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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
209/219

#208.強行突入

「全然見えなくなっちまったな」


 数分前には晴れていたのに突然降り始めた大雨に驚きながら、門が吹き飛んだ古い屋敷の母屋にある塔で見張りをしている茶髪の男が呟いた。その呟きとは関係無しに、茶髪の男の横で門とは違う方を見るもう一人の男、黒髪の見張りが、大きなため息を吐いてから話し始めた。


「はぁ。何であんな男の命令に従ってんだろうな俺達。女子供を監禁、人質にした挙げ句証拠隠滅の為に殺す。完全に悪党じゃねぇか。まあ確かに目的には手段を選ばない皇家らしいやり方だが、相手はセルドアの公爵だぜ。やべえなんてモンじゃねぇだろ」

「ああヤバい。相当ヤバい。詳しくは知らねえが、ビルガー公爵家は昔「第二の王家」と言われたぐらいデカイ家らしい。ゲルギオス様じゃなきゃ絶対に手出ししてねえ。しかも、普通こういうことは諜報部の仕事で俺達はド素人。捕まったら足がつくし、ゲルギオス様は廃嫡されんだろうな。まあ、ゴラにとってはその方が良いかもしんねえけど」

「オイオイ、やめてくれよ。妾の方は兎も角、子供は公爵の子供だって認知されてるんだろう? 上位貴族を誘拐なんて、下手すりゃあ死刑だ。捕まるなんてごめんだぜ」

「なら今すぐ逃げるか? 俺は別に何も言わない――――」


 急な大雨は二人の視界を極端に狭くし、男達がいる母屋の塔から壊れた正門を肉眼で認識することは出来ない。しかし、この男は異変に気付いた。門から人らしき影が近付いて来ていることに気付いたのだ。それはこの男の本来の仕事、近衛の経験故だった。

 ただ、茶髪の男が認識したそれを注視しているのに気付かず、黒髪の男は話を続ける。


「それが出来りゃあ苦労はねえだろ。何でゲルギオス様付きになっちまったかなぁ。ん? どうした?」


 相棒の異変に気付いた黒髪の男は、その視線の先の異変に気付く。


「こんな雨の中人が来たのか?」

「まだ分からない。動物かもしれない」


 ――人の形にしか見えねえよ――


 視界が悪くぼやけてはいるが、動物のようには決して見えないその影に対して変な答えを出した相棒に頭の中で突っ込みを入れた黒髪の男だが、次の瞬間、その突っ込みは頭の中から消え去った。


「ドレス?」


 大雨の中傘をささずに屋敷に入って来たのは、ドレス姿の女四人という異様な光景だった。ただ男達は、その四人の女が四人共際立った美人であり、そのうち一人が実は男であるという、あまり必要のない事実には全く気付いていない。


「あれが、救出部隊なんてことないよな」

「それは判らない。油断するな」


 彼らは近衛だ。神聖帝国ゴラの中から選抜された近衛部隊の中から、更に皇太子の護衛として選ばれた優秀な近衛だ。実際、彼らは全く油断することなくその四人を注視していた。しかし、彼らは近衛だ。本来、警護対象の近くに立って要人を守ることを職務としている。鎧を脱いで遠くを監視することには慣れていないし、警護対象を狙うモノから守ることには慣れていても、自分が狙われることには慣れていない。


「うっ」


 ――ドサ――


 黒髪の男は隣でドレス姿の女達を注視していたはずの相棒がその場で崩れ落ち初めて異変に気付いた。そして、


「おい!どうしっ」


 ――ドサ――


 自らもその場で膝をつくことになった。


 手練れの騎士二人に全く気付かれることなく近付き一撃で昏倒させたのは紫色の髪の男二人。彼らはセルドア王家直属の密偵部隊「陽炎」の諜報員で、その名は、クロー・ベイトとグレイ・ベイト。四人のドレス姿の“女”の中の一人、ルンバート・ベイトの実の兄二人である。


「あの程度の速さに付いてこれないようじゃまだまだだぞグレイ」

「大して待たせてないよ。しかも兄さんはここ登るの二度目なんでしょう?」

「まあな」


 軽くお喋りをしながらクローは<照明>の魔法を使い、母屋の前庭にいる四人に対して合図を送っている。


 四人の中の一人、リリアーナ・ボトフは、クローの合図を受け取ると門へと振り返り、クローと同じように<照明>を使った。その先、壊れた門の近くに居るのは、四人より遥かに豪奢な、社交用のドレスを纏った金髪の美女とその護衛のように張り付く侍女と後宮武官、そして騎士が三人だ。その美女が何かを意識した途端、屋敷のみを覆っていた黒い雲が消え去る。


 そして金髪の天使は屋敷の中へと駆け出した。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 クロー様とグレイ様、お母様が協力して探った結果、屋敷の敷地内に居たのは全部で五人でした。裏を見張っていたのが一人と隠し階段の前に一人、屋敷内で休んでいたのが一人、そして母屋の塔で見張りをしていたのが二人だったそうです。幸い“テレパシー”でイリーナ様の近くに見張りがいないことは分かっていましたから、強行することと成ったのです。


 作戦は、先ずは私が雨を降らして目隠しをして、クロー様とグレイ様が塀を乗り越え裏の見張りを昏倒させる。そしたら裏門へ合図を送り、玲君他20人ほどの騎士達が裏門から屋敷内に乱入します。屋敷内や塔からは裏門は見えないからこう決まりました。

 クロー様達二人はそのまま外から塔を登り、お母様とお姉様、リリ、ルンバート様が正門から前庭に向かって歩いて行きます。クロー様曰く、「屋上の二人が一番厄介」だそうです。その二人の目を逸らす為に四人を利用した形ですね。

 玲君達は二手に別れ、一切隠密行動せずに隠し階段のある書斎と休憩に使っている居間へと直行して一気にイリーナ様の居る地下まで制圧する予定です。正直ここは賭けなのです。五人以上居たらイリーナ様の命が危ういかもしれません。


 だから救出が成功したか私はまだ知らないのです。自然と駆け足になっていますが、誰も止める人はいません。まあ、サラビナ様もリーレイヌ様も私にぴったり付いて来ていますけどね。


「レイノルド様! イリーナ様は?」


 書斎に飛び込み偶々目に入った玲君に質問しながらも、私は早足で隠し階段へと向かっていました。書斎にはルアン家の騎士数人と縄をかけられた町人姿の男性が一人居ますが、怪我人などはいないようです。


「そっちじゃない。戻って向こうの居間。大丈夫。子供も無事です」


 側妃だと公布されてから、公の場では私に対してかなり丁寧な言葉を使う玲君ですが、凄く中途半端でしたね。


「ありがとうございます」


 走りながら早口にお礼を言い、書斎を出て廊下に戻ります。そして入って来た玄関とは逆方向に走り始めました。

 少し駆けると騎士、ベイト家の騎士服を着た方が開け放たれた扉の前に立っているのが見えました。私達が駆けて来たのに気付いたのでしょう。その騎士様は部屋に招き入れるような仕草をみせました。


 招かれるまま、その部屋に入ると、そこにはお母様とお姉様、リリ、ルンバート様が集合していて、その近くに在るソファーには、


「イリーナさん!」


 イリーナ様が座っていました。


「クリス! ホントに来たんだぁ。ありがとうぉ」


 イリーナ様の愛らしいいつもの笑顔を見た私は思わず抱き付いて、


「痛っ」


 勢い余って痛がらせてしまいました。


「ごめんなさい!」


 本当にごめんなさい。力を入れ過ぎですね。


「ううん大丈夫。ちょっと挟まっただけたよぉ」

「本当に大丈夫ですか? あ! それよりイリアス様は?」

「ここよクリスちゃん」


 返事をしたのはお姉様です。そしてその腕の中には産毛のような赤い髪が生えた赤ちゃんが居ます。エリアス様の息子さんらしい精悍な顔立ちをしていますね。将来有望そうです。


 あ! そんなことより、


『クラウド様! 救出成功です!』


 あれ? 返事がありません。


『クラウド様? 通じていないのですか?』


 ……返事がありません。


『クラウド様。お願いです。返事をして下さい。折角イリーナ様もイリアス様も助かったのに戦争が起きてしまったら元も子もないのに……』

『返事が出来なかっただけで聞こえている。悲しむ必要はない。少し待ってくれ』


 ……少しってどれぐらいですか?


『クラウド様?』


 十秒程待ってから声を掛けると、


『……強引にエリアスを止めた直後にティアの声が聞こえたんだ。今エリアスを説得しているから一分程待ってからまた繋いでくれ』


 時間との勝負なのは解っていたから強行したわけですが、ギリギリだったのですね。まあ、踏み込むことはクラウド様に知らせてありましたから、強引に止めて貰えば救出があとに成ってもどうにかなったのですけど、それでも証拠隠滅の命令方法が分からない以上やはり強行するしかないですよね。


「大丈夫だったの?」

「私が繋いだのが強引に止めた直後だったそうです。今エリアス様と話していると言っていました。もう少ししたらまた繋ぎます」

「一応演説は止めたってこと?」

「そうみたいです」


 皆ホッとした顔に成りました。というか、杏奈さんも含めてなんで皆この能力に疑いを持たないのでしょうね?


「ごめんねぇ。まさかエリオット様がこんなことに協力するとは思ってなかったから、つい付いて行っちゃって」

「謝ることはないわ貴女は被害者なのだから」


 お母様はこんな卑劣なやり方をしたゲルギオス様にお怒りのようですね。


「そうですよ。自分を責める必要はありません。貴女は自分の子供を守りたかっただけでしょう?」


 イリーナ様自身も最初は子供だけを連れて行こうとしたエリオット様に強引に付いて行ったそうですからね。


 一分経ちましたかね?


『クラウド様大丈夫ですか?』

『ティア。エリアスには繋げられないのか? どうにもコイツは頑固でダメだ』


 ……説得に失敗しているのですか? 案外頼りないですね。


『今頼りないとか考えなかったか?』

『……顔を見てないのになんで分かるのですか?』

『これはティア気持ちが直接こっちに響いて来るからな。考えていることは大体分かるから注意した方が良い。それから、悲しいとか寂しいとかで繋がないで欲しいな』

『便利なんだか不便なんだか判らないモノですね』

『充分便利だと思うぞ。いつでもティアと繋がってられる』

『頭の中で会話をしていて仕事を疎かにしないで下さいね。兎に角、エリアス様に繋いでみます』

『ああ頼む』


 一旦意識を現実に戻し、今度はエリアス様を意識して“テレパシー”を使うと、


『エリアス様。分かりますか?』

『は? ……頭の中に声がする』


 エリアス様が全臣議会でゴラの卑劣な行為を暴露する演説を始めたのはこの数分後のことでした。






 2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。

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