#205.推理
「「聖」の「位」は信じる者が得られるモノよ。信じれば貴女は「位」を得ることが出来るわ」
オリヴィア様は応接間を出る直前の私にこんな謎の言葉を告げました。オリヴィア様は私の「位」は「聖」だとはっきり仰っていたのに、「「位」を得ることが出来る」とはいったいどういう意味なのでしょうか?
そんなことを考えながらも、杏奈さんを置いて中座した私は、護衛として付いているサラビナ様とリーレイヌ様のお二人と一緒に正門へと急いでいます。いえ、急いでいるのはお馬さんで、私は王宮内の移動で王族女性が良く使うオープンタイプの馬車に乗っているだけです。
「ソアラ様が来たのはいつですか?」
「正確には分かりませんが、そう時間は経っていないはずです」
「今日は皆でイリーナ様のお祝いをするためにビルガー邸にお邪魔することになっていたはずなのですが……どう考えてもここに来るのが早すぎます」
オリヴィア様との会談が入っていて私は行けなかったその訪問は、八時ぐらいにソアラ様とジョアンナ様が学院を出て、カマラ様とシャーナ様を拾ってビルガー邸に向かう予定になっていました。なのに、まだ十時半にもなっていないのです。計算上、ビルガー邸で門前払いを受けて王宮に直行でもしない限り、この時間に私が呼び出されることはありません。嫌な予感が当たってしまったのでしょうか?
閉じたままの巨大な正門の前で馬車が止まりドレスを着ているのにも関わらず座席から駆け降りた私は、その姿を見た王国騎士様が開けてくれた横の小さな通用門から王宮の外に出ました。すると、
「来た! クリス!」
ジョアンナ様の声が直ぐ近くから聞こえて来ました。ただ、私に駆け寄って来たジョアンナ様とソアラ様はこんなことを言われながら正門の外で門番をしていた王国騎士様に止められてしまいました。
「控え。このお方をどなたと心得る」
私は水戸の御老公ですか?
「離して下さい。お二人は友達です」
私の一言で王国騎士様は横に退いて、私はとうせんぼから解放された二人に近付きます。
「……やっぱりあんたドレス着てると全然雰囲気が違うわ」
「今それはどうでも良いです。クリスさん! 今日は予定通り皆でビルガー邸に行ったのですけど、門前払いを食ったのです。イリーナさんに取り次いで欲しいと言っても全くそんな素振りを見せずに帰れと言われましたし、私達が招待された手紙を見せても全く中に入れてくれないのです。挙げ句「訪問なんて話は聞いてない」って追い払われました。中に入れたくない雰囲気満々で、あれではイリーナさんがあの屋敷に居ないみたいです」
焦るように本題に入ったソアラ様は早口で捲し立てました。
「ちょっと落ち着いて下さいソアラさん。冷静にならないときちんとした判断が出来なくなりますよ」
話を聞くに公爵邸に入れなかっただけなのに、何でイリーナ様が居ないという話になるのでしょうか?
「そうですね。ごめんなさい」
「謝ることはありません。冷静になってくれるだけで充分です。
取り敢えず整理しましょう。屋敷の中に入れて貰えなかったというだけでイリーナさんが居ないというのは直結しないと思います。他に何かしら根拠があるのではありませんか?」
普通に考えたらビルガーの使用人や騎士の対応が悪いという話にしかなりませんよね?
「他に……最初は普通に対応していたのにイリーナに会いに来たと言っただけで門番が動揺したのよ。明らかにね」
「そうです。しかも、門番の片方は私達が招待されていたことを知っていたみたいでした。忘れていたようですけど」
「あんたはその場にいなかったから分からないかもしれないけど、どう考えてもあの対応は異常よ。あれは、屋敷にイリーナが居ないか、そうじゃなきゃ誰も近付けるなと命令されていたか。どっちかとしか思えないわ」
イリーナ様やお子さんが病気などで会えない状態にあったとしても、招待された人間を無下に追い返す理由にはなりませんし、ましてや招待されていることを知っていたとなれば理由を説明し謝罪して帰って貰うのが通常でしょう。門前払いを食う理由とは思えません。門番が動揺したのが事実なら……イリーナ様に何かあったのだと思います。
「お二人がここへ来たのは昨日のことがあるからでしょうか?」
質問したのはリーレイヌ様です。昨日のこととはエリアス様の欠席のことですね。
「そうよ。イリーナに何かあったなら公爵が欠席しても不思議じゃないじゃない」
「でもエリアス様は――――」
危ないところでした。ゲルギオス様に足止めされたなんて話は滅多なことで口に出せることではないですからね。
「例え身近な誰かが死んだとしても、演説することが決まっている全臣議会を欠席するなんてあり得ないのではないでしょうか?」
それは相手がどれだけ大事な方かにもよると思いますよサラビナ様。ただそれ以前に、
「だとしたら欠席理由を秘密にする必要はありませんよね。身内に不幸があったと最初から申し出ていれば、昨日の議会は初めから延長に向いたはずです」
延長するしないで罵声が飛び交ったという昨日の議会後半の騒ぎを避けられたはずですし、クラウド様に理由を訊かれて「寝坊」なんて答えることはなかったでしょう。ただ、今日エリアス様はちゃんと定刻前に石楠花殿に入ったとユンバーフ様が言っていましたし……。
「今日ビルガー公は普通に出席したんだろう? 考え過ぎじゃないのか?」
口を挟んだのは先程助さん役をやっていた王国騎士様です。
「ビルガー公の演説は今日の昼前、陛下の直前の予定です。まだなんとも言えないのでは?」
「しかし、そのイリーナというのが公爵の何なんだか良く知らんが、屋敷に居なかったとして何が問題なのだ?」
「イリーナは今のビルガー公の愛妾よ。しかも一週間前に公爵の息子を出産したばっかり」
「妾! しかも息子!」
驚き過ぎですよ助さん。
「イリーナさんは誘拐されてしまったのでしょうか?」
屋敷に居ないと聞いた時、最初に頭の片隅に浮かんだことを私は到頭口に出しました。
「誘拐!」
だから驚き過ぎです。
「でも出産から一週間しか経っていなかったら普通屋敷から出て来ませんよね? 誘拐なんてどうやって……」
そうですね。そうなると同時に嫌な想像が頭を過ってしまいます。
「内部犯。身内に協力者が居れば出来ないことはないでしょう」
サラビナ様はあっさり口に出しましたね。
「当主の妾や息子を誘拐すんのに協力する奴なんかいるか?」
「残念ながら居ます」
「心当たりが有るわけクリス」
あの方が協力者だとしたらイリーナ様や他の使用人が逆らわずに従ったとしても不思議ではありません。何せ、
「先代ビルガー公爵エリオット様です」
茶番劇に協力した私やクオルス様に怒りが向いても不思議ではありませんが、エリオット様に引導を渡したのは結局エリアス様ですからね。エリアス様に対して憎からず思っていたとしても何ら不自然なことはないでしょう。そしてビルガーの使用人にしてみれば、つい三か月前まで自らの主だった人間に対して強くモノを言えなかったとしても、不思議ではありません。
「先代公爵に誘拐を指示されても従わないのでは?」
「いえ、エリオット様は協力者で主犯は――――」
ゲルギオス様。イリーナ様とお子さんを誘拐してエリアス様を脅し、演説で何かしら強制する。昨日の欠席はエリアス様のせめてもの抵抗だった。推測でしかありませんが、これで辻褄が合ってしまいます。
そしてこの推理が正解だとしたら、エリアス様の演説で議会は混乱して同盟が破談に、いえ、もしかしたらビルガー公爵家が王家に対して反旗を翻す演説をさせられて……。
「大丈夫クリス?」
あ、考え込んで黙ってしまいましたね。
「ごめんなさい。どこまで話しましたか?」
「主犯がどうのこうのって。犯人に目星が付いているのですか?」
どうしましょう。ここに居る方々は助さんを除き皆信用出来る方ではありますが……。
「申し訳ありませんが少しだけ向こうに行っていて貰えませんか?」
助さんに向かってそう言うと、
「はっ。失礼致します」
大仰な仕草で騎士の礼をとった彼は、十歩程遠退きました。
「あんたのファンは何処にでもいるのね」
ファン?
「それで、主犯は誰なのですか?」
ジョアンナ様の謎の発言を無視したサラビナ様が訊ねて来ました。
「勿論推測ですが――――」
私が声をすぼめて話し始めると、皆が息を呑むのが分かります。
「ゲルギオス様です」
私の推理に対してある意味当然だと思ったのか、リーレイヌ様とサラビナ様は小さく頷いて納得したような顔を見せ、ソアラ様は目を見開き驚きました。そしてジョアンナ様は、
「誰?」
ゲルギオス様のことを知らなかったようです。
「ゴラの皇太子です」
「ああ。今エルノアに居る? ということは、公爵になんかさせる気ってこと?」
「だと思います」
「でもそうだとしたら、簡単には解決出来ませんよ」
そうです。相手がゲルギオス様では下手に踏み込んでハズレだった時確実に外交問題にされてしまいます。しかも、ある程度こちらを公然と観察出来る立場にあるゲルギオス様は、全臣議会の端の席に部下を座らせているのです。エリアス様に対して変な動きがあれば、“証拠隠滅”の命令が下ってしまう可能性は充分にあります。
もっと言うなら、戦争を避ける為に非情な判断を下し、強引にエリアス様の演説を止めイリーナ様とお子さんを諦めるという選択をしなければなりません。
うぅ。ダメです。想像しただけで悲しくなって涙目になってしまいました。
――何処に居るのですかイリーナ様――
『何? 何でクリスの声が聞こえたの?』
え? イリーナ様?
2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。




