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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十三章 嵐の前
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#189.神聖帝国ゴラ

レイラック視点です

「安易に答えることは勧めませんよレイラック様。この会談はルギスタン帝国の命運を握っていますから」


 全く脅しには聞こえないルイース殿下のその言葉に、私は沈黙するしかなかった。


 今日の今日で舞踏会に招待された段階で何かしら裏がある可能性は考えていたが……。「帝国の命運を握っている」そんな表現を使う程、重要な話があるというのか? いや、「安易に答えるな」ということは、私の回答如何によって対応を変えるということだ。

 なんて結論着けたところで、正解がなんだかは全く見当が着かないがな。


「何か重要な話があるのでしょうか? この問答はその為の試験?」


 幸い二人共年下だ。やり込められたりはしないだろうし、こんな時は回りくどい言い回しをしない方が話が見える。


「試験という程ではないですが、そういうことです。ただ、貴方自身がどうのこうのというより、国としてどう動くかを知りたい。それに、我々も戦争を望んでいるわけではない。そう意地の悪いことをする積もりもない」

「そもそも、こんな対談程度で腹の底を見せてしまうような人間に太子が勤まるとは思えません。確認したいのは表面的なことですよ」


 私は彼らの親と同世代なんだがな、色んな意味で勝てる気がしない。


「それで、何をお知りに成りたいので?」

「ルギスタンとしてゴラと同盟を結ぶことを考えているかどうかです」


 これはまた……全く遠慮のない質問だな。


「当然考えている。出来るか出来ないかを聞かれたら、その答えはそちらも明確にお持ちのはずだが?」


 我がルギスタンは、ブローフ平原がなくとも輸出が出来る程食料生産に於いて極めて安定した国だ。額面ではセルドアに遅れを取るが、率で考えれば上回る。山ばかりの地形で食料を輸入に頼っているハイテルダルや、乾季を保存食で賄っているゴラから見れば魅力的な土地なのは間違いない。デイラードが敵でなくなれば、「魔砲」とは関係なしに両国はルギスタンに野心を見せるだろう。同格以下のハイテルダルならば兎も角、圧倒的に国力で劣るゴラとの同盟の成功率は、極めて低いと言わざるを得ない。

 というよりそれ以前に、神聖帝国ゴラの皇家はどうにも信用ならない。平気で停戦協定を破ったりするのだから当然だ。故に大陸東部の国々とも上手くいってないのだし、“事情に詳しい者は”ゴラの皇家に対して強い警戒心を抱いている。


「なら、ルギスタンに今以上の妥協の可能性はないと?」


 ん? 同盟に賛成している王家がそれを訊くのか? この質問が重要案件に直結した質問だとしたら、今の条件を更に緩和しなければ同盟成立は厳しいということになる。今までもギリギリの譲歩をして来たが……。


「“現状では”不可能です。ルギスタンが最大限の譲歩をしていることぐらい承知の上でしょう?」

「まったく我らとしては羨ましい限りです。ブローフ平原の四分の三なんて条件聞いたら疾うに飛び付いていますよ。ルダーツとセルドアでは比べ物に成りませんが……」


 そこで嘆かれてもな。


「これが二百年前ならば一年も掛からずに同盟が成立しているだろうが、平原の西端で開墾が進んでいる今日日では、セルドアもそう簡単に妥協出来ない」

「だからといって限度がある」


 ゴラが攻めて来ることを考えれば、妥協するのは当然ルギスタン。誰もがそれは解っているが、ルイース様の言う通り限度はある。


「エリオット・ビルガーとクランク様が両国の代表でなかったら、もう成立していた可能性もあるだろう?」

「あと早々にクリスティアーナ様を正妃にすると発表していれば拗れなかったかも」


 それはそれで色々と大変だろうし……。


「魔技能値1のまま正妃にするなんて発表したら、エリオットはもっと暴走しただろう」

「いや、結局クラウドはクリスティアーナ様を傍に置いときたかっただけだ」

「……ルイースは本気で人を愛したことがないから平気でそういうことが言える。それに傍に居ることはクリスの望みだった」


 否定はしないんだな。


「結果的に悪手だったわけだろう? 彼女を閉じ込めたのは失敗だったと思うけどな」

「クリスの話はもう良いだろう。問題は同盟だ。

 レイラック様。三日前、王家に内々に打診があった」


 姿勢を正しその赤い瞳に光を宿したクラウド殿下が、私の目を見ながら話始めた。どうやら本題に入ったらしい。


「内々の打診を私に話すのですか?」

「厄介なことにこれは我々の同盟を崩すことが目的である可能性が高い。そして、形振り構わないのが奴らの手口だ。外交で信頼を勝ち取ろうとはして来ない。必要が無くなったらどんな約束でも簡単に破るし、武力を用いてのごり押しなど毎度のことだ」


 それは詰まり、


「相手は神聖帝国ゴラですか」

「ええ。だからこんな形で話すことに成ったのですよ」


 ゴラが大陸中に密偵を放っているのは有名な話だ。社交の場などには必ずと言って良い程奴らの密偵が居ると見て良い。厳密には、彼らの“耳”となっている人間が入り込んでいる。だから舞踏会で我々三人が同じ控え室にいるとなれば、相手にそれが伝わってしまう。


「わざわざ舞踏会で?」

「ええ」


 詰まりこれは罠。セルドアス家はある程度ゴラの密偵を動かせる状態にあるわけだ。そして、内々の話を本当にバラしてしまい、我々の協力を仰ごうとしている。……色々考えているな。


「具体的な打診の内容は?」

「同盟です。ブローフ平原全域と“旧”ルギスタン領の半分が条件です」


 ……そんな無茶苦茶な条件を誰が呑むんだか。


「まあ勿論、公に条件にするのはレイフィーラとゲルギオス様との婚約だけですが」


 ゴラの現皇太子は既婚者の筈だが……。


「残念ながら、セルドアでもルダーツでもゴラの汚いやり方はあまり知られていないですからね。貴族達を迷わすには充分です」


 ルギスタンでもそれは同様で、結果的に大きな損害を被るのが一部の人間に留まるよう狙いを定めて来るのが奴らの常套手段だ。故に、一部には蛇蝎の如く嫌われているが、奴らの汚いやり口は一般的に知られていない。


「しかし、セルドアス家相手にそれをやりますか?」


 セルドア国内の他の貴族相手なら兎も角として、今のセルドアス家を敵に回すなんて愚か過ぎる。ゴラの皇家は未だに自分たちが大陸で最も影響力のある家だと思っているのだろうか? 元々互角程度だったモノが、クラウディオ様の治世で完全に水を開けられ久しいというのに……。


「本気で同盟を結んでルギスタンを潰そうと考えている可能性も否定は出来ないでしょう」

「いや、それはない」


 他国の行動を否定したクラウド殿下のその言葉には明らかな確信があった。


「何故でしょう? ゴラとハイテルダルの連携はそこに狙いがあるのでは?」

「それこそ、ブローフ平原での戦いを見れば解るが、セルドアには元々他国で戦をする地盤がない。守ることは長けていても攻めることは得意ではない。ゴラと同盟を結んでルギスタンを半分に分けるなんてことは元々出来ない」


 言われて見れば確かにそうだ。セルドアは守りには長けているが攻めは不得意だった。だからと言って、本気で攻め手を取ればルギスタンが落とせないなんてことはない。何しろ国力差が……。


「それに、ゴラとデイラードの同盟はいざ動き出したらあっという間に破られる可能性が高い。最初から奴らの狙いはそこにある気がする」


 その可能性も考えていなかったわけではないが、


「それはただの推測でしょう。ゴラとデイラードの間に同盟の動きがあったのは間違いない」


 仮に今現在ゴラがデイラードに狙いを定めていたとしても、我々の同盟が成立しなければ変更は充分可能だ。ルギスタンが危ういのは間違いない。


「だからこそ、ルギスタンには更なる妥協が必要になるかもしれません」


 更なる妥協……。


「平原の住民達に移住を促すまでしていたのだから、準備はしていたのでしょう?」


 バレているのか。


「そう簡単に提示出来る条件ではありません」

「私個人としても提示して欲しい条件ではないが、ゴラは恐らく裏で貴族達を懐柔するでしょう。提示したとしても厳しい戦いを強いられます。だからと言って、今の情勢を考えればセルドアスが力を失うようなやり方はもっと出来ない。残念ながら、選択肢がありません」


 セルドアスが力を失う。詰まり国内の貴族の意見を無視してゴリ押しする。それが出来ないとなれば……複雑だな。お互いに。


「同盟か戦乱か。こんなにも急に、こんな時代が訪れるとはな。何とかして食い止めるしかないでしょう」

「まだですよ。まだ時代は訪れていない。百年経って戦乱が訪れていなかったら、初めて「平和な時代だった」そう言える。時代なんてモノは後付けで名前が付くモノだと、そう言われました」


 言われた? 誰に?


「だから、運命なんて変えてみせろ。王太子なんだからそれぐらい出来る。私も揃って怒られましたよ」


 怒られた?


「焚き付けただけで怒ってはいないだろう」

「いや、あれは母上に叱られている気分だった」

「……誰にです?」


 王太子二人を叱りつけるなんてそんなこと誰がやるんだ?


「「クリス」ティアーナ様」


 神聖帝国ゴラが正式にセルドアへと同盟を申し込んだのは、その五日後のことだった。







2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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