#197.聖女伝説
ファーストさんことエイビス様の手紙が届いてから四日経ちました。本来なら二日後に迫った全臣議会以外大きな話題なんて無くても不思議ではないのですが、実際今日話題にされているのは、
「デイラードの聖女って何しに来るんですか?」
どうでも良いですが、ルギスタンの皇太子レイラック様とその第一皇女レイラ様、ルダーツの王太子ルイース様、ゴラの皇太子ゲルギオス様そしてデイラードの聖女オリヴィア様。エルノアに異常な程要人が集合していますね。全臣議会でセルドアの貴族も集まっていますし、警護の騎士の数に制限を設けなければもっと凄い状況に陥っていたでしょう。
因みに、レイラック様とレイラ様は事前申請して来訪した方ですし、ルイース様は同盟国の太子ですからそんな通達はされていませんが、突然来訪したゲルギオス様とオリヴィア様には「何かあっても責任は取れない」そう通達してあるそうです。まあゲルギオス様に関しては、本人が「何か」しそうですけどね。
「知らないわよ。ただベルノティの使用人の間で話題になっていただけなんだから」
「ウィリアム様も一昨日そんな話をしてらっしゃいましたが、目的までは聞いていませんね」
「聖女なら布教の為に行脚するのは普通のことではないかしら」
私に会いに来る為。なんて話をしても信じてくれないですよね。
「船で一息にエルノアまで来るようですから、行脚ではないかと。王家と接触する積もりのようですね」
「じゃあデイラードとセルドアの同盟申し込みに来たとか?」
「聖女はデイラード“教会”の指導者であって、教国とは本来無関係ですよ」
とは言っても“本来”なので、
「でも、国の代表みたいな仕事をいっぱいしている印象がありますけど……」
教国なんて名乗ってしまったら、完全に住み分けるのはやはり難しいのです。ましてや、デイラード教の聖地は皆デイラード地方に存在していて、ゴラ大陸中からデイラードに信者が集まって来るわけですし、それを無視して国の運営なんて出来ませんからね。
ただ、残念ながらデイラード教の聖地が全て教国内に存在するわけではありません。一部は現状神聖帝国ゴラの支配域に、一ヶ所は教国とハイテルダル皇国との国境地帯に存在しているのです。二つの国と教国との関係が良くないどころか悪いと言えるのはそれが理由です。
「クリスが言ったのは建前で、教国が聖女を利用するのは良くある話だわ。わざわざ訪ねて来たなら、同盟が何か申し込みに来た可能性もあるのではなくて?」
ラキ様は教会に関してお詳しいようですね。
「デイラードはゴラ程大きな国ではありませんから、突然同盟というのはあり得ないかと。政関連で訪れたとしても別の案件だと思います」
「……随分前に次期聖女の選任で教会が揺れていると聞いたことがありますが、今決まってましたっけ?」
それはどこで仕入れた情報ですかアリワ様。
「決まってないわ。でも、聖女は元々前任者が死んでから初めて選定されるモノだから、次期聖女なんて曖昧な地位で決まってないことも珍しくないわ。それに、神学校を出て更に聖地で七年七ヶ月と七日祈りを捧げて初めて聖女の候補に成るのよ? セルドアに来て聖女も何もないわ」
ラキ様の言う通り、一切資格の無い私を聖女するなんて現実味が無いでしょう。訪問理由は他にあるのだと思いますが……全く見当が付きません。
「聖女に候補の条件なんて良く知ってたわね。あんた熱心な信者だったわけ?」
「信心深いのはお母様で、わたくしはそうでもないわ。聖女はセルドアの童話にだって出てくるのだから知っていても何の不思議もないわよ」
「いいえラキさん。童話に聖女の条件は出て来ません」
セルドアでも有名な童話「金色の聖女」は、デイラード教の初代聖女の伝説を纏めたお話ですが、本当に童話ですからね。
「小説でもなんでも、本を読めば聖女は良く出てくるわ。侍女の仕事をしているわけではないのなら本ぐらい読みなさいよ」
「そう言えば、この間読んだ推理小説に初代聖女の伝説は魔法で説明が付くと書いてありましたね」
魔法で……そうかもしれませんね。
「あたいは冒険小説しか読まないの」
「魔法で説明が付くんですか?」
「空を飛んだり夜を昼にしたり、大きな伝説は皆誇張されている部分で、資料を漁ると信憑性がないとか。あとは、人心を惹き付ける描写以外今では魔法で出来ることばかりだと書いてありました。所詮は小説ですから著者がどこまで調べたのかはわかりませんけど」
雨を降らす場面なんかもありますが、私にも出来てしまいますからね。ただ、聖女伝説の本質は伝え聞く数々の逸話ではなくて、人を惹き付けながらもそれに依存することなく自分が最前線に立って地道に奮闘する健気な少女の姿です。伝説は脚色でもその姿は「聖女」そのものです。
「そんな話を聞いてしまうと聖女ってのがなんなんだか良く解らなくなるわ。聖女って言われると神様みたいな存在かと思ってしまうけど、全然違うのねぇ」
「わたしの場合、聖女はデイラード教国の偉い人という印象ですけど……」
「今の聖女は良くも悪くも“教会”の指導者ですが、初代聖女はデイラードの教えの元となった人々に救いを与えた方、象徴ですから、ジョアンナさんの印象もアリワさんの印象も間違いではないと思います。
ただ、今の聖女と初代聖女、どちらを意識してセルドアを訪れたのかで今回の訪問の意味は全く変わってきます」
普通に考えて、前者だとしたら私を聖女にすることは出来ませんが、後者だとしたら可能性がないとは言えません。ただ……初代聖女はデイラード教開設前にお亡くなりになった方ですから、デイラード教会とは無関係なのです。教会の聖女と伝説に出てくる聖女は別物とも言えます。実際血が繋がっているのは聖女ではなく教国の実質的な王家、教皇家ですからね。とは言うものの、二千年前のことなのでかなりいい加減ですけど。
「今の聖女よりは初代聖女の方がマシね」
「何でですか?」
「今の聖女は生涯処女でいなきゃならないのよ? そんなの拷問だわ」
……相変わらずですねジョアンナ様。
「そうね。愛しい殿方が出来ても抱いて貰えないなんて辛いわね」
ラキ様も全く隠す積もりはないようですね。まあ、ここは元々そういう場所ですけど。
「清いお付き合いって良いじゃないですか。そういうのも憧れます」
「お子様ねぇアリワは」
「女性は良くても男性は我慢出来ないと思いますよ」
そうですね。クラウド様がそんな我慢を出来るとは思えません。玲君も無理でしょうね。
「ソアラは我慢出来るわけ?」
「私はそういう欲求はそれほど強くないので……」
「嘘吐かない。貴女はかなり情欲の強い女よ」
断言しますかラキ様。
「そんなことは……」
図星なのかソアラ様はモジモジしています。
「私は傍にいてくれれば平気ですね」
「クリスはね。でもクラウド様は直ぐ爆発するんでしょう?」
「はい」
しばしば此処に来る嵌めに合いますし……。
「だとしたらなんとも言えないわね。満足させられているだけで――――」
翌日。授業を終えたクラウド様と一緒に私は王宮に戻りました。そして────
「クリスを聖女に?」
「はい。手紙にはそう書かれていました。教国とも教会とも全く関係無い私が聖女なんて有り得ないと思いますけど……」
一応お兄様に報告して置こうと思い話してみると、
「……クリスは母上から何も聞いていないのかい?」
え?
「母上はデイラードの教皇家の血を引いているんだよ。勿論、私もクリスも」
えええええ!!!!
爆弾を落とされました。
2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。




