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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
210/219

#209.とある駐在文官の決断

とある駐在文官視点です

「少しでも感付いたような動きがあれば直ぐに知らせよ。ビルガー公本人と王族の動きには特に注意せよ」


 こんな命令を受け、広い広い全臣議会会場の端の席で肩身を狭くすること三時間。ビルガー公欠席の報を受けた六日目の全臣議会は延長の決定を下して閉幕した。


 絶対に無理だ。

 ビルガー公だってこのまま意のままに操れる筈はない。いや、もう既に我らの意図に反したことをしているのだし、今日は欠席で済んだが明日はどうなることやらだ。いつまでも人質を確保していることは出来ないのだし、人質を殺しても解放してもビルガーは我らを恨むだろう。まあ、これがゴラの外交のやり方だと言えば否定は出来ないが、幾らなんでも今回は酷い。しかも、これだけのことをしておいて結果は果たして……。

 そもそも公爵家の一つが「反セルドアス宣言」をしたところで同盟が破談になるとは限らないのに、宣言した後の事は無計画なのだ。ゲルギオス様は「混乱に乗じて我らに取り込む」なんて言っていたけれど、その方法は我々部下に丸投げ……何故あんなのが皇太子になれたのだろうか?


 そして、仮に同盟が破談になったところでその先をどうする積もりなのだろうか?

 ゲルギオス様の国内での求心力は今急激に低下している。こんな強引な手で結論が「同盟を阻止しただけ」だったとしたら、求心力が戻るなんて有り得ない。精々失った中の二割か三割程度しか回復しないだろう。とすると恐らくゴラは、保守と革新、陛下とゲルギオス様の対立に戻る。革新派に勢いはないが、保守派とて乗っているわけではない。ハイテルダルとの連携もどうなるか分からないのだし、対立は拮抗するだろう。


 そう考えれば、セルドアとしては無理に同盟を結ぶ必要は無いんだがな。あんな皇太子に振り回されて平原を諦めたルギスタンにも同情してしまう。

 いや、そうでもないか。同盟が成立したらハイテルダルがセルドアに靡く可能性は低く無い。ゴラ大陸の西はそれで落ち着くが、破談になればハイテルダルもデイラードも迷う。ゴラが決定的に分裂しなければ、デイラードはゴラにすり寄って来る可能性が高い。デイラードが積極的に動けばハイテルダルも動く。三国の同盟が成立すれば、狙いはルギスタンだ。そこには確実にセルドアが介入して行くし、東も動く。やはり、セルドアとルギスタンの同盟は大陸の運命を握っている。

 とは言うものの、ゲルギオス様の今回の振る舞いを見て、陛下は廃嫡を考えているのではないだろうか? そして同盟が破談になれば、今回の一件を「成功」とするゲルギオス様と、セルドアの恨みを買って「失敗」と見る陛下は真っ向から対立するだろう。その対立は、下手をすると大陸全土を巻き込んだ戦争に発展し兼ねない。……考えてみれば分裂した時の方が酷いな。


 やはり、同盟が成立してくれた方が良い。ゴラとハイテルダルに挟まれるデイラードにとっては悲劇かもしれないが、大陸中で戦争をするよりは良い。


 ……国や大陸がどうのこうのより自分がどうなるかを気にした方が良いか。


 当初からセルドアス家にすり寄って行けば可能性が無いでもなかったと思うが、ルギスタンが平原を明け渡すと言い始めた段階でゴラが同盟を結ぶのは不可能に近くなった。

 そしてレイラ様襲撃計画。これは無謀の極みだ。最初から失敗する可能性が高かったあの事件で国内の革新派は封じられ、ゲルギオス様は今皇帝から見放された状態にある。それどころか、セルドアに居る外務省関係者からも白い目で見られている。体裁だけは整える我が直属の上司ガブスは勿論、外務副大臣のナブドラ伯さえもおべっかを使うのを止めた。


 ただ、何故かこの方の前に立つとその命令、我が儘に従わなくてはいけない気がして来るのが不思議だ。


「素直に応じれば良いモノを欠席などしおってからに……まあ良い。取り敢えず明日だ。公爵家と王家は引き続き監視。奴らにも影がいるのだ。小さな動きも見過ごすな」


 長身で体格が良く黒髪、漆黒の瞳は一度だけ拝謁した事がある皇帝陛下と同じ。だがその厳かな気配をこの男は受け継いでいない。


「……もう止めにしませんかゲルギオス様。これが上手く行っても同盟が破談になるとは限りません。寧ろビルガー家の恨みを買うだけかと存じます」

「他国の公爵家の恨みを買うなど、そんな些細なことお前は気にしているのか? 大丈夫だ。俺に従っていれば全て上手く行く。黙って付いて来るがいい。それとも、俺の命に背く気か?」


 これが陛下だったら私は最初から口を挟んでいないが、この男相手なら口は出せる。出せるが……。

 セルドアでもゴラでも皇族や王族の一部は確かに従わなければならない空気を宿している。無茶な命令でも従ってしまうのはそれが理由ということもあるだろう。だが、この男のそれが皇家、統治者由来の賦質とも思えないのだが……何故従わなければいけない気になる? この男の侍女や近衛など普段周りに居る人間に聞いてみてもこの感覚は同じだった。嫌な感覚だ。

 しかも、この感覚の所為でこの男は調子に乗る。自分が「従える者」だという勘違いが生まれている事に気付かない。絶対に従えない、決別したくなる命令でもしてくれれば話は別なのだろうが、微妙に頭の回るこの男は周りの人間には無茶な命令をしない。結果酷い事に成りそうなのに決別出来ないのだ。皆白い目で見ていることに少しは気付いて貰いたい。


「滅相もございません」

「ならば従っていればいい。我は神聖帝国ゴラの皇太子なるぞ」


 これが恐怖政治なら素直にセルドアに逃げて密告ぐらい出来るが、中途半端で背かせてくれない。いや、明らかな犯罪行為なのだから、皆少なからず反対しているのだけれど何故か従ってしまう。この感覚が無視出来れば良いのだけれど……。


 ああ、この先私は、妻と子はどうなるのだろうか?






 翌る日。午前十一時半頃。私は昨日と同じように石楠花殿と呼ばれる建物の広いホールの端でセルドアの全臣議会を眺めていた。


 昨日のビルガー公爵の欠席で多少は混乱したものの、この議会は最初からルギスタンとの同盟へと動いていた。いや、最初こそ迷いのある者も多数見えた。ルギスタンとの同盟を指示する演説に対して拍手をしていたのは半数以下だった。

 しかし、演説の半分はルギスタンより、残りの半分近くもゴラは信用出来ないという主張が含まれた演説だった。ゴラとの同盟を指示した演説は全体の二割を下回っていただろう。当然、議会の流れは徐々にルギスタンとの同盟に向いた。


 そして、一昨日の太子の演説。「民は戦乱など望まない」そう語ったあの演説で、流れは決定した。あれが無ければビルガー公の離反演説も充分効果があったと思うが、次期国主のあのような堂々たる姿を見てしまった者達が、暴走としか言えない公爵家の離反に靡くとは思えない。ゲルギオス様が金をばら蒔きゴラに靡いた貴族の中にも、既にルギスタンへ寝返った者も居る。我々にもう打つ手はない。


 これでもし、レイラ様襲撃の実行犯と我々が繋がる証拠でも上がっていたらと思うとゾッとする。ゲルギオス様の尻尾切りにあって私は今頃牢の中に居たはずだ。

 今回のことも、どう始末を着ける気だろう……良くて禁固刑、下手をすれば死刑だろうか? それとも証拠不充分で処分無しか? いや、ビルガー公が「ゲルギオスに演説を強制された」と言い出せば――――。


 他国で延々と人質を取り続けるなど不可能なことは間違いないのに、こんな方法で……ああ、私は何故あんな人間に従ってしまうのだろうか?


「続いて、エリアス・ビルガー公爵」


 魔道具で大きくされた議長の声がホールに響き、この巨大な会場の空気が変わった。先程までは、和やかとまでは言えなくとも張りつめたモノは殆ど感じない、ややもすると、出席者の半分が演説を聞き流している様相だったが、ビルガー公の登場でそれが一変し、今はその若き公爵の一挙手一投足に千を越える貴族の視線が集中している。


 ……思っていた以上にビルガー公爵は重要な地位を占めているということか? それとも昨日の欠席のせいか? はたまたその両方? いずれにしても、この雰囲気で「離反表明」などしたら大混乱だろう。


 だが……混乱させてそのあとは? 混乱を煽り停戦協定の期限まで持って行けば、本国が動くか? いや、保守派はデイラードを攻めたがる。そう簡単にルギスタン侵攻は決まらない。となれば、ルギスタンは再び同盟へと動くかもしれない。

 逆に同盟が結ばれれば、ゴラは保守派を中心に纏まるだろうが、破談に成ったらゲルギオス様は引かないだろうし、セルドアの恨みを買えば陛下も今回の件を「失態」とする。下手をすれば内部分裂だ。


 やはり、ここでビルガー公爵の恨みを買うのはゴラにとってマイナスにしかならない。


「エリアス・ビルガーだ。公爵位を賜っている。儀礼的な挨拶は苦手故、早速本題に入らせて頂く」


 ゆっくりと演説台に登り話始めた若きビルガー公だが、その声には覇気が感じられない。遠目から見ても長身で体格の良いその外貌は、若年とはいえ公爵に相応しい風格がある。魔道具で拡張された低い声叱りだ。にも関わらず、その声には力がない。彼と親しい者ならばきっと不思議に思っているだろう。


 何かおかしい、と。


「ビルガー公爵家は――――」


 彼は語り始めた。自分の家の歴史を。ビルガー公爵家がいかに王国に貢献してきたかを語り始めたのだ。この原稿を書かされたのは他でもない私なのだからその内容は聞くまでもないが――――やはり妙な内容の演説に動揺が広がり始めたな。


 公爵の声だけが響いている巨大なホールから、ひそひそと小さく囁く声が上がり始めた。その小さな驚きの声に耳に傾けてみると、


「なんだこの話」

「言い回しがおかしくないか」

「ビルガーらしいと言えばビルガーらしいが、変に公爵家を誇っているわりに、肝心のハンブズ・ビルガーの話をしてないぞ」

「それ以前に覇気が無すぎる。エリアス様は普段もっと堂々とした方だ」


 私なんぞに原稿を書かせるから……。


 小さな動揺が石楠花殿の巨大なホールに広がっているうちに、ビルガー公の演説は肝に入り始めた。


「今申し上げた通り、ビルガー公爵家はセルドア王国に多大な貢献をしてきた。その功績は王家に劣るモノではない」


 ビルガーはセルドアスに劣らない。若き公爵のこの一言で、千五百を越える貴族達が蠢いた。流石にこの文言には動揺するのだな。


「これほど王国に貢献して来たビルガー公爵家に今ある地位はそれに相応しいと言えるか? 答えは否だ」


 普通ならここは語気を強めて宣言する部分だ。しかし、あまりにも平坦な、書かれた文章を読んでいるだけだということがありありと出ているその姿に、全臣議会の出席者達は驚きこそすれ混乱はしていない。


 だが、反旗を翻す宣言はそうはいかない。


「もし我がビルガーが……」


 このあとはもう離反表明だ。やはり躊躇したか。


「ビルガーが……」


 そうだ。それで良い。このまま演説を止め、妾と息子の命を諦めてくれさえすれば同盟は成立する。我が祖国は保守派が中心に纏まり内乱に堕ちるなんてことはないはずだ。

 女と子供が監禁され、命を刈られようとしているのに私も勝手だな。だが……私にはやはり出来ない。


 何故か二度も演説を止めたビルガー公を見て、ホールには、先程とは違う驚きと戸惑いを孕んだ動揺が広がっている。遠くてその表情までは確認出来ないが、ビルガー公の近くに居る者達にはその迷いも読み取れるのではないだろうか?


「もしビルガーがその貢献に則した地位を得られないとあれば」


 祖国が内乱に堕ちることなど許容することが出来るはずがない。


「私は――――」

「お止め下さいビル――――」

「エリアス!」


 ビルガー公を止めようと私が声を張り上げた次の瞬間、怒声とも取れる大きな声がホールに響いた。


「クラウド様?」

「どうしたんだ?」

「何が起きた?」


 ホールにはまた違った動揺が広がり始めた。事態に付いて行けない出席者達の戸惑いだ。そんな中、席を立って演説台に近づいた王太子と演説台から降りたビルガー公がなにやらやり取りを始めたようだ。


 ん? あ!


 私がビルガー公を止めようとしたのに気付いたのだろうな。近くに座っている下位貴族の一部が私を変な目で見ている。これは拷問に掛けられるか?


 ・・・


 私には何の注意や警告もないまま、数分の時が経つと、王太子は席に戻り、ビルガー公は再び演説台に立った。堂々と演説台に立つその姿は、


「騒がせて悪かった。さっきまでしていた話は忘れて欲しい」


 覇気に満ちていた。






 数週間後。


 誘拐監禁幇助の罪で牢に入れられた私の本国移送が決まった。いや、私だけではない。誘拐の実行犯は勿論、駐在文官も含めてゴラの関係者全員が一旦本国に送り返されるらしい。それを聞いた直後はゴラとセルドアが国交断絶するのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。

 なんでも、時期聖女にセルドアの――――が就任することに決まり、それを承認することの見返りとして誘拐の件を水に流すことになったようだ。


 ゴラにとっても聖女の存在は大きい。――――様が聖女となるとしたらセルドアがデイラードに介入出来てしまうのだから、そこだけ見れば、どちらかと言えば妥協したのはゴラと言える交渉だが、実際これには“迷惑料”が含まれているのだろう。


 なんにしても、一度は諦めた妻子の顔を見ることが出来る。






 2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。

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