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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十三章 嵐の前
193/219

#192.二重間者の危機

二重間者となったドミニク、元とある間者視点です

 二重間者になって約二ヶ月。幸いあの融通の利かない馬鹿にも疑われずにいる。


 レイノルドは俺に大した命令を出さない。俺がどんな報告をしたか、俺にどんな指示があったか、他にどんなことを話したか。それは具に報告しろと言われたが、それ以外殆んど何も言って来ない。どうやらゴラの動きを知りたいだけのようで、俺に何かさせようとは最初から考えていなかったようだ。

 二重間者なんていつまでもやってられねえからこれで構わねえっちゃ構わねえが、俺自身の力は頼りにしていないということだ。元々ゴラの間者だった俺に対する処置としては当然、いや、寧ろ寛大だが、それは同時にいつでも切り捨てられるということだ。


 ゴラがセルドアに同盟を申し込んでからは、かなりきな臭い動きが増えて来た。特に、ゲルギオス様がエルノアに到着した二週間前からはルギスタンの皇太子とその周辺を詳細に探るよう言われた。しかも、護衛のことまで。


「ゲルギオス様はレイラック様の暗殺を企んでいる」


 レイノルドは勿論、俺の報告を受けた奴らは誰でもそう思うだろう。残念ながらこれを否定出来る根拠は無い。理由は他でもない、ゴラの同盟の申し込みに対してセルドアの反応は想像以上に鈍かったからだ。

 いや、最初だけは少なからずゴラに靡く様子が見られたが、ルギスタンの素早い条件変更でゴラに傾いた奴らに迷いが生じた。加えてゲルギオス様にはセルドアの上位貴族を説得出来るような才覚が無い。実際、エルノアに到着して早々ゲルギオス様がやったのは、革新派の資金力を使った買収だ。

 それ自体はそれなりに効果が有ったようだが、王家は一切靡かないどころか当の国王に接触出来ていない。まあそれはゴラの外交官達に色々と問題があるからだが……。なんにしても、自分達に靡かないセルドア貴族を見た若き皇太子が、安直に暗殺を計画したとしても違和感は感じない。ただ同時に、


「戦力が足りないのでは?」


 というのも必然的に湧き出て来る疑問だ。ゲルギオス様にはそれなりに護衛が付いているが、それを動かしたら犯行を疑われる。いや、そもそもゲルギオス様に付いている護衛もレイラックに付いている護衛も数に大差はない。余程の手練れがいない限り暗殺どころか、殺すことも叶わない。勿論これはゴラも気付いているが……どこから戦力を回す? 流石に俺達だけなんてことないよな?


 ってか、俺がヤバイ。俺が二重間者だと知っているのはレイノルドの周辺の極一部の筈だ。もし実行することになったら、レイラックの護衛は勿論、セルドアの王国騎士からしても俺はただの暗殺犯だ。実行する段になったら速攻バックレねぇとな。


 多分、今日辺りが最後だ。






 俺はいつものようにドセの森を訪れた。ドセの森は高温多湿な気候故の鬱蒼とした森だ。視界の狭いその森の獣道を、奥へ奥へ一時間近く歩くとそこそこ大きな池が見えて来る。そして池を回り込むと樵小屋が視界に入るわけだが……誰か居る。

 いつもは俺達以外の人影など影も形も存在しないそのボロ小屋だが、細身な奴とは明らかに違う長身で体格の良い男が小屋の出入り口の傍に居る。それを見た俺は、近くの木の陰に隠れそっと顔出してその男の様子を観察した。


 少しすると他の男が二人小屋の外に出て来た。物置のようなその樵小屋は五人も男が入ればいっぱいだが、まだ中に居るような気配がある。全部で四人? いや、小屋の向こう側にもう一人居る。五人以上だ。

 全員山賊みたいなボロボロの服を着てはいるが、武器だけは立派だし周囲を警戒しなれてる。奴に似た影の手練れの雰囲気もあるし……こりゃあどう見ても訓練を受けた奴らだ。トンズラこくしかねぇな。帰ろう。序でにルアン家、いや、セルドアからもおさらばだ。


 そう思って踵を返そうとしたその時、


「動けば刺す」


 真後ろから殺気の籠った男の声がして、背中に切っ先を当てられたような感触がした。全く躊躇無く人を殺しそうなその声と鋭い切っ先の気配で全身を硬直させた俺は、恐る恐る首だけを回して後ろを確認する。


「樵には見えない。こんなところで何をしている」


 細身で山賊みたいな格好。奴らの仲間か。


「バスクって奴に会いに来た」


 バスク。あの融通の利かないあの馬鹿の偽名だ。コイツらがゴラの暗殺部隊ならこの名前を知っている。どうでも良いが、コイツらどうやってセルドアに入って来たんだ?


「ならなぜお前は今逃げようとした? 会いに来たなら声を掛ければ良い」

「俺はお前らが誰だか判らない。武装した山賊を見たら逃げ出すのは当たり前だろ?」

「お前が我々の味方なら、我々の素性に見当が付く筈だ」

「見当は付いても確信は持てねえ。敵である可能性は低くねえ。勿論殺される可能性も」


 自分らが不審な格好してる意識ぐらいあんだろ?


「……バスク!」


 少し考えた間思案していた後ろの男が樵小屋に向かって声を張ると、程なくして中からバスクが出て来た。奴は小屋の近くにいた山賊達と少しやり取りしたあと、ゆっくりこちらに歩いて来る。


「……何をしているドミニク」

「取り敢えず、コイツに剣を引くように言ってくれないか?」

「何をした」


 疑ってやがんな。


「小屋に山賊がいたから逃げようとしたら剣を向けられた」

「彼らが来ることぐらい察しが付く筈だ」

「具体的には何も聞いてない俺には敵である可能性を否定出来ない。捕まって拷問を受けたら黙ってられる自信がない。逃げようとするのは当然だろ?」


 ジロリと舐め回すように俺を見たバスクは、そのまま暫く沈黙したあと、


「殺せ」


 冷たい声で命令を下した。


「待て待て! コイツらを呼んだってことはあと数日で決行するんだろ? だったら監視を置くのもそう手間じゃない。戦力は一人でも多い方が良いんじゃないか? これでも伯爵騎士なんだぜ」

「……どうするんだ?」


 バスクは冷たく俺を睨み付けたままだが、後ろの奴は迷ってくれたようだ。


「コイツは元々上の命令に異を唱える規律違反の常習者だ。少しでも怪しい動きを見せたら殺すべきだ」

「しかし、イゴールの部隊とは未だに連絡が取れていない? 戦力が多い方が良いのは間違いないぞ」


 部隊と連絡が取れていない?


「少しでも逃げるような素振りを見せたら殺す」


 ……ギリギリ助かったか。






 二日後。朝。俺とバスクそして樵小屋にいた暗殺部隊の七人は今、セルドア東部のとある山中に潜伏している。


 この山、厳密には山脈は、セルドアの東部と中央を隔てる比較的小規模の山脈だ。セルドアの中央平原は運河が発達していて舟が最も有用な交通手段だが、この山脈より東は馬車が主要な移動手段だ。故にこの山脈を越える街道は何本かある。そんな中で俺達が潜伏しているのは、王都エルノアとブローフ平原を一直線に結ぶブルノア街道、一番整備されたその街道を上から見渡せる尾根の上だ。


 昨夜のうちにこの峠道に入った俺達は、夜明け前からこの場所に潜伏してもう三時間が経つだろう。昨夜から一睡もせずに戦闘に挑むことも無謀なら、僅か九人で要人を暗殺しようなどと不可能に近い。

 だが、バスクがそう言った以上逃げる素振りを見せたら殺されることは間違いない。いや、命令に反するどころか、質問することすら赦されない。だから、何故こんなところに潜伏しているのかその理由を俺は知らない。


 この街道はエルノアとブローフ平原、詰まりルギスタンとを結んでいる。しかし、レイラックがルギスタンに戻ったなんて話は知らないし、ゴラの横槍を受けて同盟交渉は一時混乱状態にあった。今は多少落ち着きを取り戻してはいるが、レイラックがエルノアを離れるとは考え難い。だとしたら……。


 潜伏場所に音もなく暗殺部隊の斥候が戻って来て、俺の横で草むらの中に伏せたバスクに話し掛けた。


「対象、最終確認地点を通過。馬車3。護衛24。いずれも騎乗。対象は二つ目の箱馬車」


 24騎かよ。馬車の中にも護衛は居るだろうし、幾ら高所から魔法を使っても無理があんだろが。


「リグ、近衛に動きは無いな?」

「ありません」


 どう考えたっておかしな動きをしていたのに、本当に近衛には何の動きも無いのか? しかも、少し前に霧が出て標的が見えなくなったとか報告があった割りに、順調に来たようだし……。


「要警戒。最終確認」

「……バスク。一個だけ訊いて良いか?」

「下らない質問だったら今すぐ殺す」


 街道を注視していたバスクに小声で話し掛けると、ホンの少しだけ俺の方を見たバスクは、全く感情を伴わない無機質な声で答えた。


「標的の特徴は? 逃げ出したところでもう遅いし、教えてくれなきゃ暗殺も何もないだろ?」

「黄緑の髪に深い紫の瞳。小柄で華奢な女。歳は14」


 やっぱりそうか。


「レイラ王女」


 普段エルノアの王宮で生活していてセルドアの王国騎士に守られている皇太子を殺すのはかなり無理があった。だから標的をレイラ王女に切り替えることは充分考えられる。


「余計なことを言うな」


 標的はそういう特徴の女ではなくレイラ王女だろうが。影武者だったら全く意味がねえぞ。


「雨?」


 近くから声が聞こえたと思ったら、草むらに伏せた俺の肩にも雨粒が落ちて来た。霧が出た後に雨? 妙な天気だな。


「来た。最大警戒。気配途絶。合図あるまで消音」


 峠道を曲がって一団の先頭を行く騎士が見えた途端バスクの声がした。そして……周りにいた奴らの気配が全く感じられない。コイツらはやはり一流の暗殺部隊なんだな。


 そのまま出来るだけ気配を殺して待つこと数分。その時は訪れた。


「突撃」


 バスクの合図で暗殺部隊が動き出した。……標的の馬車がどこだか全然わからねぇじゃねぇか。

 この数分間で雨足は急激に強くなり、極端に視界が狭くなった。温暖な気候故の局地的な強烈な雨は、通常の火魔法を無効にし、矢を射ることが出来なくなる程視界を悪くする。通常なら延期にするぐらいの豪雨の中、俺達は街道へと降りて行ったのだ。


 この雨が偶然ではなかったことを知ったのは、僅か数十分後のことだった。







 明日2015年12月26日から12月31日まで0時、8時、16時の一日三話ずつ更新します。それで本編が完結します。

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