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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
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#199.守りたいモノ

クラウド視点です

「――――皆々様もお分かりであろう。ルギスタン帝国とは二百年近い対立の歴史があるのです。それが僅か二年で解消出来るなどと、本気で思っている方が居るとは到底思えませぬ。そして、ブローフ平原の東部には数世代に渡ってルギスタン帝国民が住んでおります。仮に平原の全域を我が国の領土としてしまったら、我々は子々孫々に禍根を残すことになりましょう。

 故にルギスタン帝国との同盟など笑止千万。王国の未来を想うならば、神聖帝国ゴラとの同盟こそ道を開くのであります。

  わたくしからは以上。ご静聴に感謝致します」


 会議初日中盤、長々と演説した外征派の雄クアルテーロ伯が原稿を閉じると、拍手が沸き起こる。だがその数は召集された千人以上の貴族の僅か二割程に過ぎないだろう。それが“支持者”の数だ。


 ……どうしようもないな私は。こういう時でも私の後ろにはいつもティアが控えているが、流石に全臣議会でそれは出来ない。正直……落ち着かない。全臣議会の特殊性もあるだろうが、ティアが傍に居れば私は落ち着くだろう。


 クアルテーロ伯が自らに用意された椅子まで戻ると、議長の叔父上、王弟殿下が口を開いた。


「続いてヨプキンス伯爵。弁論を」


 この石楠花殿の大ホールの最奥に位置する玉座の真横に座る私から見て、右斜め前に位置する演説台。私の身長ぐらいの高さの鉄製の台の上に乗せられた拡声魔法具付きのその演説台に登ったヨプキンス伯が、いつもの強気な口調で語り始めた。


「ラシード・ヨプキンスであります。伯爵位を賜っております。陛下の御前にて自説を説くこと、光栄至極にございます。本来ならここで、これまで陛下に受けたご恩を含めて我が感謝の意を盛大に表明するところではございますが、残念ながら時間に限りがございます故、早速本題に入らせて頂きます。

 さて、先程クアルテーロ伯が仰せられていた通り、我が祖国セルドア王国とルギスタン帝国は長い間敵対関係にありました。これは紛れもない事実であります。しかしながら、四十年前のダガスカス事件以外、法的にも既に解決した事件以外、果たして戦争をしていたと言えるでありましょうか? 小競り合いが十年に一度――――」






 全臣議会初日は、大方の予想通り荒れることなく終了した。貴族達の反応も不自然な所は見られず、議会前の読み通り、全体の四割がルギスタンで二割がゴラ、残りが様子見と言った具合だった。発言力の強い上から三人。父上と私、エリントン公がまだ発言していないのにこの状態なのだから、無事ルギスタンとの同盟が成立する公算は高いわけだが、


「初日は無難に終わったか」

「ええ、ですがまだビルガーもベルノッティも残っています」


 全臣議会では院生会選挙の様に皆が平等に権利を持っているわけではない。議会の結論は“流れ”に沿って出される。そして、流れを決めるのは上位貴族だ。特に、派閥の長がどんな話をするかによって会議の方向性は大きく変わるだろう。エリアスとベルノッティ侯。この2人には要注意だ。


「エリアス・ビルガーは突拍子も無い事はしそうにないが、ルイザールは何をするか分かったものではない。一番警戒すべきなのは奴だ」

「革新派は元々王家に権力が集中する事に反対しているのですから当然ですが、今回も、王家が主導してしまったら後々しつこく突いて来るでしょう。革新派の主張も間違いだとは思いませんが、会期中だけは黙って欲しい」


 王家に権力が集中する事には常に反対する革新派だ。今回の件でもそういう動きになれば後々必ずそこを突いて来る。それは良いが、今回は事が事だ。大陸全土を巻き込む戦争に発展するような真似は止めて欲しい。


「ああ。だが奴自身は恐らくルギスタンとの同盟には賛成だろう。ルイザールは体裁より実益を取る人間だ。ゴラの事を信用しているとも思えんしな」

「そうは言っても、何を言って来るか判らないのは嫌なモノでしょう。事件からこっち、正攻法を取る事にしたのかビルガー以外に近付いている様子はありませんが、それが逆に不気味です。皇太子本人がエルノアまで乗り込んできて、このまま何もしないで帰るとも考え難いですし……」


 議会に向けて何かしら隠し玉を用意している可能性は高いが、その“玉”に見当がつかない。


「不気味と言われれば確かに不気味か。我々も全ての動きが把握で出来ているわけではないしな」

「ええ。それに、ビルガーばかりに近付いて何を企んでいるかが分かりません」


 エリアスに向こうへ靡く様子はなかった。寧ろゲルギオス様のことは信用出来ないと言った素振りに見えたからそれ程心配はしていなかったが、ゴラがこうまでビルガーにすり寄っているとなると、不安にはなる。


「そろそろ止めてくれないかしら二人とも。晩餐ぐらいゆっくり摂りたいわ」


 晩餐の最中である事を忘れるぐらい父上との話に集中していたな。


「長くともあと二週間しかないのですからそうも言ってられないでしょう母上」


 会期は基本一週間で、延長しても一週間という予定だから、再来週には結論が出るのだ。悠長なことはしていられない。


「折角のお料理が冷めてしまったら、料理人にも農民の方々にも申し訳が立ちません。お話は晩餐の後で良いと思います」


 ……的を射てはいるが、ティアの発言は時々セルドアの人間の発想からは逸脱した部分がある。これは前世の記憶の影響なのだろうか?


「そうねクリス。貴方の言う通りだわ。わたくし達がこうして豪勢な食事が出来るのも納税者達のお陰なのですから、味わって食べねばなりませんわ」


 上位貴族の方が余程良いモノを食べているとされていて、王家は普段割と豪勢な食事はしていないがな。とは言え、上位貴族と比べればの話で平民とは比べるべくもない。それに、外からの客には王家も上位貴族も見栄を張る。実際のところがどうなのかは私も良く知らない。


「そう言われてもな……議会の事が頭から離れん。他の事を話題には出来ない」


 残念ながら私も父上と一緒だ。それ以外の事など頭に入って来ない。


「陛下が守りたいモノは何ですか? 国王の地位ですか? セルドアス家の名声ですか?」


 ……シルヴィアンナの問答みたいだな。


「守りたいモノ……」

「王であれなんであれ、人は人です。守れるモノには限りがあります。ましてや国や大陸の命運なんて一人二人で背負うものではありません。それはご理解頂けていると思います」


 前にもティアは同じような話をしていたな。


「今我々がどう動くかで国も大陸も動く。それは事実だ」

「セルドア王国には、今を幸せに営んでいる人が沢山います。彼らは決して戦争など望みはしません。今の暮らしを守っていきたいと願うでしょう。今あるモノを守りたいと願う気持ちは、誰もが当たり前に持っているモノです。

 王家は確かに、彼らのそんな想いに応えて来ました。セルドアス家が今なおセルドアの王家として認められ国民に信頼されているのは、その働きが認められているからでしょう。

 そして、セルドアは幸せの溢れる国です。世界一と言っても過言でもないぐらい豊かな国です。でもそれは、セルドアス家が望んだからそうなったわけではありません。人々の幸せに成りたいという願い。そんな当たり前の願いに応える王がいたからこそ、今のセルドア王国があるのだと思います。

 セルドアス家が千五百年という悠久の時を越えて守り続けたモノが何だったのか。それを忘れてしまったら、守りたいモノが守れなくなってしまうと思います」


 民を守ること。それが私達セルドアス家の義務だ。私達は有事なのに平時の考え方をしていたようだな。それは良いとして、


「ティア。その話は結局議会の話だろう?」

「守りたいと思うモノを実感せずに守ろうとしても、守り切れるとは思えません。日々の生活の中にそれを見出す事はとても大事なことです。食事を楽しむこともその一つですよクラウド様」


 横に座った私の方を向いて優しく微笑んだティア。この笑顔こそ、私が一番守りたいモノだということは、今口に出すべきことではないだろう。


 いや、戦争が始まったら見られなくなるのだから、これも“実感”の一つか?







 2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。

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