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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
205/219

#204.位

「「くらい」……全く聞き慣れない言葉ですが、それの有無で聖女が決まってしまうのでしょうか?」

「そうよ。「位」の無い者は候補者にすら名が上がらない。逆に公に名が上がって来る者はその「位」というモノを持っている。その選定は聖女選任式の前に終わっているわ」


 聖女候補としてセルドアからデイラードの神学校に入るなんて例もホンの少しですが存在します。私は勝手に信仰心が強いから選ばれていると考えていましたが、


「他国から神学校に入るのもその「位」が条件だったということでしょうか?」

「明確に条件とは言えないけれど、各国から神学校に集められている信者も「位」を持っている者が優先されるわ」

「優先というからには全員がそうではないということですよね?」

「「位」とはそもそも絶対に有効とは断言出来ないモノなの。教会は裕福ではないから希望者全員を神学校に招くことは出来ないのだから、可能性が高い者を優先するしかないのよ」


 聖女の選定条件というからにはそれなりに根拠があるのだと思いますが、


「有効だとは断言出来ないモノが聖女条件なのですか?」

「その質問の前に、「位」とはどういったモノなのか教えて欲しいのですが……」


 ……最初にするべき質問を何故かしていませんでしたね。遠回しにしてしまってごめんなさい杏奈さん。


「どういったモノと明言出来るモノではないわ。だから厄介なのだけれど、見る人が見れば可能性がある者を一目で見分けることが出来るモノよ」

「ここまでのお話だと酷く曖昧なモノのようですが、具体的にどのようなモノなのでしょうか?」


 オリヴィア様の話煮え切らない表現に痺れを切らすように、ユンバーフ様が口を挟みました。


「「位」を一言で表現してしまえば、その人間の持っている“気”よ。ただ、「位」を会得している人間は実際的な影響を与えられるわ。例えば、普通のことを話しているだけでもその話を聞いてしまうし、その指示にも従ってしまう。それから意識しなくとも人を集めてしまう。こんな所かしらね」


 思わず隣に座っている人を見ると、その人も私を見ていました。


「二人共心当たりがあるようね」


 嬉しそうに笑ったオリヴィア様。気持ちは解りますが気が早いと思いますよ。


「私とシルヴィアンナ様以外にもそういう方は沢山いらっしゃると思いますが、その方達と私達の違いは何なのでしょうか?」

「それは単純に貴女達が高位の「位」を持っているからよ。貴女達と同格の「位」を持っているのは恐らくクラウド殿下。でも当然聖女は女性が就くもの。それから「金髪の魔女」セリアーナ。彼女は恐らくクリスティアーナと同じ「聖」の「位」の持ち主だけれど、年齢からして次期聖女に成るには遅すぎるわ」


 クラウド様とお母様……身内ばっかりではないですか。


「「聖」の「位」……そんな具体的に分かるモノなのでしょうか? それとわたくしは?」

「「位」の階級は教会が勝手に名付けたモノだけれど、聖地で長い時間祈りを捧げた者の中には極稀に目を凝らすだけで「位」がはっきり見えるようになる者がいるの。例えばシルヴィアンナ。わたくしが目を凝らすと貴女からは真っ赤な霧が立ち込めているように見える。これは「皇」と名付けられた「位」の特徴よ」

「そんなにはっきりとお見えになるのなら曖昧なモノではないのではありませんか?」


 色まで着いて見えて階級が付けられている程なのですから、全く曖昧ではありませんよね。


「わたくし達“選定者”は確かに、「位」の種類だけは簡単に見分けることが出来るわ。でもね────話に惹き付けられる。言葉に従ってしまう。自然と人を集める。または、「闘」の「位」の持ち主は突出した戦いの才能を持つ。これが「位」の特徴なの。「位」を持っていなくともそういった能力や才能を持つモノはいるわ。

 「位」の持ち主は確かに能力が高い傾向があるけれど、飽くまで能力の高い者の一部に「位」を持っている者がいるというだけ。選定者が協力すれば「位」の存在は証明出来るかもしれないけれど、その影響力までは証明出来ない。酷く曖昧なモノでしょう?」


 酷く、と言う程曖昧ではないと思いますが、デイラードで起きている問題の本質が掴めた気がしますね。恐らく、セルドアの正妃争いと同じ「判り易さ」に対する甘えと、それに対する反発心の争いなのでしょう。


「「闘」などという「位」があるのですね」

「「位」の種類は無限にあると言われているわ。事実、統治者や聖職者、武人に限らず、商人や職人、芸術家として高い能力を発揮している者の中にも「位」の持ち主が居るわ。それから、魔力量が多い者は何かしら「位」を持っていることが多いのよ」


 魔力量の多い者……魔力量二百を超えるリリやお兄様も何かしら持っているのでしょうか? ああ、それからマリア様も。


「今の話だと「闘」の持ち主が聖女に成れるとは思えませんが、全ての「位」の持ち主が聖女候補に成る訳ではありませんよね?」

「聖女に選ばれるのは統治者が良く持つ赤い「位」と、聖職者が良く持つ青い「位」の持ち主だけ。特に、深い青の「聖」の「位」を持つ者が最優先よ」


 ……信仰心が全く無い私が聖職者ですか?


「「位」のことは理解出来ましたが、その「皇」や「聖」を持っているというだけで公爵令嬢のわたくしや準正妃であるクリスティアーナ様をデイラードに連れて行くのは無理だと思われます」


 ですね。クラウド様は間違いなく私を引き止めるでしょうし、クオルス様も反対するでしょう。そうでなくても、私達は聖女に成りたいなどとは思っていませんからね。


「ラシカ様は被害者なの」


 柔らかだった声を硬質なものに変えたオリヴィア様は、寂しげに瞳を揺らしながら話し始めました。


「ラシカ様が「聖」の「位」の二つ下の「位」、「信」の持ち主だと発覚して直ぐ、教皇猊下はラシカ様を次期聖女候補として担ぎ上げたわ。今の教会に「信」を下回る「位」の持ち主しかいないことぐらいは知っていて当然だし、それ故に次期聖女をずっと決められなかったのだけど……。

 政府が教会へ過干渉することを恐れた教会の幹部の一部が、ラシカ様の次期聖女就任を阻止する為に、言われもない噂を流した。女性にとって屈辱的な噂よ。初めは教皇家が噂が広がるのを抑え込んだのだけれど、ラシカ様がどうなっても構わない教会は更に酷い噂を流した。それで猊下は余計ムキになってラシカ様を推し、教会は引くに引けなくなってしまった。

 そして、仮に今教会が妥協してもラシカ様は教会で孤立するわ。残念ながら、大半の教徒が噂を信じてしまったの。幹部達が何を言っても、教徒達は教会が教皇に屈したと考えるわ。ラシカ様は味方の居ない教会の指導者として死ぬまで過ごすことになるの。

 猊下にしても自らの影響力が教会に及ばないことが明らかになれば教皇としての権威を落とすことになる。もう引くことは出来ないわ。

 これを打開するには「信」を上回る「位」の持ち主を次期聖女にするしかないのよ」


 これって……理屈どうのこうのではなく泣き落としですよね。


「オリヴィア様が、「ラシカ様のことは噂」と話すだけで教徒は信じるのではありませんか?」


 初めてダフ様が口を開きました。


「わたくしの声を聞ける信者は全教徒の極一部よ。噂が広がるのと、それを打ち消すの。どちらが早いかはお分かりでしょう。一度広まってしまったら最後、噂を消すことは出来ないわ。まだデイラード教国内でしか広まっていないことが幸運なぐらいなのよ」

「それでも、孤立を防ぐことぐらいは出来るのではありませんか?」

「わたくしが生きている間はどうにかなるでしょうね」


 若く見えるオリヴィア様ですが、この世界の平均寿命を考えるとかなりの高齢ですからね。


「お話は解りました。オリヴィア様が苦しいお立場なのは、今日お話してくれたこと以外のことも含めて、多少は理解している積もりです。ただ、大事なことが抜けていませんか?」

「大事なこと?」

「はい。えーと……オリヴィア様。オリヴィア様にとって聖女とは何ですか?」


 テレビや雑誌のインタビューみたいな質問になってしまいましたね。


「……デイラード教の指導者。という答えでは意味が無さそうね」

「いえ、デイラード教の指導者という答えが最初に出て来たのならそれで結構です。オリヴィア様にとって聖女がどういう存在なのかを訊きたいだけですから」

「最初に……夢を与える存在かしら。この世界が希望あるモノだと説くのが聖女の一番の役割よ」


 想像以上に重さのある答えが返って来ましたね。


「だとしたら、ラシカ様や、私、シルヴィアンナ様にはそれが可能なのでしょうか? それこそ、「位」に囚われ過ぎではありませんか?」


 恐らくですが、オリヴィア様自身は言葉の端々に「位」を否定的に見る気持ちが隠れているので、基本的には反発しているのだと思いますけど……。


「貴女をデイラードに連れて帰って幹部達に説教をして貰いたくなったわ」


 予想外の返事が来ましたね。


「私にそんなことは―――――」

「確かにその通りよ。教会はずっと「位」に頼って聖女を人選して来た。それはまだ解消されていないし、「聖」の持ち主が教会に入ったら、同時期に二人「聖」が居ない限り否応なしに聖女になるわ」


 否応なしですか。


「でも、今それを変えることは出来ないわ。

 聖女に限らず、今の教会には「位」を中心に人事を進める習慣が根付いているけれど、それに反発している集団もある。反主流派ではあるけれど、彼らは教皇家の干渉を恐れると同時に「位」での人事にも反発して、ラシカ様の言われもない噂を流した。若い彼らが広く物事を見られないのは仕方のないことだけれど、「ゴラに突け入る隙を作った」とした保守的な幹部達と彼らは対立した。幸い表には出ていないけれど、教会内でも派閥争いが起きているのよ。そして、教会の派閥争いはそのまま教国の派閥争いへと派生して、更にはゴラの保守派を刺激する」


 詰まり戦争を誘発し兼ねないということですね。


「そんな今の教会でわたくしが「位」を無視した人選をしたら、どうなるか解ったモノではないのよ」


 悲しみに満ちたオリヴィア様のその青い瞳は、何かにすがっているようにもみえました。どうしようもないのだと。


「非情だと思われるかもしれませんが、一度もお会いしたことがないラシカ様を救う為に聖女になるという選択には現実味がありません。申し訳ないありませんがわたくしは――――」

「失礼致します」


 杏奈さんが決定的な言葉を告げる前に、応接間の扉を開けたのは――――


「どうなさったのですかリーレイヌ様」


 あ、敬語になってしまいました。


「今正門にソアラ様達がお越しになっていて、急ぎ話したいことがあると」


 ソアラ様達?


「どのようなご用件ですか?」

「なにやら、イリーナ様が公爵邸に居ないとか」


 公爵邸に居ない!?






 2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。

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