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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
203/219

#202.教会と教皇

 昼下がりのエルノアの王宮の一室。いつもの豪気な気配を消してソファーに腰掛けているその赤い髪の美丈夫は、午前八時に開会して早々昼前に閉会した大陸の命運を左右する会議に欠席し、王都を騒ぎにした張本人だ。


「エリアス!」


 ノックもせずに扉を開け放ち、怒鳴るように公爵の名を呼んだ銀髪の美青年は相手の反応を待たずに質問を投げる。


「何があった」

「……寝坊した」


 全く納得いかないその答えに眉間に深く皺を寄せた王太子は、怒気を強めた声で弱気になっている男に詰め寄る。


「そんな馬鹿な話があるか。ビルガーには主の大失態を黙って見てる使用人しかいないと言う気か?」

「……来れなかった。来るわけには行かなかった」

「ゲルギオス様か?」


 核心を突いた質問に対する応えは、沈黙だけだった。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エリアス様の突然の欠席で大幅に予定の狂った昨日の全臣議会は、外征派から出された延長申請が許諾され、午前11時程で閉会しました。エリアス様は勝手に議会を欠席したわけですが、「嘗て「第二の王家」と呼ばれる程力と歴史のあるビルガー公爵家の当主が演説しないで全臣議会は終われない」という結論に達したそうですね。

 議会の延長は今日一日だけで、午前中には数人の追加演説と、昨日登段しなかったエリアス様とジークフリート様の演説が予定されています。そして、夕方か夜には議長のジラルド様が議決表明演説をすることに成るのです。大まかに説明すると、エリントン公の演説がないこと以外はエリアス様の演説順が陛下直前になっただけで昨日の予定と同じです。勿論他の演説者の顔ぶれは違いますが、同じ方が二度演説することはないので影響力の強い方はもうエリアス様とジークフリート様しかいません。議会の結論を変えられるような方はお二人だけなのです。


 ただ問題なのがその欠席理由です。


 午後になってから登城したエリアス様がクラウド様に“最初”に話したその理由はなんと、「寝坊」だったそうです。「そんな馬鹿な話はない」とクラウド様が追及すると、エリアス様はゲルギオス様に足留めされたことを匂わせたそうです。ただ、先伸ばしにしたところでゴラとの同盟という結論は早々出ませんし、下手をすれば昨日のうちに結論が出ていたでしょう。そんなことをしてゲルギオス様にどんな利点があるかが解りませんが、


 とってもいやぁ〜な予感がします。


 クラウド様もそう思ったようで「陽炎」を色々動かしてはいるのですが、今のところその目的は掴めていません。全臣議会で演説するエリアス様を何故足留めすることが出来たのかも疑問ですし、何か大きなことを見逃していないでしょうか? 強引に退場させられた先のビルガー公エリオット様はエリアス様や他の貴族を恨んでしまっているかもしれませんし……。


 話は変わりますが、昨日貴族方々は全臣議会、エリアス様のことで大騒ぎをしていたわけですが、その裏で密かにエルノアの王宮に入った方がいます。いえ、レイテシア様を中心に、王族の女性はちゃんと王宮の正門まで出迎えて歓迎の意を表したのですから密かというわけではないのですが、通常ならそれしか話題が無くとも不思議ではないその方の来訪が、あまりにも小さな出来事となっていたので、「密か」と表したくなってしまいます。


 護衛無しに数人の付き人と共に王宮入りしたその方。今日私とシルヴィアンナ様との面会が予定されているその方は勿論、デイラード教の聖女オリヴィア様です。


 ただ、午前九時頃から予定されている面会の前に、“デイラード教国の”外交官と接触していたこの方とお話することになりました。位の高いセルドアの外交官は全臣議会や同盟交渉で出払っているので、デイラードの相手をすることになったのは、


「お久しぶりですユンバーフ様」

「ご健勝そうでなによりですクリスティアーナ様」

「……貴族でもない一外交官とお知り合いなのですか?」


 私達の挨拶にビックリしたのかリーレイヌ様が口を挟みました。


「ユンバーフ様はレイフィーラ様をイブリックに引っ張って行った凄腕の外交官ですから、イブリックでも帰って来てからも何度もお会いしたことがあります」

「あ……」

「私を褒めたところで何も出ませんよクリスティアーナ様。それより座って本題に入りましょう。あまり時間がありません」


 もう八時半ですからね。


「お茶は如何しますか?」

「先程頂いたばかりですから」

「あ、私も結構です」


 問いに答えながら比較的狭いこの応接間の豪奢なソファーに腰掛けた私を見て、リーレイヌ様に対して横に首を振ったユンバーフ様も、私の正面に腰掛けます。


「早速ですが、デイラードの訪問理由についてお話したいと思います」


 ユンバーフ様が前置き無しに話始めたことは、ある意味予想の範疇でしたが、ある意味予想外どころではないお話でした。






 デイラード教国には教皇と聖女という二人の指導者がいます。建前を言えば、教皇は政の、聖女は宗教の指導者ですので住み分けが出来ているわけですし、実際、聖女は政治に、教皇は教会に、口を出す権限はありません。

 ただ残念ながら、政教分離が完全に実現しているわけではありません。官吏の人事に教会が、神父の昇格に教皇が、関わらずに運営出来ているわけではないのです。特に教皇、政府が教会の人事に干渉して来ることは珍しくないどころか当たり前になっていると言います。


 そんなデイラード教会で、「次期聖女が三十年いない」なんてことが起きたら、何が起こるかは想像に難くありません。政府は教会に「次期聖女をコイツにしろ」と言い出したそうです。状況からしてこれは必然と言えますし、曖昧な地位でも聖女を補佐するという重要な役割のある次期聖女が居ないのですから、仕方がないことでもあります。


 ただ問題だったのは、その人選です。


 デイラード教国は勿論、デイラード教会とも全く関係のないユンバーフ様のお話ですからどこまで正確かは判りませんが、現教皇様が次期聖女にと推したのは教皇家の末席の姫で――――身持ちの悪い方だそうです。

 生娘で無かったら聖女にはなれないというのは明文化されていない慣例ですからその方が聖女に成れないわけではないのですが、セルドアス家より長い歴史を持つデイラード教会が納得する筈がありません。伝統を重んじる教会と少しでも教会の権威を削ぎたい教皇が真っ向から対立する図式が生まれてしまったのです。


 今回の聖女様のエルノア訪問の背景にはそんな事情の上で、


「クリスティアーナ様かシルヴィアンナ嬢を聖女にしたいという話です」


 一緒に呼ばれたのですから杏奈さんも候補に上がっている可能性も考えられましたが、教皇家の血を引いているという私は解るとして……。


「私かシルヴィアンナ様を聖女に……何故ですか? 二人共洗礼すら受けていないと思いますけど」

「申し訳ありませんが、そこまでは聞き出せませんでした。聖女様本人が言い出したとは言っていましたね」


 私と杏奈さんの共通点と言えば勿論転生ですが、会ったことのない聖女様にそんなことが分かるとは思えません。私が教皇家の血族ということすら知っているとは思えませんし……謎です。


「これは本人に訊いてみるしかないかと。そもそも聖女様との面会は外交ですらありませんから、何かしら失言が有っても大丈夫です。そう警戒することもないでしょう」

「そうですね。ユンバーフ様も同席下さるというなら心強いですし、宜しくお願い致します」

「私などが居なくともクリスティアーナ様なら何の問題なく面会は終わると思いますが、祖国を救ってくれた方に少しでも恩返しが出来ればと思います」


 ユンバーフ様は会う度にこんなことを言います。そんなことをした覚えはないと何度も返しましたが、毎回「事実です」と返されるので、最近は話題を変えてしまうことにしています。


「聖女人事で教皇と教会の対立となるとかなり大きな対立だと思いますが、それが殆ど公になっていないという事実が不思議ですなのですが……」

「ゴラを信用していないのはデイラードも一緒です。隙があればいつでも突いて来ることが分かっていて、それを晒すような真似はしないでしょう」

「……揉め事があれば大変だと解っているのなら、聖女人事なんかに口出ししなければ良いのに」


 他に理由があるのだとは思いますが、愚かなことですね。


「それはごもっともですが、機会があると思ったら欲が出るのが人の業と言うモノですよ」

「国の存続か、己の欲求か、その選択で迷う理由はないと思います」

「貴女のようなことを言ってくれる方が現教皇の近くにはいないのでしょう。いえ、いても聞かない方なのかもしれません。

 それは兎も角、全く勝算なく聖女様本人がエルノアまで出て来るとは思えません。側妃や公爵令嬢を簡単に連れて行くことは出来ませんが、油断なさらないで下さい」

「はい」


 大陸の命運が決まる裏で、私と杏奈さんの命運が決まる会談が始まったのは、この直ぐあとのことです。







 2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。

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