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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十三章 嵐の前
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#194.相容れぬ者

二重間者ドミニク視点です

 初動が遅れたふりをして部隊の最後尾に付くことに成功した俺は今、自分の足音すら聞こえない豪雨の中下草の多い急な斜面を下りている。

 先頭を行ったバスクが今どうなっているか知らないが、戦闘音はまだしていない。そもそも、雨の影響で前の奴の影が辛うじて見えている程度で、俺はそれについて行くのが精一杯だ。足下すらろくに見えてないんだからこれ以上速くなんて走れないし、一歩一歩踏み締めて歩かない限り躓くかと思う程ぬかるんでいる。


 ってか、普通中止だろ。


 方向感覚すら危うくなるような豪雨の中急な斜面を降りること三十秒程。晴れてれば疾うに戦闘が始まってても不思議じゃないが、未だにそんな気配は感じられない。箱馬車だって二台あったし、この状況じゃ標的がどこに居るかも判らない。中止して別の機会を待つのが正解だ。

 しかも、質問出来なかったから知らねえが、イゴールとかいう奴の部隊と合流する予定だったんだろ? 明らかに戦力が足りねえじゃねえか。その時点で中止じゃねぇのかよ。バスク一人がそうなら解るけどよ。部隊の誰も中止を提案しないって頭おかしいぞお前ら。


「うわ! 痛っ」


 愚痴のようなことを思い浮かべながら駆けて、いや、歩いていると、俺は足を滑らせてこけてしまった。……ああついてねえ。尻もち着いたなんて何年ぶりだ?


 ああ! 剣が!


 両手をついて立ち上がろうとした俺の手から、鞘から抜き放っていた剣が離れた。温暖な気候故の葉の長い草の生えた斜面をズルズルと落ちた俺の剣は、この豪雨によって出来た小さな川の流れに乗り俺の視界から消えた。その“小川”は明らかに街道とは違う方向へと流れ下りている。……幾らバスクでも、魔法がろくに使えない俺に剣無しで戦えとは言わないよな?


 仲間(仮)を追うことを諦めた俺は、剣を追い“小川”に沿ってぬかるんだ斜面を下りて行く。歩き始めて一分も経たないうちに斜度が緩くなり、水の流れは拡散していた。流れが緩くなった場所で一旦立ち止まり、前後左右を見渡しても剣は見当たらない。


 暗殺が成功してたら俺は殺されるな。


 とは言え、丸腰で街道に下りるわけにいかない俺は一歩一歩草の陰を確認しながら歩いていると、自分の周りで起きていた異常な気配に気付いた。


 雨が止んだ? あの豪雨が? いや、音はしている。なのに何で俺のところは降ってないんだ?


 疑問を持ちながら真後ろに振り向き空を見上げると、想像以上の事態に俺の思考は数瞬の間停止した。当然だ。俺の視界に映っているのは豪雨を降らす黒い雨雲とその“上”の青空だったのだから。


 低い。なんだこの異常に低い雲は。しかも、スゲー小せえぞ。


 異常に低い位置に佇むその真っ黒い雲は、俺達が潜伏してた尾根から街道の少し手前までしか覆っていない。しかし、その大きさの割にトンでもない豪雨が降り注いでいる。そう。これはまるで、


「部隊の視界を遮る為に降ってるみてえじゃねえか」

「その通りだよ」


 その異常な空を見上げたまま思わず呟くと、真後ろから突然男の声がした。


「はい。動かない。首以外を動かしたら命は無いよ」


 振り向こうとした直後に感じた背中に突き付けられる鋭い感触に全身を硬直させた俺は、言われた通り首だけを動かして後ろを確認する。すると、濃い緑と茶色の不規則な斑模様に染められた動き易そうな装束に身を包んだ若い男が俺に短剣を向けていた。


「……お前は誰だ? ゴラの暗殺部隊員じゃないよな?」


 今の俺も含め、奴ら皆山賊みたいなボロボロな服を着ていた。コイツは絶対違う。


「相手のことを訊きたいなら、先ず自分から名乗るモノだと思うよ」


 雰囲気は相当な手練れだが、話し方は妙に軽い。変な奴だ。


「ドミニクだ」

「クローと言います」


 ……素性を訊いたら、俺から言えと言われるか? だろうなぁ。


「ドミニクさんというとルアン伯爵騎士のドミニクさんですか?」


 ん? コイツ……ルギスタンじゃなくセルドアの人間なのか? セルドアがレイラ王女を助けた?


「こちらの事情を知っているなら解放してくれないか?」

「僕は報告を聞いただけで名前しか知りません。貴方が本物のドミニクさんと判るまでは解放は出来ません」

「俺の顔を知っている奴が近くに居るのか?」

「ずっと貴方に張り付いていた部下が来ていますから心配せずとも大丈夫ですよ」

「ずっと?」


 ……俺は監視されていたということか?


「ええ。まさか二重間者になるような人間がレイノルド様から信頼されていたなんて考えてませんよね?」


 文句言っても意味がねえか。話を逸らそう。


「そりゃそうだが……いつまでこうしていれば良いんだ?」

「高々十人足らずを制圧するのにそう時間は掛かりませんよ」

「三下とまでいかねえが俺は多分あの中で一番弱かった。奴ら結構強えぜ」

「そうでしょうか? もう一つの部隊の方々もそれ程でもありませんでしたし、我々の戦力は合計で四十人を越えます。怪我人ぐらいは出ると思いますが、それほど時間は掛かりません。ご覧の通り、目隠しされていますしね」


 もう一つの部隊。……やっぱり奴ら事前に戦力を削られてたってことか。


「これはいったい何なんだ? 「魔砲」と同じ新兵器か何かなのか?」


 まあ、公に「魔砲」が火を吹いたことは一度も無いから他国は威力の程が判っていないわけだが、魔法学院内では実射試験が出来ない程強力なのは間違いないからな。


「いいえ。魔法です。個人の」


 は!? 個人の?


「終わったようですよ」

「あん?」

「晴れて来ました」


 ……こんなに天気良かったんだな。


 どうでも良いようなことを考え始めた俺が本当に驚かされたのは、“目隠し”をしたのが金髪の側妃だと知った時のことだ。






 数日後。


「当たり前ですが、セルドアに戻って来たら貴方は逮捕されますのでその積もりで」


 ……最後までこの男が考えていることは読めなかったな。何より、伯爵家の嫡子本人があんな所にまで出向いた理由が判らない。コイツにシルヴィアンナ、そしてクリスティアーナ。いったい何考えてやがんだコイツらは。


「分かってる。アイツらも死刑にならねえってなら、二度と大陸には戻って来ねえよ」


 レイラ王女暗殺の実行犯の処置は、まさかの本国移送だった。敢えて公表せず秘密裏に処理して皇帝陛下に恩を売り、ゴラ国内での保守派の活性化を狙ったようだ。

 奴らがゴラの暗殺部隊である証拠は一つも無いのだから、レイラ王女暗殺未遂を公にした所でゴラを責める事は出来ない。セルドア国内ではどうやっても水掛け論にしかならないわけだ。ならば敢えて公表せずに、“脅す”形にしてゴラの保守派を活性化させるのは確かに効果的だ。これで、セルドアの貴族に金をばら蒔いていたゲルギオス様を金銭的に支えている革新派の動きを封じる事が出来るだろう。

 それは理解出来るが、セルドアスとしてゲルギオス様を一切糾弾しないという姿勢はゲルギオス様を増長させ兼ねない気がする。ゲルギオス様は後ろ楯なんてなくとも好き勝手振る舞う。無駄に誇り高い、ゴラの皇家であることを鼻に掛けている男だからな。

 とは言うものの、魔力がなくなったら魔法は使えない。ゲルギオス様にはもうセルドアの貴族を引き込む手段がない。いや、元々そんなモノはねえな。ゲルギオス様がセルドアの王太子ぐらい風格のある指導者なら話は別だろうが、ルギスタンが同盟の条件を変更した時点で手詰まりだったんだ。だから、金をばら撒いたり王女暗殺を企んだりしていたわけだしな。


「彼らは貴方が裏切ったことは知らない筈ですけどね」

「捕まった直後に拘束されていない俺を見られているかもしんねえだろ。少しでも恨まれている可能性があるなら俺は逃げる」

「そうですか。お好きになさって下さい。お約束した通り、路銀は用意します」


 ……俺に対してなんの感情もないのかコイツは。


「答えられないなら答えなくて良いんだけどよ。あんときは何であんな人選だったんだ?」


 別に知らなくとも良いけど、気にはなるんだよな。


「公の部隊を動かすとゲルギオス様に気付かれる可能性があったからです。暗殺を中止させることなく一味を捉えたかったら、ああいった人選にしかなりません」


 理屈は解るが、


「幾らなんでも、伯爵家の嫡子とか公爵令嬢とか側妃とかあり得ねえだろ」

「確かに通常ならあり得ない人選でしょう。ただ、提案したのがその側妃です。彼女ならレイラ王女を迎えに行くなんて大義名分を掲げて、近くまで近衛騎士団を移動出来ますから」


 その動きのお陰で、暗殺部隊はあの場所で襲撃を仕掛けるしかなくなったわけだ。ただ……近衛騎士を近くまで動かしておいてそれを囮にし、別の部隊で敵を捕えるなんて真似普通するか?


「全部計算ずく、お前らの掌の上で踊らされたってわけか」

「彼女はレイラ様を守りたかっただけだと思いますよ。それには彼らを捕らえてしまう方が良かった」

「暗殺部隊だってことは判ってたんだ。殺す方が早いだろ。捕らえたのは利用する為じゃねえか」

「いえ、彼女にそんな気は毛頭ないでしょうね。彼女が考えていたのは単純に、「人殺しはさせたくない」それだけです」

「側妃で良かったな。そんなんが正妃になったら大変だ。正妃なんて地位は他人を蹴落とす覚悟がない奴には勤まんねえ」


 お人好しに高い地位を与えたら大変だ。


「やはり。私の判断は間違いではありませんでした」

「あん?」


 判断って何の話だ?


「貴方と私は決して相容れない。貴方を部下にしないで良かった」


 ……成りたいとは思って無かったが、そうハッキリ言われると以外に傷付くな。


「さようなら。お達者で」

「じゃあな」


 一週間後、ゴラ大陸を発った俺が二度とその土を踏むことが無かったのは、何も帰りたいと思わなかったからではない。


 間違えてドローポット行きの船に乗り帰れなくなったからだ。







 2015年12月26日から12月31日まで一日三話更新します。0時8時16時です。それで本編が完結します。


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