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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第一章 侍女見習い
22/219

#21.リシュタリカのお誘い

 侍女見習いの正月休暇は短くて12月28日から1月3日までの6日間のみです。まあ「年越しの夜会」やそれ以外の小さな社交界でてんやわんやの先輩達を尻目に休みを取るのですから文句は言えませんが、短いことに変わりはありません。それぞれ親戚に挨拶回りをしたり、お茶会に出席したりやることも多いですからね。

 そんな忙しい休みに入って二日目。藤色のドレスと誕生日にお姉様に頂いた淡い水色のケープで少しめかし込んだ私は今、お母様と一緒にダッツマン子爵家の馬車に乗っています。ダッツマン子爵とは他ならぬミーティアお姉様の生家ですが、行き先は残念ながらダッツマン子爵の王都屋敷ではありません。ヘイブス伯爵家の王都屋敷です。


 そう詰まり、リシュタリカ様が今滞在中のお屋敷に向かっているのです。

 当然馬車には私達以外にお姉様と、更にそのご母堂が乗っておられるわけですが、そんな4人がヘイブス伯爵家に向かっている理由は極単純、リシュタリカ様にお茶に誘われたからです。


 一昨日の夕方、ベイト伯爵家で家族と合流した直後にヘイブス家から使いが来た時は驚きました。「何をしたんだ?」という疑惑の目を家族に向けられながら手紙を読むと、その内容は、お姉様と一緒に今日のお茶の席に同席して欲しいとのことでした。


 面倒なのはお茶会への誘いではなく“お茶の席に同席”という点です。そもそも、まだ未成年(15歳未満)の女の子である私達には正式な社交会に出席することは出来ません。舞踏会や夜会は勿論、お茶会にも保護者同伴でなければ出席することが出来ない決まり(法律)があるのです。

 ですが、飽くまでプライベートなお茶の席に同席することまでは制限出来ません。勿論、特別親しくしている人しか呼ばないのが慣例ですし、仮に何か問題が起こったとしたらホスト側は間違いなく評判を落とすことになります。

 お姉様とお兄様の出会いを画策していたのが実は今日で、お茶会の予定が入っていましたから無論断ることも出来たわけですが、方々相談した結果お呼ばれすることにしました。


 ダッツマン家の立派な馬車は、王都エルノアの貴族街の端、黒い大きな門の前で止まりました。……なんか無駄に厳ついです。門脇に龍の像とか必要なんですかね?


「失礼致します――――婦人二名女子二名確認致しました。通行を許可します」


 ノックのあと、騎士さんが少しだけ扉を開け中を覗き込みました。随分と警戒心が強いように感じます。王都の貴族街は治安が良いのでもっと簡素な鎧が普通なのですが、ここ騎士さんは完全武装です。顔が見えなくてちょっと怖かったです。


「なんか、厳ついお屋敷ですね」


 再び走り出した馬車。少しして見えて来たのは、白い外観のお屋敷、いえ、宮殿です。全体としては普通の大きなお屋敷なのですが、所々に攻撃的なデザインの彫刻が彫られていたり、龍や虎など力の象徴とされる像が置いてあったり、何故こうまで威圧的なのでしょうね?


「排他的で要心深いヘイブスらしいわ」


 お姉様と同じで、淑やか優しそうな雰囲気ですがミリア・ダッツマン夫人。意外に毒舌なんですね。


「だからといって警戒し過ぎるのも良くないですわ。ミリア様」

「そうね。でも気を許してはダメよ二人共」

「「はい」」






 妙な緊張感のまま、私達は応接間へと案内されました。暫し待たされたあとその部屋にやって来たのは――――


「リシュタリカ様?」


 ご本人一人でした。いえ、本人が来るのは礼儀上間違いではないのですが、この場合保護者と一緒に来るのがマナーです。そして、保護者同士が挨拶、子供を紹介、子供同士が挨拶、招かれた側の保護者が退散、子供同士の交流へ。これが子供がお茶に招かれた時の一連の流れなのですが……。


「お嬢様お一人ですか? ご両親は?」


 お母様が当然の質問をします。


「伯爵と奥方様は生憎今日は出ておりまして、代わりを仰せ付かりました。執事のベイクと申します」


 気配を消すように部屋に入って来た燕尾服の男性が突然話し始めました。

 ベイクと名乗ったその方は雰囲気も立ち居振舞いも“完璧な執事”と言った様相の初老の男性なのに……これは明らかに礼儀を欠いた行為です。招いた側がその場に居ないなんて論外ですし、執事の言葉遣いにしても、こちらを下に見ているのがありありと出ていますね。


「もっと謙って話しなさいベイク。ダッツマン子爵夫人、ボトフ男爵夫人。申し訳ありませんでしたわ。家の者が失礼を致しました。代わりにお詫び申し上げます」


 意外ですか? リシュタリカ様はこういう人です。ただとても選民意識の高い人なので、逆にこちらが失礼なことをすると凄く怒ります。選民意識は最近緩み勝ちなのでいたずらっ子さえ治れば私達と仲良く出来る人なのです。それ故余計にリシュタリカ様の両親や使用人さんの態度にはビックリです。礼節に煩いお家なのかと思っていましたので……。


「詫びの必要はありません。しかしこう失礼では大事な娘を預けるに価しません。今日はお暇させて頂きますわ」


 ミリア様は強い口調で仰いました。当然と言えば当然の流れですが、礼を欠いているのは伯爵家であってリシュタリカ様ではありません。流れから言って今日の招待したのはリシュタリカ様でしょうし、彼女の目的が気になります。


「お待ち下さいダッツマン夫人!」


 帰るような仕草を見せたミリア様をリシュタリカ様が必死に止めました。


「急に呼び出して置いて失礼な態度を取ったのはそちらですよ? それぐらいはお分かりですよね?」

「それは……承知しております」


 リシュタリカ様はそのまま押し黙ってしまいました。


 さて。どうしましょう。このまま帰っても礼儀上差し支えないのですが、それをするとリシュタリカ様と縁はほぼ切れてしまうでしょう。それはそれでなんとなく嫌なのですが――――


「リシュタリカ様。今日はどんなご用事でわたくし達をお呼びになったのですか?」


 お姉様の質問にリシュタリカ様はハッとしたように顔を上げました。おかしな質問はしていませんよ? それにしても、お姉様はリシュタリカ様と仲良くしたいのでしょうか?


「……仲良くしたいと思ったからですわ。後宮では忙しくてじっくり話す機会はありませんし。それに――――」


 ぼそぼそと少し照れ臭そうに話していたリシュタリカ様。最後の言葉を言い澱んで顔を背けてしまいました。


 ん? 頬が赤くなってませんか?


「なんですか? 言って下さらなければ分かりませんよ?」

「一度ちゃんとミーティア様に謝りたいと思ったのですわ」


 はにかんでいますね? リシュタリカ様は長身ナイスバディ系美人ですが、今は清楚お嬢様系美少女です。可愛いです。


「私が呼ばれた理由はなんなのでしょう?」


 お喋りしたいだけですか? 私の場合は講習の休憩の時にお茶を一緒にしたりしていいたので結構お喋りしましたよね?


「貴女は、クリスティアーナ様はミーティア様と仲が良いし、それに――――可愛いから」


 そう言って顔を真っ赤にさせたリシュタリカ様です。言葉通り取るとアブナイ方向に聞こえますよ? まあ私も可愛いモノは大好きですし、見境が無くなりますから人のことは言えませんが。


「仲良くなりたいってことでいいですか?」

「……ええ」


 リシュタリカ様が力なく答えたのとほぼ同時に、


「ではご息女はこのヘイブス家執事長ベイクが責任を持って預からせて頂きます。良いですねお二方?」

「フゥ。仕方がありませんわね。お預けしますわ」

「宜しくお願いします」


 大人達の話し合いが終わったようです。


 やっぱりさっきのはわざとですね。リシュタリカ様を心配していたのでしょうか? それとも私達を試していたとか?


 そんなことを考えていたら、


「でもわたくしが伯爵令嬢であることは忘れたらいけませんわよ」


 リシュタリカ様のブレのない一言が降り注ぎました。





次回 2015/09/30 12時更新予定です。

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