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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
212/219

#211.捨て身の作戦

『分かった。頼んでみるわ』

『ありがとうございます杏奈さん。出来る限りで構わないのでお願いしてみて下さい』

『ええ。藍菜は気を付けてね』

『はい。ではまた王宮で』


 不思議な感覚が途切れ、頭の中での会話は出来なくなった。理屈で考えると幻だとか声が似ている別人だとか考えそうなモノだけれど、不思議とあれが藍菜だということに疑いが持てない。……変な感覚だわ。


「「位」の話をしてから一時間足らずで、あの子はもう“会得”したようね。ますます連れて帰りたく成ったわ」


 会得?


「「位」を持っているのと「位」を会得しているというのは別物ということでしょうか?」


 だとしたら、オリヴィア様が藍菜の去り際に放った「「位」を得る」という表現にも合点が行くわ。


「鋭いわね。そういうことよ。本人以外実感が持てないし、それが「位」の影響かどうか証明出来ないけれど、「位」は実際的な力があるわ。今貴女が体験したようにね」


 さっきのが「位」の力だと仮定すると、「位」は相当実用性の高い能力を付加する可能性を秘めていることになる。オリヴィア様の口振りからすると自分の「位」を知らない限り“会得する”ことは出来ないということなの?


「わたくしの「皇」にはどんな力があるのでしょうか?」

「「皇」は従える力。貴女の場合は既に会得しているはずよ」


 違うの? ならさっきの口振りはなんだったわけ?


「先程「もう会得した」と仰っていましたが、クリスティアーナ様とわたくしでは全く違うということでしょうか?」

「厳密に言えば会得したのはずっと前。でもクリスティアーナは信じる力が強い。だから「聖」の力を会得するのも時間の問題だと思っていたわ」


 “聖の力”を?


「他の力も会得出来ると仰っているように聞こえますが?」

「クリスティアーナの「位」は「聖」だと言ったけれど、それは嘘でも本当でもあるわ。何故ならあの娘の「位」は青ではなく白だから」


 ……この話、本当に嫌な方向に流れてるわ。


「白い「位」は青い「位」を兼ねているということでしょうか?」

「いいえ。白い「位」は「天」。全ての頂点に立つ「位」。歴史上「天」の「位」を持っていたのは初代聖女のみと言われているの。今まではただの伝承だったけれど、わたくしが白い「位」を確認して複数の力を会得しているとなれば、伝説は伝説でなくなるわ」


 ……トンでもないモノに成ったわね藍菜。ただ、あの子はどこに行っても優しいあの子のまま。譲らないわ。絶対に。


「なら、わたくしはついでで、本命はクリスティアーナ様ということですわね?」

「貴女の考えている通り、「天」の持ち主以上の聖女の適任者は居ないわ。これが教会の幹部に伝われば彼らはクリスティアーナを聖女にするために躍起になるでしょうね。その候補者がどこの誰であろうとも」


 残念ながら、セルドアでも宗教の影響は大きい。貴族平民問わず少なからず影響力のある教会に対して強くモノを言うことはしないし、逆にその力を利用しようとする者も少なくない。“側妃”一人、国の利益の為に犠牲にしたところで彼らの心は痛まない。それどころか「折角の機会を何故生かさない」なんてことを言う者も少なくない筈。

 教会に本気になられたら、クラウド様でも止められるとは限らない。


「先程わたくしはクリスティアーナ様と頭の中で会話していました。これが「聖」の「位」の力でしょうか?」

「遠く離れた者と頭の中で会話することの出来る「伝心」は、「聖」の「位」を持つ者が使える力よ。何時でもどこでも使えるわけではないけれど、「聖」の持ち主の強い願いを叶える為ならばどんなに離れていても心を繋げられると言われているわ」


 心を繋ぐ、ね。だからあの子であることを疑えないのね。


「先程は随分と遠い言い回しで「位」は曖昧なモノだと仰っていましたが、今は確信を持ってクリスティアーナ様を次期聖女に請われていらっしゃいますよね?」

「数ある「位」の力の中で、その会得が最も証明し易いのが「伝心」だと言われているわ。それを会得したとなれば、クリスティアーナが「聖」の「位」を持っているは確実。“伝説”に疑いを掛けても、“体験”したことに対して否定は出来ないのだし、わたくしが教会に呼び掛ければ、数日と経たないうちにクリスティアーナは聖女候補に名が上がるわ。いいえ、呼び掛けなくとも“報告”しただけでわたくしの意思と無関係にことが進むでしょうね。教会幹部の殆んどの者がラシカ様に聖女に成って欲しいとは思っていないのだから」


 もっと揺さぶりを掛けて来るかと思っていたけど、案外普通の話ばかりね。だけど、万が一にも藍菜に首を縦に振らせるわけにはいかない。藍菜が居る時だと本人に反対されそうだし、居ないうちに危険な目は詰んでおく。


「そこを妥協してわたくしの頼みを聞いて下さったら、オリヴィア様の願いに全力でお応えしますわ」


 ごめんね玲。私には貴方より藍菜の方が大事なの。藍菜がクラウド様から離れるようなことは、絶対に阻止するわ。あの子が悲しくなるようなこともね。


「頼み?」

「先程わたくしはクリスティアーナ様と――――」






「詰まり、わたくしがゲルギオス様の目を逸らせば良いのね?」


 藍菜に頼まれたのは、“証拠隠滅”の指示を出せないように、オリヴィア様にゲルギオス様の目隠しに成って貰うことだった。神聖帝国ゴラの皇太子と言えどもデイラードの聖女が直接挨拶に来たら無下には出来ないわけだし、確かに有効な手段だろうけど……相変わらず他人事で動いているようねあの子は。


「はい。お願い出来ますでしょうか?」

「挨拶に出向くこと自体は一向に構わないけれど、“デイラードの”一指導者として何の交換条件も無しに承諾出来ることではないわね。解っていると思うけど、議会の結論がどう出ようとデイラードは危うい立場にあるのだから」


 条件を突き付けて来るのは想定内だけど……何だろう? 違和感がある。


「今デイラードが危うい状況にあるのは間違いないでしょうが、ここでセルドア王家に恩を売っておくのも後々デイラードの利になるのではありませんか?」

「今回の件で恩を感じるのは側妃一人だけで、国王本人や王太子は借りを作ったとは感じくれないと思うけれど違うかしら?」


 やっぱりそう簡単にはいかないわね。こうなると正直私には手札が無いに等しい。いえ、捨て身しか手札がないのは最初からね。


「先程申し上げた通り、わたくしの願いを叶えて頂けたなら、“わたくしは”オリヴィア様の願いに全力でお応え致します」

「それが条件ということ? 貴女の条件は他にないの?」


 やっぱり違和感があるわ。私の論調が藍菜を守ることにあることぐらい気付いているだろうし、藍菜を聖女にしたいのではないの?


「他と申しますと?」

「そうね。例えばクリスティアーナを聖女候補の名簿から外すとか?」


 ……予想通りだけど、見事に見抜かれているわね。もう良いわ。駆け引きした所で時間の無駄。真似をするわけではないけれど、泣き落としでも何でもして、オリヴィア様をゲルギオス様のところに向かわせないとね。


 ソファーに腰掛けたまま姿勢を正した私は、オリヴィアはのその真っ青な瞳を覗き込んで話し始めた。


「ゲルギオス様の目隠しと、クリスティアーナ様を聖女候補から外すこと。この二つの条件を了承して頂けるのなら、わたくしはオリヴィア様のご期待に添う為全力を尽くすことを約束致します」

「次期聖女に成るとは言わないのね」

「ご存知かと思いますが、わたくしの未来はわたくし一人では決められませんの。それは約束出来ませんわ」


 当然だけど、お父様に本気で反対されたら私にはどうしようもないからこれで決まりというわけではない。ちょっと狡いけど、私が私の意識を通せないのも事実だものね。まあ、この交渉自体に藍菜は怒るだろうけど……。


「良いでしょう。交渉成立よ」


 オリヴィア様は全く躊躇すること無く軽い調子で返事をした。……話は筋通りだから予想の範疇だったのは間違いないだろうけど、藍菜を聖女にする気だったのなら、少しは考えてから返事をするのではないかしら? もしかして――――標的は私だったの? だとしたらトンでもない悪手を打ったことになるわ。


「じゃあ行ってくるわね」


 軽い調子のまま立ち上がったオリヴィア様。それを見て私も立ち上がり、オリヴィア様が歩き出そうと部屋の扉に向かって踏み出した瞬間、


「お待ち下さい」


 ユンバーフ・アシュマンがオリヴィア様を止めた。……止めるならもっと早く止めなさいよ。



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