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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十四章 歴史の一幕
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#196.密偵からの手紙

 五月上旬。セルドアとルギスタンとで結ばれた停戦協定の期限まで一ヶ月を切っています。


 レイラ様がエルノア入りし活発に社交活動が行われている中、再び暗殺の動きが、なんてことはありませんが、ゲルギオス様は形振り構わずルギスタンとセルドアの同盟交渉を邪魔するようになってしまいました。

 いえ、ゲルギオス様か形振り構わないのは今に始まったことではなくてセルドアに来てからずっとそうなのですが、暗殺未遂事件の前まではまだ、外務省の役人にお金をばら蒔いたり、レイラ様を暗殺しようとしたり、飽くまで裏工作だったのですが、昨日などは交渉中の会議室に乗り込もうとしたそうで……。


 ただ残念ながら、「長年敵対していたルギスタンよりゴラの方が良いのでは」という一般論も根強いのです。ゲルギオス様の振る舞いを見ている貴族の方でも、「現皇太子があれでもゴラとルギスタンでは国力差が……」と考えることも少なくはないようですね。今現在の貴族を見渡すと、ルギスタンとの同盟に賛成しているのが四割、同じくゴラが二割、迷っている方が四割と言った具合なのです。

 暗殺未遂事件の影響でゲルギオス様の実弾攻撃が止み、徐々に賛同者を増やしていたゴラ支持層の侵食が停滞したわけですが、数字だけみれば盛り返せる要素がないわけではありません。油断は禁物です。


 とは言うものの、それも一週間後に行われる全臣議会までです。


 三週間程前にジークフリート様が召集を決めた全臣議会は、国家百年の計に関わる重大案件を話し合う時のみ開かれる会議で、文字通りセルドア中の貴族が集められるのです。

 なんて言いつつも、緊急時の備えを怠るわけにはいかないので王国騎士団の幹部を勤める方など、召集されない貴族の方もいるのですけどね。


 それは兎も角、ルギスタンはレイラ様を呼び寄せ社交でその存在を見せるなど正攻法で、ゴラは裏になっていない工作で、全臣会議に向けて活発に動いているわけです。

 ただ、ルギスタンは同盟条件の詳細が詰まった状態に来ていますから、あとは条約を結ぶだけですが、ゴラの場合は、ゲルギオス様とレイフィーラ様の婚約だけで細かな取り決めがありません。会議で決めるのは条約の締結ではなく、交渉の方針にしかなりません。全臣会議を召集して出した結論が、「ゴラとの同盟交渉を進める」だとしたら情けない限りです。基本的には皆を説得することに力を入れる全臣会議となるでしょう。

 ただし、全臣議会は千を越える人が集まって行われる会議です。そんな人数で「議論をする」というのは無理なので、国連サミットみたいに順番に演説が行われるだけなのですけどね。


 話は変わりますが、今日、私のところに手紙が届きました。差出人はエイビット。俗称「ファースト団」のリーダーファーストさんの“偽名”です。

 ファーストさんが私に送って来たのは初めてのことでそれだけでも驚きましたが、その内容にはもっと驚かされました。ただ、その内容のお話をする前にファーストさん達が今何をしているのかをお話しなくてはなりません。


 いつぞやの牢の中と外での会談。あのときファーストさんことエイビス様が私にお礼として話してくれたのは、「魔砲」の設計図を盗むよう「ファースト団」に依頼した人がいたということでした。「ファースト団」は運び屋だったわけですから、それ自体は何の不思議もありませんが、問題はその依頼人が誰かということです。

 エイビス様と接触したその依頼人は、セルドアの人間のふりをしながらも、デイラード地方特有の訛りがある話し方をしていたそうです。

 デイラード地方とは、デイラード教国を含めてゴラ大陸中北部の湖水地方を指すのですが、その依頼人はデイラード地方でも東より、神聖帝国ゴラの北西部で見られる訛りの特徴を宿していたそうです。

 要するにエイビス様はあの時、「「魔砲」の設計図を盗もうとしたのは神聖帝国ゴラではないか?」という話をしたのです。


 クラウド様曰く、ゴラの密偵がセルドアに潜伏していることは、セルドアス家にとって「公然の秘密」なのだそうです。もっと言えば、一部の諜報員に関してはある程度あちらの情報をこちらにもたらす変わりに身分を保証しているそうです。密偵と言っても、今回のように犯罪に手を染めずに、普通に生活しながら手に入った情報を本国に流しているだけの方もいますからね。全員を拒否する理由はないでしょう。


 そんなゴラの密偵が、今回「魔砲」の設計図の盗難という重犯罪に手を染め、更にはレイラ様を暗殺しようと企んだわけですから、今後、彼らに対する対応は相当厳しいモノになるでしょう。

 それは良いとして、エイビス様の言もあって警戒心を強めたクラウド様は、彼らに対する監視を強化しました。そこで浮かび上がって来たのが、前ビルガー公、エリオット様の周囲に対する反同盟工作です。結果的に、エリントン家の密偵の力も借りてその工作を失敗に追い込み、彼らが逃げるよう促したわけですが……この時密偵が逃げてくれて本国でゴタゴタが起きてくれたら、クラウド様を落ち込ませるような事態にはならなかったかもしれませんね。


 余談ですが、ゴラの密偵は分かり易いそうです。それは別に密偵本人が力量不足というわけではなくて、本国と連絡を取る回数が矢鱈と多いからだそうです。どうやらゴラの皇家は末端の家臣を信頼していないようですね。


 話を戻しましょう。反同盟工作の情報を掴めたのは間違いなくエイビス様の言が切っ掛けです。当然「ファースト団」の方々にはその功績に似合うだけの報酬を受け取って然るべきなのですが、彼らはまだそれを受け取っていません。

 と言うのも、彼らは今、デイラード教国に入り込んでセルドアの密偵となっているからです。厳密に言えば、最初は密偵ですらありませんでしたけどね。クラウド様からデイラード教皇と聖女宛ての親書を携えた密使だったのです。

 そしてそのあとエイビス様達は、市井で生活して情報収集をしている筈です。セルドアスの密偵は送り込むだけ送り込んで、放置が基本ですからね。任務期間中は各々の判断でセルドアに必要と思われる情報だけを送って来るのです。まあ、偶にそのまま居座ってしまうらしいですけど……。

 エイビス様達はそんな密偵として三年間デイラードに潜伏し任務を全うしたら、正式に「陽炎」の諜報員となるそうです。


 さて、そんなエイビス様が偽名を使って手紙を送って来たのですから、これは一大事の可能性があります。いえ、本当の一大事だったとしたら私に手紙は来ませんから、国がどうのこうのではありません。ただ、私にとっては重大なことかもしれないと思いながら手紙を読んだわけですが――――






「そもそも、神学校の卒業生から選ばれるモノだろうが。それに、見習いの頃から死ぬまで独身を貫くのがしきたりだ。もう生娘とは程遠いティアがそんなもんに成れる筈がない」


 旦那様。気持ちは解りますが、


「その言い方だと私が身持ちの悪い女性みたいです」

「実際、私がティアを抱いた回数は裕に――を越えるのだから、ティアが生娘だったらそこらにいる娼婦も皆生娘だ」


 具体的な数字で言われると物凄い数ですね。


「心配しないで下さい。正妃になれなくとも私が旦那様から離れることはありませんから」


 というか、捨てないで下さい。

 ああ、ダメだと解っているのに時を重ねる毎に旦那様に依存している気がします。今ではこうして一緒にお風呂に入っていても恥ずかしくはならなくなりましたが、逆に一人で湯に浸かっていると寂しさを覚えるようになってしまいました。寝台の上ではもっとですし……レイラ様と三人で寝たり出来ますかね?


 あ! 子供が出来ればまた変わるでしょうか?


「困っている人間に対して手を差し伸べずにいられるか? ついこの間だってレイラ様を――――」

「あれは私が適任でした。しかも、セルドアス家の者として赴く必要があることは旦那様も納得済みだった筈ですよ? 私だって我慢する時はします。今までだって全部が全部無事に終わったわけではないのですから」


 出来る限りのことをしたいだけです。ダメなモノはダメと割り切るしかありません。


「同盟が成立してもしなくてもまた世界は動く。デイラード教の力が必要とされるのはそういう時だ。奴らがティアを求めるのも」

「だとしても、私は旦那様から離れられません。世界がどんなに動こうとも、旦那様の傍に居させて下さい」


 自ら身体を反転させ、旦那様と向き合った私が懇願すると、優しい光を宿した旦那様の真っ赤な瞳が降りて来ました。お互いの鼻がくっ付く程近くで見詰め合った私達が、自然と唇を重ねるまでに掛かった時間が長かったのか短かったのか、私には分かりませんでした。






 エイビス様の手紙に隠語をまじえて書かれていた内容は、


 ――デイラードは次代聖女にクリスティアーナを欲している――


 しかも、順調なら二週間後には聖女様ご本人がエルノアに到着するのです。







 2015年12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。

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