#19.義姉妹
魔技能値が1だと発覚した五歳の誕生日。ショックで茫然としたまま家に帰った私は、用意されていたご馳走にもろくに手を付けず寝台に入りました。
そしてその翌日。無理に明るく振る舞った私を見たお母様は、泣きながら私を抱き締め「ごめんなさい」と言ったのです。
誰も悪くないのに。敢えて言うなら、運が悪かっただけなのに。
私はお母様の胸の中で思い切り泣きました。本当に涙が渇れる程。お父様もお兄様も普段から優しいですが、あの時は格別に優しかったと思います。
あの時の家族の優しさと温もりを私は一生、いえ、また生まれ変わっても忘れはしないでしょう。本当に私は家族に恵まれました。
誕生日の翌日に思い切り泣いた私は、その翌る日。今世の超ポジティブ志向を全快にして両親にこう言いました。
「魔法を教えて下さい」
流石の両親も呆れ顔で快諾とは行きませんでしたが、魔才値が飽くまで才能であることを力説すると、猶予期間を貰えました。
期間は四年。初等学校入学までです。それまでに生活魔法を使える兆しも見えなかったら魔法は諦める。そういう約束で私は魔法の訓練を受けることになったのです。
お兄様が、魔法の訓練を始めてから生活魔法を使えるようになるまで掛かったのが二ヶ月足らずですから、それほど厳しい条件ではない筈。
なんて最初は思っていたのですが、やはり魔才測定器は高性能なようで、先ず体内の魔力を感じて動かすことがなかなか出来なかったのです。実質それに二年掛かりました。ただ、それ以降、体外に魔力を出せるようになってからは、魔力量に委せてあり得ない回数の訓練を繰り返した私は丸三年掛けて生活魔法の基礎とされる七つの魔法を習得出来たのです。
具体的には<火種><湧水><冷却><加熱><微動><微光><微風>です。殆どが読んで字の如くですが、<冷却><加熱>は一般的に熱湯も氷も作れません。それから<微動>は小さな石とかを少しだけ動かせるという有用性の低い魔法です。他の4つも使い所によっては有用ですが、戦闘に於いてはまったくの無力なのです。
ただ一つだけ、生活魔法に属する魔法でも例外的に戦闘でも極めて有用な魔法が有ります。それが<小治療>です。
<小治療>はその名の通り、小さな傷を癒す魔法なのですが、これだけで大半の傷の止血が可能なのです。とは言うものの、表面を治療するだけですので、深手を治すことは出来ませんし、体外に出た血が元に戻るわけではありませんから失血死を防げるわけでもありませんが、応急措置としては極めて有効なのです。
私がそんな<小治療>を含めて、全部で8つの生活魔法が自在に使えるようになったのは、偶然にもレイフィーラ様の看病をした頃です。私が看病したから助かったとは言いませんが、結果的にレイフィーラ様と仲良くなれたのは僥倖でしたね。
<小治療>の訓練と同時に普通魔法の訓練にも入っていた私。しかし訓練の成果は……ご想像の通りです。そもそも、生活魔法が七種使えるようになる前に低難度の普通魔法が使えるのが一般的なんだそうです。要するに、私には大量の魔力を同時に体外に出す才能が全く無かったのです。
実はこれ、生活魔法が使えると分かった時にお母様から忠告されていたことでした。
「普通魔法は使えないと思った方が良いわ」
申し訳なさそうに、寂しそうに、少し悔しそうに言ったお母様の前で私はまた泣きそうになりましたが、この時は我慢出来ました。またお母様に泣かれたくないですからね。
そんなこともあり覚悟はしていたものの、やはり諦め切れずに後宮に入ってからも時間を見付けては訓練していたのですが……。
二年近く訓練して進展はゼロ。そろそろ諦めなければと思っていた矢先の出来事でした。自分に才能がないことぐらい疾うの昔に分かっていたことなのに情けないですね。
「ごめんなさいクリスちゃん」
何故泣き出したのか、何で泣き続けているのか解らない筈なのに、しきりに謝るミーティア・ダッツマン子爵令嬢ことお姉様。私は「お姉様は悪く無い」と必死に首を横に振るのですが、流れ出る涙を止めない限り全く説得力がないのです。
ふと、数分間私の頭や肩を撫でるように動いていたお姉様の手が、背中に回ります。困りに困ったお姉様は私を抱き締めることにしたようです。先程以上に強い力で包み込んでくれました。
背中を撫でる手が気持ち良くて嬉しくて、私は余計に泣いてしまいました。
「おね、え、ざば。あま、えて、いひ?」
「ん? 良いよ。いっぱい甘えて頂戴」
私の声になってない声をなんとか聞き取ったお姉様は、私の眼を覗き込んで微笑んでくれました。私はルームメイトにも恵まれていますね。
「おねえざばあー!」
箍を外し思い切り泣いた私。その涙が止まったのは泣き始めてから一時間は経過したあとでした。
「そうだったのね。変な質問してごめんなさいクリスちゃん」
「お姉様は何も悪くありません。諦めの悪い私が悪いのです」
このことに関してはポジティブも考えモノですね。まあポジティブポジティブ言っていますが、落ち込まないわけでも悩まないわけでもなくて、切り替えが早いだけなんですけどね。もっと言えば周りが支えてくれているのでネガティブには成らなくて済んでいるのです。本当に感謝感謝です。
「それは悪いことではないと思うのだけれど……」
「魔法の才能だけはどうにもなりませんから」
残念ながら魔才測定器は優秀で正確なのです。此ればかりは諦める以外方法がありません。加えて今年の1月、侍女見習いに成った時にも測定したのですが変化はありませんでした。
あ! 魔才測定器の数値は、同時期に測るとどの測定器でも差はありませんが、年齢によって数値が変化する“こともある”そうです。
ただその変位は最大で5程度で、個人の才能が決定的に変化した例は長い魔才測定器の歴史でも数回しかないそうです。一応は、後天的に数値が変化した例が“無いわけではない”という話ですが、それに期待するのは流石に現実味が無さ過ぎます。
「そうかもしれないけれど、だからといって諦める理由にはならないわ。ましてやクリスちゃんはまだ10歳にも成っていないのですから」
「ありがとうお姉様。私お姉様が羨ましいです」
妬ましいのはどうにもなりませんね。
「ふふ。ああなんか嬉しい」
んん? 何で笑うんですか? それに嬉しいって? 他人の不幸を笑うんですかお姉様!
「お姉様。笑うなんて人が悪いですよ! それに嬉しいって何ですか?」
「ああごめんなさい。変な意味じゃないの」
私が膨れっ面して怒ると、今度は微笑みを浮かべたお姉様です。どういう意味ですか?
「何て言うのかしら? 安心したっていうのかしらね。
ほら。クリスちゃんって、優しいし可愛いし綺麗だししっかりしてるし頭も良いし前向きでいつも元気でしょう?」
……また随分買い被られましたね。そんな完璧超人ではありませんよ? 寧ろ欠点だらけです。ただ、克服出来るモノはして、出来ないモノは気にしてもしょうがないって言えるポジティブさがあるだけで。
「見かけだけだと思います」
「そう! それ!」
へ?
「私ずっとクリスちゃんが少し怖かったの」
「怖い?」
あ、驚いて声がひっくり返ってしまいましたね。いえ、それより怖いってどういうことですか! また泣きますよ!
「ええ。何て言うかクリスちゃんは完璧過ぎて妬んだり羨ましがったり疎ましく思ったりしないのかと思ったの。だから私とは違う生き物みたいで少し怖かった。でも今目の前で泣いてくれて、羨ましいって言ってくれて、安心した。クリスちゃんが普通の女の子だって分かって嬉しかった」
ややもすると怪物扱いから離脱出来て何よりですよお姉様。それにしても私の評価がどれだけ高かったのでしょうか? 幻滅させることなく評価を下げられて僥倖です。
「私は普通ですよお姉様。買い被り過ぎです。平均的な10歳の女の子となんら変わりはありません」
「うーん。普通の10歳の女の子とは全然違うけれど――――」
敢えてでしょう。お姉様はそこで話を区切って私にニッコリと笑い掛けました。はい。美少女の笑顔は最高です。
「可愛くてとっても優しい、私の妹かな?」
最後の部分ではにかんだお姉様は少しだけ顔を赤くしていました。可愛さ倍増です。
「はい。私も純粋で凄く綺麗でとっても優しいお姉様を持てて幸せです」
次回 2015/09/28 12時更新予定です。




