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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十三章 嵐の前
196/219

#195.新たな条件

 時は遡り、ルギスタンが新たな条件を提示したその日の夜。


「先のことを考えると、こうして毎晩旦那様と過ごせる日々はこの先そう長くはありませんから」


 いっぱい甘えさせて下さい。


「もう二年以上こうしているが、私は飽きるどころか一層深くティアと繋がっていたく思う」

「私もです旦那様」


 いつものように私をお膝に載せた旦那様を見上げると、


「ティアっ」

「んっ」


 唇を塞がれました。……当たり前のようにこうするようになりましたが、何度しても愛しい人と繋がっていられるのは嬉しいモノですね。

 これが無くなると思ったらそれだけで寂しくなってしまいます。


「良いな」

「はい」


 貪るような口付けをただただ受け入れて暫くすると、全身の力を抜いた私。唇を解放した旦那様はより深い繋がりを求め、私は自分の心に従い素直に返事をします。抗いたいなどとは思っていませんが、今日は余計に抵抗出来ません。


「このままでいたいというのは私の我が儘なのだろうか?」

「王太子様なのですから、私個人とのことは難しいと思います。

 でも、争うのも人なら安寧を望むのも人です。いつの時代も人は争う影では安寧を望み、安寧の影では争いを繰り広げていました。それは事実です。ただ、次の時代がどちらになるかは、自分達で決められます」

「セルドア国民だけが相手ならば、安寧を望んでいることに疑いはないのだがな……」


 ……旦那様も不安なのでしょうか?


「誰しもが同じように考えられるわけではありませんけれど、私達が前世で生きていた国はとても平和な国で、戦争なんて本当に外の世界や過去の出来事でした。話に聞くことはあっても実際に見たことがある人はホンの一部だったのです。

 そんな国の人と、セルドアやイブリック、ルダーツの人とを比べても、別種の人間だとは思えません。世界が違っても人は人です」

「前世の人間達に出来たことが我々に出来ない筈はない。そう言いたいのか?」

「それは判りません。人が生きている限り争うことが当たり前の時代もあれば、争うことが全くない時代もあります。でも私は、「争いばかりの時代を創った」と思われたくなければ、思いたくもありません。なら頑張るしかありませんよね?」

「ティアにとって時代は創るモノか」


 大袈裟ではなくクラウド様はそういう立場にあると思いますよ?


「流されるままに生きて後悔するなら、足掻けるだけ足掻いた方が良いです。それに――――


 まだ何も決まっていませんよ?」


 まだまだこれからです。


「そうだな」


 その赤い瞳を覗き込みながら笑い掛けた私をそっと寝台に下ろしたクラウド様は、優しい笑みを向けてくれました。


「ティアは本当に美しい」

「ただ、この世界でも前世の世界でも全部が全部上手く行くというのはただの絵空事ですよ?」


 頬に触れた大きな手に私の手を添えて話すと、旦那様は目を見開きました。多分クラウド様は、大陸のことではなくて私のことを考えていただけですね。


「人には皆、多かれ少なかれ夢や望みがあります。望みの全てを叶えられる筈はありません。どこかに妥協は必要です」

「私が幾らティアを望んでも手に入らないというのか?」

「勘違いしないで下さい。旦那様が私だけのモノでなくとも、私は旦那様だけのモノです。もう二年以上前から。そして、何があってもそれは変わりません」


 これだけは確信を持って言えます。例え旦那様が心変わりしても。


「ルイースの言う通り、ティアを閉じ込めたのは失敗だった気がする。強引にでも二年前に正妃にすべきだったな」

「後悔しても仕方のないことです。それに、王太子妃なら連れ回せても、忙しい正妃はそうはいきませんよね? そうだとしたら────」






 翌日の放課後。院生会室。


「ゴラが同盟を提案して来てから二日でルギスタンが条件を変更。奴らゴラの動きに気付いていたということでしょう?」


 新副会長となったエイドリアン様が質問すると、


「普通に考えればそういうことですね」


 二期連続で会長に当選したウィリアム様が答えました。


「普通じゃなかったとしたら何があったの?」


 続いて会計となったベニート様が質問すると、


「ビルガー公の代替わりの前に準備をしていた条件を提示したとか、セルドア側が漏らしたとか」


 二期連続で書記に当選したルンバート様が答えました。


「セルドアが漏らしたなんてことあるの?」

「ゴラの皇家は信用出来ない。内々に打診があった段階でルギスタンに漏らす人間が居ても不思議ではない」


 ……張本人がそれを言いますか?


「ゴラは信用出来ませんか?」

「出来ないな。セルドアではあまり知られてはいないが、ゴラの皇家は正式な条約すら強引に条件を変更することなど日常茶飯事だ。武力で恫喝するのは毎度のことだし、密約を破った例は数知れない。だから気を付けろ。奴ら確実に外征派を切り崩しに来るぞ」


 エリオット様の影響でビルガー家の統制力が落ちている今、若いエリアス様が外征派を御しきれる筈はありませんからね。外征派の一部は既にゴラとの同盟に向かって動き始めているでしょうね。ゲルギオス様としては、代替わりするまでエリオット様に付いていた外務省の役人を標的にすれば良いわけですから、人を選ぶ必要もありませんし……。


「最後まで父上に付いていたのは皆ルギスタンと戦をしたくてしょうがない者達ですからね。そうでなくとも兄上では抑えきれる相手ではないのに……」

「クラウド様の言う通り、ゴラの皇家が信用ならないとは知られていないですから、直接切り崩されていなくともゴラに靡く貴族もいるでしょう」

「何も知らない私なんぞは、長年敵対していたルギスタンよりゴラの方が良いと考えてしまいますが、ゴラの皇家はそこまで信用ならないものですか?」


 クラウド様に向けて質問したのは、監査に当選したハイラム・ロー様。男爵令息で魔撃科の二年生です。


「イブリック大公の交替劇は知っているだろう? あれを詳しく調べれば解るが、最初にイブリックを訪れた使者は前大公を執拗に挑発している。ハドニウス様がそういうことをしかねない人間だと把握して仕掛けたのだ。そして、初めから準備をしていたように港を封鎖した。結果的に刺繍絵一つで引き下がったわけだが、我々が動かなければ今頃イブリックが戦乱の最中にあったとしても何ら不思議はない。これがゴラのやり口だ。信用出来るか?」


 もっと言えば、ハドニウス様が問題を起こさなければ、何かしら問題が起きるまで居座ったでしょう。まあそうなった場合なら、レキニウス様が対応に出てなんとか丸く収まったと思いますけど。


「……刺繍絵一つで引き下がった?」

「知らないのですか? 封鎖の解除は結果的に刺繍絵と交換だったのですよ。クリスティアーナ様が描いた」


 その捕捉は必要ないと思いますよウィリアム様。


「クリスティアーナ様が? そんなに凄いモノなのですか?」

「そこの机の倍ぐらいある大きなモノでしたので確かに迫力ある作品でしたが、外交取引に使えるようなモノだったとは思えません。残念ながら今はゴラに運ばれてしまったようですからお見せすることも出来ませんし……」

「それで封鎖が解かれたのは事実でしょう?」


 確かにそうですが……そう言えばユンバーフ様がこのことで矢鱈と私を持ち上げていましたね。


「エルノア湖から見える王都と城を描いた作品がもうすぐ完成する。それを見れば納得出来る」


 納得出来るってクラウド様。私を誉めても何も出ませんよ?


「やはり兄上。クリスを学院に閉じ込めたのは失敗だったと思いますよ」


 胡散臭い笑みをクラウド様に向けたウィリアム様です。……最近良くそんなことを言う人がいますけど、私が結婚したのは停戦協定の前ですからね。


「お前までそんなことを言い出すなウィリアム。まだ何も決まっていない」

「でも同盟が成立してとばっちりを喰うのはクリスです。クラウド様が悪手を打ったのは間違いないでしょう?」

「ルンバート様。私は正妃を望んでいるわけではありませんから」


 クラウド様を責めないであげて下さい。


「え? そうだったのですか?」

「私はクラウド様の傍にいたいだけです」

「こんな美人にこんなにも想われて、羨ましい」

「でも一番近くには居られなくなる。それと、それを後悔しているのはクラウド様でしょう?」

「否定は出来ない。だが、魔技能値が1しか無かったクリスを正妃にすると発表出来無かったのも事実だ」


 結果からはなんとでも言えますが、当時はそこまで間違った選択だとは思いませんでしたしね。


「それにしても、良く提示しましたねルギスタンは」

「そうですね。ブローフ平原全域をセルドア領土とする。そんな条件を条約に明記するなんて向こうには相当な覚悟が必要です」

「ルギスタンもゴラが信用出来ないのだろう。ハイテルダルとの同盟が崩れれば、ルギスタンにはあまり選択肢がない」


 ハイテルダルもハイテルダルで、今の皇王陛下は信用出来ないでしょうしね。


「それはルギスタン側の事情ですが、セルドアとしても厄介ですよ。幾ら姫として教育を受けた方でも、後宮の事情を何も知らない方を正妃に迎えるのは」


 ルギスタンが新たに示した条件は、ブローフ平原全域をセルドア領とすることだけではありません。その交換条件のように示されたのは――――


 ルギスタンの皇太子レイラック様の長女レイラ様をクラウド様の正妃とすることです。



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