#203.聖女と天使と女王様
異常な程要人が集まっている今の王宮で聖女オリヴィア様が滞在する為に用意されたのは、迎賓区ではなく社交区の一棟、睡蓮殿です。社交区には本来長期滞在しないので、睡蓮殿には台所が無いなど色々と不便な面があるのですが、王宮は王宮ですからね。建物も中もそれなりに立派です。普段余り使われないこの睡蓮殿も掃除だけはきちんと行き届いていますしね。
なんて油断していると、アンリーヌ様みたいに「ドアが外れて下敷きになった」なんてことにならないとは言えませんけど。いえ、あの事故実は防音用に使われていた樹脂が原因で鉄製の蝶番が錆びて……。
それは兎も角として、杏奈さんと合流した私は、一緒に睡蓮殿を訪れました。応接間に案内された私達はたった今オリヴィア様を待っています。そして、オリヴィア様が来る前に一応杏奈さんにも話しておこうと思ったのはこの話です。
「教皇家の血……セリアーナ様を初めて見た時不思議に思ったけどそういうことだったのね。貴女もそうだけど、この世界の支配者階級って不思議な空気があるのよね」
「なんとなく解りますけど……私なんかよりシルヴィアンナ様の方が凄いと思いますよ」
私より、どころか、私にそんなモノは無いと思います。
「本当に自覚がないのね。貴女のその“オーラ”と互角に争えるのはそれこそセリアーナ様ぐらいよ。ソフィア様やレイテシア様より上だわ」
「杏奈さんは贔屓目が酷いです。お二人より上なんてそれこそ杏奈さんだけです」
正妃のお二人より私の方が“オーラ”があるなんてことがあるはずがありません。
「はぁ。もう良いわ。何度言っても聞き入れそうにないし」
呆れ顔で私を見てため息を吐いた杏奈さんは説得?を諦めたようです。
「教皇家か。面倒な血が流れているのね貴女にも」
「そう言われても全く実感がありません。お母様は間違いないとは仰っていましたけど、元々末席のお姫様だったらしいですし、なにより曾祖母様ですから」
当の曾祖母様の旦那様は騎士様ですし、お祖母様の旦那様は小作農民です。お父様が辛うじて士爵家の出身なだけで、やんごとなき方々と私は程遠い関係なのです。
「この世界ではそれで充分じゃない。少しでも「血」を持っていれば、簡単に受け入れられる。逆に全く「血」を持っていなければそれだけで信用されない。その人間がどういう人間かなんて血筋なんかで分かるはずがないのにね」
「血筋や魔才値は分かり易いですからね。それが習慣として根付いているとなかなか否定出来るモノではないと思います」
「そう言えば、重臣会議でそんな話をしたって聞いたわ。先代のビルガー公を騙らせてベルノッティ侯を味方に引き入れたって」
クオルス様とそんなお話までなさるのですか?
「分かり易いモノに甘えていると足下が揺らぎ兼ねないとお話しただけで、ルイザール様にもエリオット様にも何もしていません」
実際、クラウド様の要望通り時間稼ぎをしていただけです。
「この国の女がそんなことを言ったら普通問答無用で叩き出されるわ。それぐらい解っているでしょう?」
「陛下に許可を頂いてから発言しましたから、滅多なことで叩き出されないかと。それに、あの時討論されていたのは正しく私の事でしたから、発言を許可されるのも自然なことです」
とは言うものの、私が側妃、というより準正妃で無かったら、ジークフリート様が許可を出したとは思えませんけど。
――トントン――
「失礼致します。オリヴィア様が参られます」
ノックがされたあと、赤いワンピース型の法衣を纏った女性が私達が待つ応接間に入って来て聖女の来訪を告げると、間髪入れずに少し背の高い女性が入って来ました。そしてその白い法衣を纏った女性を見た私は、息を呑んで固まってしまいました。
「……クリスティアーナ様、シルヴィアンナ様、お二人にお会い出来て光栄ですわ。オリヴィア・ルア・ソアノークです」
「シルヴィアンナ・エリントンです。聖女様のご尊顔を拝し恐縮にございます」
私を見て少しだけ驚いた様子を見せた白い法衣の女性が丁寧に挨拶すると、杏奈さんも同じように丁寧に挨拶を返したわけですが、
「……クリスティアーナ・デュナ・セルドアスです」
私は中途半端な挨拶しか出来ませんでした。
「突然の呼び出し誠に申し訳ありません。ましてやデイラードとは無関係のお二人には、本来わたくしから出向かなければなりませんのに、わざわざお越し頂き感謝しております」
「聖女様のお呼びとあらば、馳せ参じないわけにはいきません。ましてやエルノアまでお越しになられてご指名されたとなれば、こちらから出向く事になんの躊躇もありませんわ。お気になさることではありません。そうよねぇ、クリスティアーナ様」
らしくないですよシルヴィアンナ様。まあ、私が別の事を考えているのがバレているから変な話の振り方をしたのでしょうけど。
「はい。聖女様とお話出来るだけで光栄なことです」
「止めましょうか?」
突然丁寧な言葉遣いを止めて妙な質問をしたオリヴィア様です。
「……何をでしょうか?」
「お堅い話し方は二人共好きではなさそうなのだけど?」
あっという間に見抜かれてしまいましたね。流石です。
「それに、孫みたいな貴女と他人行儀に話したくはないわ」
「孫……やっぱりそう思いますか?」
「二人が一緒に居るところを何も知らない人間が見たら、間違いなくそう思われるでしょうね」
そうです。似ているのです。私とオリヴィア様、いえ、お母様とオリヴィア様は。
オリヴィア様は、金髪碧眼で女性としては少し背が高く華奢なのに女性的な曲線を持つお母様と、そっくりと言って良い程似ているのです。流石に七十近いお歳ですから、顔まで瓜二つとは言えませんが、お母様とオリヴィア様が母娘だと言われて疑う人はいないでしょう。そして、お母様と似ていると言われる私は、当然オリヴィア様の孫という位置付けになります。
「同感ですわ」
「「金髪の魔女」とわたくしが似ているという噂は聞いたことがあったのだけれど、ここまで似ているとは思わなかったわ」
……お母様の噂はいったいどこまで広がっているのでしょう?
「私も驚きました。本当にお祖母様を見ているようです」
「わたくしも子供を産んだ記憶は無いのに孫が出来た気分だわ」
優しく微笑んだオリヴィア様の顔は、お母様それと同じに見えました。
「失礼致します。オリヴィア様。アシュマン様がお越しになりました」
全臣議会の様子を見てくると言って一端別れたユンバーフ様が合流したようです。思ったより早かったですね。
「どうぞ」
「失礼致します……セリアーナ様? いや……」
オリヴィア様が許可を出して応接間に入って来たユンバーフ様が、明らかに私達と同じ感想を持ったことは、疑いようもありませんでした。
暫くは当たり障りの無い話をしていた私達。オリヴィア様が本題らしい話をし始めたのは、対談開始から一時間近くが経過してからでした。
「知っていることかもしれないけれど、今デイラードでは次期聖女争いが起こっているわ」
すっかり身内に話すような話し方になっているオリヴィア様です。
「時間が無かったのでシルヴィアンナ様にはお話していませんが、クリスティアーナ様はダフ様から伺ったことを一通りお話しております」
オリヴィア様の話に応えたのは、私の後ろに控えるように立っているユンバーフ様です。因みにダフ様とは外交官のことで、今はオリヴィア様の後ろに控えてらっしゃいます。そしてその横には法衣を着た女性も立っていますが、二人共全く話しません。ただの立会人の様ですね
「そう。ならシルヴィアンナは?」
「ご指名を受けた時に大まかな事情は調べさせて頂きましたわ。ただ、次期聖女が決まっていないということは分かりましたが、争いが起きているというのは初耳ですわ」
幾らエリントン家が諜報部隊を持っていたとしても国家ぐるみで隠匿している情報まで掴むことは出来ないようですね。
「簡単に言えば、教皇様が末席の皇女ラシカ様を次期聖女に推していて、教会がそれに反対している。次期聖女争いに託つけた権力闘争が起きているのよ」
関係ないですが、オリヴィア様は本当に69歳ですか? 外見も声も雰囲気もアラフィフにすら見えません。お母様の実年齢と変わらないぐらいにしか見えませんよ。まあお母様はお母様で……。
「有りがちな話ですが、教皇は教会人事に干渉出来ないはずではありませんか?」
「建前はそうねぇ。でも本音がそうは行かないことぐらい知っているのではなくて? それに、ラシカ様には聖女に選ばれるだけの資格がある」
え?
「聖女は合議で選ばれるモノではないのですか?」
それこそ、キリスト教のコンクラーベと同じように決まるまで缶詰めになって話し合って決めるモノですよね。神学校とか聖地での祈りなんかは条件化されていますが、その条件を突破する信者は幾らでもいます。条件が他にあるということでしょうか?
「合議制なのは間違いないけれど、ラシカ様は公にはなっていない選定条件を満たしているのよ。そして残念ながら、教会が出した候補者よりラシカ様の方が聖女に適しているわ」
……この流れで言うと、
「わたくしとクリスティアーナ様はその条件に合致するということでしょうか?」
「実際会って確信したわ。貴女方二人は、合致どころか間違いなく優れているわ。ラシカ様より聖女に相応しい」
こうなりますよね。
「何故そう言い切れるのでしょうか? わたくし達はデイラードの信者ですらありません。それが聖女などと想像も着きませんわ」
杏奈さんの問い掛けにオリヴィア様は少しの間沈黙してから、話し始めました。
「信じろと言われても難しいことなのだけれど、貴女達二人は「位」を持っているのよ」
位?
2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。




