。
後宮に入る前は知らなかった現実ですね。服飾業界でも女性は成り上がれるようです。
話が逸れてしまいました。
先程お話した通り、側妃様は簡単に外に出られませんから、いざ売るのは他人任せが基本です。でも流石にそれでは作り甲斐がないということで年に一度、後宮で作られたドレスの大品評会が開かれます。
最初は舞踏会としてお披露目していたそうですが、飽くまでドレス品評会、コレクションがしたかった当時のお妃様方は、結論としてセルドア王国でも一般的な、お祭りという形式を取りました。
それが後宮が主宰で夏至の前後に行われる「ドレス祭り」です。
ということで、夏至が迫った近頃、刺繍が得意だと知られた私はドレス作りの手伝いをしているわけです。今日は淑女教育が休みの日なので文句は言えませんが、一応私も侍女見習いとして勉強しているのですよパトリシア様!
本来手伝う立場にない私ですが、連日パトリシア様に「明日も来てくれるわね」と言われて来ざるを得ない状況に追い込まれました。刺繍が得意な侍女が結婚して居なくなったからって……パワハラです。まあ女官長に了承を取られてはどうしようもありませんが。
あれ?
そう言えば、今日はお姉様も来る筈です。どうしたのでしょう? もう10時を過ぎますし寝坊なんてことはありませんよね?
2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。




