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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
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#212.歴史の裏舞台

「ダフ様には残って頂きたいのですが構いませんか?」


 外交官だけってことは、さっきとは関係ない話をするの? 私は此処に残る流れだしそれはないかしらね?


「好きになさい。わたくしは行くわ。出来ればここで待っていてねシルヴィアンナ」

「はい。ありがとうございます」


 軽い調子のままオリヴィア様が応接間を出て行き、ノエラと呼ばれていた修道女がそれに続く。聖女と付き人を見送って応接間に残ったのは、ダフというデイラードの外交官とユンバーフ・アシュマン、そして私の三人だけ。……初対面の他人ばっかりじゃない。


「立ったままというのも何か変なので座って構いませんか?」


 部屋に残った陣容の異質さ故の微妙な空気を壊すように、明るい声でユンバーフが私に問いかけた。その声からお父様世代の男性相応の威厳を感じることは出来ない。やっぱり敏腕外交官と言われてもピンと来ないわね。


「どうぞ」


 返事をすると、私の隣にユンバーフが、その正面にダフが腰掛けた。ダフと言うその外交官は、聖女に付いてエルノアまで来た割には若く、教会関係者らしい静謐な空気を宿した優しげな顔立ちの男。対してユンバーフは、顔立ちこそ精悍でエリアス達と並んでも遜色ない爽やかなイケメンだけど、纏っている空気は中間管理職のお父さん。どっちも腹のうちの探り合いなんて似合わないわ。私の方が余程そういう駆け引きに慣れているかもしれないわね。外貌だけ見たイメージの話だけど。


「早速ですが、先程の交渉は全く割りに合いません。ゲルギオス様の目隠しは、聖女の役割とデイラードが置かれている状況を考えれば無償で行っても良いことだと思いますが?」


 いきなり本題に入った? イブリックでは上位に位置する貴族出身だった筈なのに、全く貴族らしくない率直な物言いだし……。と言うか、何でこの男がこんな話を始めるの? ただの外交官。立会人みたいな役割じゃなかったわけ?


「先程オリヴィア様が仰っていた通り、我々にとっては同盟が成立してもしなくても一緒です。どちらにしても戦乱に巻き込まれ民に犠牲者が出る。ゴラが敵となるかセルドアが敵となるかの差です」

「そうでしょうか? 今回のことでゲルギオス様はゴラ国内で急激に求心力を落としています。ここで同盟破談に失敗すれば、皇帝はゲルギオス様を疎み廃嫡するでしょう。結果、ゴラの保守派と革新派は決定的に対立し、内部分裂、いえ、内戦すら起こり兼ねません。そしてゴラが内輪揉めを始めれば、日和見主義のハイテルダルの貴族がセルドアに靡く可能性も低くはありません。大陸の西はそれで安定すると思われます」


 人は見かけに寄らないとは良く言ったモノね。本気で話し始めた途端、ユンバーフは部屋の空気を支配した。こちらに都合の悪いことを隠したまま話しているのにそれを感じさせないし、私もダフもこの男の話に聞き入ってしまったわ。もしかして彼も「位」の持ち主なのかしらね?


「それに対してセルドアはどうでしょうか? 仮にビルガー公爵家が反旗を翻したとしたら、確かに混乱に陥るでしょうし同盟も破談になる可能性もあります。しかし、盤石なセルドアス家と停戦協定以降求心力が衰えたままのビルガー家。セルドアの貴族達はどちらに付くでしょうか?

 セルドアを敵に回す方が遥かに厄介だと思いますがね?」


 本当のことを言えば、同盟が成立しゲルギオス様が消えて革新派が衰えても、決定的には分裂せずに保守派が勢力を伸ばしたとしたらゴラはハイテルダルと組んでデイラードを攻める可能性がある。この場合デイラードとしてはセルドアを頼る他ないわけだけど、国境の接していない他国同士の争いにセルドアが介入するというのは現実味がない。故にこれはデイラードが最も避けるべき事態。

 逆に同盟が破談に成ったとしたら大陸全土を巻き込んだ巨大な戦争が起きても不思議ではないのだから、ダフの言う「同盟が成立してもしなくても一緒」というのは強ち間違いではない。なのにそれを「間違いかも」と感じさせてしまう巧さがこの男にはある。


「だとしても、聖女本人が無償で動くべきというのは暴論でしょう。何かしら対価があって然るべきです」


 穴を指摘しなかった。この時点でユンバーフの勝ちね。


「私は「無償で行っても良い」と言っただけで、「無償でやるべき」とは言っていません。ある程度の対価は必要ですが、「割に合わない」と言っているのです」


 要するに値引き交渉がしたいわけね。ただ、これはオリヴィア様と私の約束で、貴方が介入することではないわよ?


「なら何が適切だと?」

「デイラード教会に必要なのは、クリスティアーナ様でもシルヴィアンナ様でもない。ラシカ様を上回る「位」の持ち主です。ならば、その人材探しに協力する。これで充分でしょう」


 ……考えてみれば確かにそうね。藍菜を連れていかれないことに必至に成り過ぎていて、冷静さを欠いていたようだわ。我ながら情けない。

 それにしても、前世の知識があるわけではないユンバーフが、「位」なんて信憑性の薄い話に良く付いて来れたわね。「伝心」で藍菜と会話したわけでもないだろうし……。

 あ、逆だわ。“科学”が邪魔をしない純粋なこの世界の人間の方が付いて行き易いかもしれないわね。実際頭の中で会話をしてしまったら否定のしようがないけど、私は最初から半信半疑だったし。


「しかしあれはオリヴィア様とシルヴィアンナ様の約束で貴方は――――」

「ああ! もしかしてシルヴィアンナ様が先程仰った「全力を尽くす」も「願いに応える」も、人材探しに力を注ぐという意味でしたか? これはでしゃばりでしたね」


 この男……レイフィーラ様をイブリックに連れて行っただけあるわ。ついさっき、デイラードの現状を説いた時は他を圧倒する鋭い弁舌を見せたのに、今はさも最初から何一つ感付いていなかったかのようにとぼけた空気を纏ってる。必要とあらば平気で嘘を吐くし、強かで粘っこい交渉人。温室育ちの外征派の外交官達が敵わなくて当然ね。


「貴方は何故……」


 私が聖女になることに反対なわけ? という質問は今する必要はないかしらね?


「クリスティアーナ様の友達とお見受けしましたから」


 藍菜の為? 


「それは流石に狡くありませんかユンバーフ殿」


 私とユンバーフの声をすぼめるたやり取りを聞いていなかったのか、聞こえていなかったのか、ダフが話を戻した。


「エリントン公がどれだけシルヴィアンナ様を大事になされているか知っていてそれを言っているならば、交渉を続けますが?」


 まあ、私もそれを“当て”にしていたからああ言ったわけだけど……そこまでバレていたの?


 後に「金色の侍女」と呼ばれた一人の少女の運命が決した交渉は、本人も、本当の交渉相手も居ないという妙な状況で幕を閉じたのだった。






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