#22.ヘイブス伯爵家
「ベイク? ええそうよ。伯爵家の為とか言ってね。出しゃばりな執事だわ」
「え? 狙ってお母様を怒らせたのですか?」
いえいえ、怒るまではしていませんでしたよ? 腹を立てていたのはそのずっと前、牡丹組でお姉様が孤立させられたことでしょう。それでも今日は冷静に対応していたと思いますし、淑やかで包容力のある素敵なお母様ですね。
「そういうことよ。質の悪い男だわ」
リシュタリカ様のその言葉には親しみが込められていました。信頼しているのでしょうね。
「大胆なことをする方ですわ。ああ見えて、お母様は怒ると凄く怖いのですよ。お父様もお母様を怖がっていますわ」
「そうなのですか? 凄く優しそうに見えましたけど?」
今日だって腹は立ていても冷静に振る舞っていたようですし、怒るところが想像出来ません。
「普段は優しいですけれど、怒ると怖いです。凄く」
「家のお母様もそうです。普段はとっても優しいですけれど、怒るととっても怖いんです。鬼です」
滅多に怒らない人が怒ると怖いですよぉ。本当に。まあお母様の場合、強烈な雷を持っていますからギャップ無しでも充分怖いと思いますけどね。
「セリアーナ様が鬼になるのだとしたらお母様は悪魔ですわ。本当に怖いのですよ?」
そこで張り合うのですかお姉様?
「貴女達本当にお母様に怒られるの?」
え? その質問なんですかリシュタリカ様?
「怒られますけど……もしかしてリシュタリカ様のお母様は怒って下さらないのですか?」
あ! この質問は流石に踏み込み過ぎですね。うーん。私の失言癖は重病です。克服の方法はないでしょうか?
「あの人達は自分に以外興味が無いのよ」
自分に以外興味が無い? しかも、達?
以前お話した通り、ヘイブス伯爵家はセルドア王国の貴族の中でとても異質な家です。今日ミリア様が仰いました「排他的で要心深い」という表現も大袈裟ではありません。実際、社交界にも余り出てこないことで有名なわけですし、自ら主催することも滅多にありません。
ややもすると「辺境伯国」と称されてしまうその際立った特殊性は子供の成長に大きく影響していたようでして……リシュタリカ様は驚くような、引いてしまうような話をしました。
例えば――――
「わたくしはそういうものだと教わったわ。平民は貴族に従うモノだって」
とか。
「貴女達の言う通り、平民だって確かに人間ね。それは侍女見習いをしていて解ったわ。でもわたくしはお母様程酷いことはしていないわ。お母様は使用人すら本当にゴミのように扱うのよ?」
とか。
「わたくしのしていることなんて大したことはないのではなくて? お父様なんか真剣で剣闘させたりするのよ?
あ! ミーティア様にしたことは申し訳ないと思っているわ。本当にごめんなさいね。わたくしの次に身分の高い貴女が無礼な平民に対して何も言わないのが腹が立ったの。貴女はあの時もう後宮の規則を知っていたのね?」
とか。
「そうね。後宮では後宮の規則があるものね。イタズラは止めるわ。それにしても不思議なのよね。なんでリーレイヌ達は離れて行ったのかしら? わたくし何もしてなくてよ?」
とか。
「お母様もお父様もそういう人なのだからしょうがないじゃない。わたくしが何か言ったところで変わらないわ。上の人間は利用して、下の人間は使用する。そんな両親をわたくしがどうにか出来ると思って?」
とか。
リシュタリカ様自身は、心優しいとは言えませんが純粋で素直な部分がある方なので、私達の話を真っ正面から受け止めて考えておられましたが……話を聞く限り、リシュタリカ様の両親はどうにもならなそうです。
実の娘とまともに口を利かないというだけで、救いがありません。まあそうで無かったとしても私がどうこうすべき話ではありませんが……。
そして意外なことに、
「ご両親に無関心でいられて、リシュタリカ様はお辛くなかったのですか?」
「ええ。だから家族から離れたくて侍女見習いになったのよ」
「え? それで何故侍女見習いなのでしょうか?」
「形だけ顔を合わすなら合わさなくて済む方が良いでしょう? あの人達は自分にしか関心がないのに家の者にも体裁は取り繕うの。そんなことは面倒なだけでしょう? わたくしは見限ったの。家族をね」
ご自身で侍女見習いに成ることを決めたそうです。「清々したわ」と言い放ったリシュタリカ様の笑顔は、寂しさや後悔の念など全くない爽やかなモノでした。未練は無いのでしょう。
そういう意味ではリシュタリカ様も両親の血を継いでいるのでしょうね。ただリシュタリカ様のイタズラ好きは無関心な両親から気を引くことから始まったようなのです。そう言われると可愛らしいですね。
「お前らは?」
私達がお喋りしていた東屋にリシュタリカ様と同じ鮮やかな橙色の髪をした男の子が顔を出しました。茶色いクリッとした瞳が綺麗で中性的な顔立ちの美少年です。私と同じ年ぐらいでしょう。
その後ろには侍女が2人控えていまして、一人は真面目そうな雰囲気を持った茶色の髪の美人さん。歳は15歳前後でしょう。もう一人は私と同じ年ぐらいで黒い髪の綺麗な美少女です。
「オルトラン。この2人はわたくしの同僚よ。挨拶なさい」
「同僚……オルトラン・ヘイブスです。姉がお世話になっているようで、宜しくお願いします」
オルトランと呼ばれたその少年は、リシュタリカ様に窘められ少し顔を歪めたあと、その美形に似合う綺麗な笑顔を作って挨拶しました。
オルトラン様の笑顔はウィリアム様のように胡散臭くはありません。いえ、この年で完璧な作り笑顔の方がなんか嫌です。余計に警戒したくなるのは私だけでしょうか?
「ミーティア・ダッツマンです。リシュタリカ様と仲良くさせて頂いております。宜しくお願い致します」
「クリスティアーナ・ボトフと申します」
「……姉上。こいつも同僚なのですか?」
オルトラン様は私をチラッと見ながら何か不満そうに言いました。……姉には敬語で私は「こいつ」なんですね。いえ、別にどう呼ばれても腹は立たないのですが、先程のリシュタリカ様のお話の信憑性が増しました。身分に対して考え方が酷いようです。
「そうよ。それがどうかしたのかしら?」
「ボトフなんて知りません。爵位は?」
お父様は結構有名人ですが、流石にヘイブス伯爵家の方は知らないようですね。
「ボトフ家は男爵家だわ。ゴルゼア領の代官のお家ね」
「男爵……」
オルトラン様はブツブツと何やら呟きながら私を嘗めるように見回しました。そしてそのあと、驚きの一言を放ちました。
「良し。お前は私の横に居ることを許してやる」
はい? ヨコにイルことをユルス? 許可を求めた覚えは無いのですが……。
「オルトラン様。リシュタリカ様のお邪魔をしてはいけません。参りましょう」
私が驚き固まっていると、5,6歳上の侍女に促されたオルトラン様は、リシュタリカ様にすら礼も告げず、去って行きました。
「聞いたかしら? うちの家族は皆ああなの。いえ、オルトランは子供だからまだマシな方ね。安心して、体裁を気にするからヘイブスと関係ない貴族家の令嬢に手を出したりはしないわ」
とんでもなく横柄でしたがあれでマシですか? と言うか、ヘイブス伯爵家と関係ある令嬢だったら手を出すのですか? お姉様の貞操の危機ですか?
「驚きましたわ。男爵家と聞いた途端にあんな……」
「リシュタリカ様がお家から出たがった理由が解ってしまいました」
「ええ。残念ながらあの子がヘイブス伯爵家の嫡子なのよ」
……大変ですねリシュタリカ様。同情します。ですが同情以外はしません。関わりたくありませんから。
そう思った私がオルトラン様と再会してしまったのは、まだけっこう先のお話。
次回 2015/09/30 17時更新予定です。




