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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第一章 侍女見習い
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#25.側妃という立場

 どうしても話がしたい。そう言ってはいませんが、そんな雰囲気が漂っていたクラウド様。困った私は、偶々居合わせたナビス様の「トルシア様には私から話しを通して置くから行っておいで」という言葉に背中を押され、クラウド様に付いて行くことにしました。

 レイフィーラ様が小声で「頑張れ」と呟いていたのですが、誰に何を頑張れと言ったのでしょう?


 クラウド様と2人で向かったのは王宮の居住区の庭です。湖と呼びたくなるような大きな池のあるその庭は、亜熱帯気候故の色とりどりの花々が咲き乱れる美しい庭で、池を一回りする遊歩道が造られています。


 その遊歩道をゆっくり並んで歩いているのですが……話があるのではないのですか? それに、さっきから私は侍女として斜め後ろを歩こうとしているのですが、そうさせてくれません。クラウド様は礼儀に煩い方ではありませんがそういった習慣には慣れている筈なので、これは明らかに意図的です。


「綺麗なお庭ですね。それに王宮の中なのにとても静かな」


 後宮自体はとても広いですが、建物が多いのでここまで広い庭はありません。この庭は、比較的新しい王宮の居住区ならではです。


「ああ」


 デフォルトの無愛想な返事ですね。クラウド様はこちらを向きませんし、前を見たままゆっくり歩いていらっしゃるだけです……こんな所に連れて来ても話し辛いことなのでしょうか? 誰も周りに居ませんし、遠くからは見えても話は聞こえないと思いますよ?


「あのお話って――」

「今日一体何があった?」


 なんでしょうか? と訊こうとしたらクラウド様の硬質な声に遮られました。それが質問したくて此処に? それとも本題は別でしょうか? 妙に緊張感のある声だったので本題のような気がしますが……何で?


「今日と仰られても、何のことを指して仰っているのか解らないのですが」

「昼餐会の途中から元気が無かった。何かあったのか?」


 昼餐会の途中って……あっ! そんなことをわざわざ訊く為にここへ? それはないですよね。じゃあ本題は別?


「それは、えーと、ウィリアム様が居ないことに気付いてしまいまして」

「ウィリアム?」


 庭に来てから初めて私の方へ振り向いたクラウド様。その顔は不愉快そうに歪んでいました。そんなに素早く振り向かなければならないようなことをしましたか? ウィリアム様を出したのがいけなかったのでしょうか?

 ウィリアム様がクラウド様を苦々しく、憎々しく思っていたことは知っていましたが、クラウド様はウィリアム様に無関心だった筈です。これは私の認識違いということでしょうか?


「ウィリアム様というか、側妃の子供は居ないんだなぁ。と思いまして」

「側妃の子供? ウィリアムは確かにメリザント様の子供だが……何の話だ?」


 理解出来ない。そう顔に疑問符を浮かべたクラウド様は、私の方をじっと見詰めています。そんなに気になりますかね?


「今日のような公の場になると側妃の子供が参加出来ないのだと、改めて実感してしまって嫌な気分になっていたのです」

「お前……クリスはウィリアムに王になって貰いたいのか?」


 は? ウィリアム様に王? いつそんな話をしましたっけ? それと、なんでわざわざ名前で呼び直したのでしょう?


「何故そういう話になったのかサッパリ理解出来ませんが、私はクラウド様は王の器の有る方だと思いますし、ウィリアム様より王に相応しい方だと思います。勿論これは私の主観です」

「……そうか」


 え? 笑った? うーん。一瞬でしたので見逃してしまいましたね。勿体ない。


「で、話を戻しますね?」


 そう言って顔を覗き込むと、クラウド様は真剣な眼差しを私に向けて小さく頷きます。うーん。イケメンは特ですね。こういう顔も綺麗です。でも笑った顔の方が良いと思います。


「ウィリアム様が昼餐会に出られなくて私が嫌な気分になったのは、メリザント様の心境を考えてしまったからです」

「メリザント様の心境?」


 クラウド様の眉間に皺が寄りました。また「理解出来ない」そんな顔になっています。


「ウィリアム様にも同情したと言えばしましたが、昼餐会に出られないのはウィリアム様だけではありませんからね。実際ベニート様とか沢山出られない方がいるわけですし。ただ、なんとなく考えてしまったのは側妃というのは凄く中途半端だなと」

「中途半端……確かに側妃は中途半端で報われない立場かもしれないが、だからといって不要な立場ではない。いや、寧ろ重要な役割もある」


 眉間に寄せた皺を消したクラウド様が強い口調で話します。確かに、側妃が重要な役割を担うことはあり得ますし、実際、少し違う形ではありますがお三方は側妃として役割を果たしていらっしゃると思います。でも――――


「メリザント様の役割ってなんでしょうか?」


 紛れも無く彼女は側妃です。それは誰にも否定出来ません。


「それは……」


 そして、彼女は今、何を考え、何をしているか。きっとまともに答えられる人は一人も居ません。恐らく、


 本人でさえ。


「メリザント様はご自分でお望みになって後宮に入られたと聞きました」

「ああ。そう聞いている」


 お三方も自分で望んで後宮へ入ったそうですが、正妻との関係がその役割の重さの差となっていますね。

 お三方の一番は役割は、ソフィア様と他の王族又は後宮官僚もしくは貴族達との緩衝材です。ソフィア様はいつも堂々としていてカッコイイですが、立場からして弱い所を見せるわけにはいきませんからね。軋轢が産まれないように巧く立ち回るのがあのお三方の役割です。

 そして二番目の役割は……この話は後にしましょう。


 兎に角、側妃とは、愛妾程危うい立場ではありませんが、酷く不安定で中途半端な立場です。


「なのに何故悲しい思いをしなくてはならないのでしょう?」

「メリザント様は悲しい思いをしているのか?

 側妃として後宮に入った以上自分が報われない可能性ぐらい覚悟の上だろう? ましてやメリザント様の後宮入りが決まったのは父上と母上が結婚した後だ」


 全て承知の上で後宮に入った筈。確かにそうかもしれません。


 でも、全部分かっていたとしても、最初から覚悟を決めてから後宮に入っていたとしても、自分の人生が報われないモノになったとしても、私にはきっと耐えられない、


「自分の子供に辛い思いをさせて、悲しくならない母親がいるでしょうか?」






 私のちょっと暴走気味の質問のあと、暫しの沈黙の破って歩き出した私達。歩き出したら話をしてくれると思いきや、クラウド様は沈黙を保っていました。


 仕方ありませんね。私から訊きましょう。


「クラウド様。話ってなんでしょうか?」

「話? ああ……メリザント様の面子もあるし、ウィリアムはルサデイア侯爵家への体裁だろう。父上はメリザント様を愛してはいない。そもそも側妃を必要とはしていなかったらしい」

「何が仰りたいのですか? 女は男の道具だと言っているのと変わりませんよ?」


 まあそういう意味で言ってるとは思えません。いくら大人びているとは言ってもまだ10歳になっていませんからね。

 私が強い口調で言うと、驚いたようにこちらを見たクラウド様のその赤い瞳は、思った以上に不安定に揺れていました。動揺しているのでしょうか?


「いや、そうではなくて……メリザント様も侯爵家も望んだことだったが、父上にとっては望んでいなかったということだ。でも、父上は義理を通したし、ウィリアムに対しても愛がないわけではない。王族や貴族の結婚なのだからそういうモノだろう?」

「結局メリザント様は報われないのでは?」

「だから……メリザント様がどうのこうのではなくて――――」


 どうのこうのではなくて、なんですかクラウド様? まあ私も特別メリザント様に思い入れしているわけではなくて、単純に側妃という立場が結局「私には辛く悲しいモノ」だろう。という話なんですがね。そもそも側妃になるには色々条件があるので成らないとは思いますが。


「側妃だって相手から思われてれば幸せじゃないのか?」


 いえ、だからそれは、


「先程の私の質問を無視してますよ?」






2015/10/27まで毎日二話更新します。午前午後で一話ずつですが時間は非常にランダムです。

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