#188.三人の太子
レイラック視点です
「急拵えの割には人が多いッスよね」
「ああ。しかもシルヴィアンナ嬢にビルガーの新公爵、ベルノッティの嫡子、それからレイノルド・ルアン。上位貴族本人はあまりいないようだが、次世代の要を抑えてる」
今クラウド殿下を囲んでいる陣容だけ見ても数日で集めた出席者とは思えない。
「流石はセルドアス家、といったところですか」
突然来訪したルダーツの王太子ルイース様を歓迎する意味で急遽開かれたこの舞踏会は、一週間足らずで準備されたとは思えないような立派なモノだ。ジークフリート陛下本人は出席していないが、クラウド殿下を出していることで歓迎する意味は充分。それぞれパートナーを伴って来ているし、若い女性の出席者も多く見栄えが良い。
ん? 若い女性?
「挨拶をしなくて良いのですか?」
「少し気になってな」
「気になった?」
「ああ。ルイース殿下の突然の来訪に上位貴族を出席させることが出来なかったのは理解出来るが、何故こうまで若い女性が多い? これは意図的か?」
ルギスタンでもセルドアでも、女性だけを舞踏会に招待することはあまりない。女性は、パートナーとして、もしくは娘として出席するのが一般的だ。だから通常舞踏会は男の方が多い。若い女性の方が多いこの状況は異常と言える。
「これではまるで嫁選びの舞踏会だ」
私も経験させられたあまり意味の無い舞踏会に良く似ている。幸い私は皇太子でもその長男でもなかったから父上の時よりだいぶマシだったようだが、それでも貴族令嬢と一人ずつ会話するのは無理だった。結論として、嫁選びをするなら舞踏会よりお茶会にすべきだ。
「確かに」
「でもクラウド様はバッチリ例の「天使」を連れて来てますし、全然そんな感じはしないスッよ」
「クラウド様とは限らないだろう?」
「「え?」」
公式にはまだ発表されていないが、クラウド様がクリスティアーナ様を正妃としようとしていることはもう疑いようがない。先月のシルヴィアンナ嬢の再登場も結果的に前ビルガー公の目を逸らす為だったであろうし、そうで無くとも嫁選びが必要とは思えない。
「例の噂。ルイース殿下は離縁するのかもしれない」
「……浮気しただけで正妃と離縁ですか?」
「本当に浮気だけか?」
セルドアにまで広がっている時点で噂がもっと大きな問題の隠れ蓑である可能性は高い。
「わざわざセルドアに来て嫁探しですか?」
「ルダーツ国内だったら舞踏会開始直後から大騒ぎだろうからな」
いや、あの容姿では嫁選びの舞踏会でなくとも大騒ぎか。まともに選ぶこともさせてくれないだろう。
「ん? また相当な美人が二人も登場しましたよ」
舞踏会場の入り口の脇で近衛二人と共に会場の様子を眺めていた私の横を、目を引く三人の男女が通り過ぎた。
そのうちの一人、黒い軍服を着た長身の男は、歩く姿を後ろから見るだけでも相当な手練れであることが判る。傑物の気配を纏ったその男に私は心当たりがあった。多分「天使」の兄、「無双」と称される近衛騎士のアンドレアス・ボトフ。そしてそれに寄り添って歩く桃色の髪の華奢な女性は、恐らくその妻、「桃の憐花」ミーティア・ボトフ。しかし、
「あれは……誰だ?」
二人から少し間を開け並んで歩いるのは、貴族女性らしい華奢な体格で淡い青色のドレスを纏った、金髪の女性だ。夜の舞踏会にしては露出の少ないドレスや結い上げられた髪からして既婚者だろうが、あれは頭二つぐらい抜け出した美女だ。……あの後ろ姿、誰かに似ている。
その三人はクラウド殿下とクリスティアーナ様を囲む人の輪の中に入って行った。
ん? ああそうか。あの金髪の女性はクリスティアーナ様に似ているのか。……姉が居たのか?
「なんかスゲースッね」
「クラウド殿下世代の上位貴族の令息嬢は見目麗しいと評判ですが、こう並ぶとなんとまあ……」
確かに凄い。壮観とも表現出来る程美男美女が揃っているが、
「半分は上位貴族ではない。あの三人は上位貴族ではないし、レイノルド様は子爵と言った方が正確だな。それから、そうは思えないぐらい神秘的な空気を纏っているがクリスティアーナ様も男爵家出身だ」
クリスティアーナ様に限った話ではないがな。ミーティア夫人にしても謎の金髪美女にしても、シルヴィアンナ嬢に劣らない美女の気配がある。それどころか、
「ヴァネッサ嬢やハンナ嬢が呑まれていますね」
「ああ」
上位貴族の中でも美しいと評されるヴァネッサ嬢やハンナ嬢を呑み込む程の美貌の持ち主などそうはいないが、彼女達は明らかにそれを上回る美しさを持っている。シルヴィアンナ嬢は流石だが、クリスティアーナ様とミーティア夫人、そして謎の美女な方が存在感が在る。今のこの情景を眺めただけで彼女達が上位貴族ではないと思える人間がどれ程いるだろうか?
数時間後。何故か私は舞踏会場横の控え室でこの方々と対峙していた。
「姉? クリスの?」
一番年下のクラウド殿下が一番風格があるな。
「はい。今日お越しになっていた金髪の女性。あれはクリスティアーナ様のお姉様ではないのでしょうか?」
「……ああ、セリアーナ様か」
ルイース殿下はルイース殿下で、落ち着きの払った立派な太子だ。
セリアーナ? どこかで聞いたことがあるような……あ!
「金髪の魔女か」
魔技能値百、魔力量四百を誇る稀代の女魔術師セリアーナ・ベイト。その容姿と相まって、ルギスタンでも私世代の貴族なら皆知っている。
ん?
「詰まりクリスティアーナ様は?」
「「金髪の魔女」の娘ですよ。知らなかったので?」
「いえ、知っていましたが……」
あれは姉ではなく母親か。どう見ても年下に見えたが……。
「ん? アンドレアス殿には子供がいたはずですが……」
「クリスも甥っ子を可愛がっています」
……孫がいるのか。あの容姿で。
「話は変わりますが、この舞踏会はルイース殿下の嫁選びですか?」
ペースを乱されているし、強引に話題を変えてしまおう。
「私の嫁選びですか?」
「違いますか?」
「また何故そうお考えに?」
「噂が広がっていること自体が不自然ですから。それにルイース殿下程の方ですと国内で嫁選びは大変でしょう?」
「バレバレらしいぞルイース。浮気話では誤魔化しにならないようだな」
クラウド殿下の方が年下だろう? 敬語は使わないのか?
「真実が広まるより余程マシだろ?」
「ルダーツ国内でだって誤魔化しになっていないのではないか?」
「勘繰る者は幾らでもいるだろうが、それを抑え込めない程今の王家は弱くない」
「バレてもこんな下らないことで助けてやらんぞ」
「こんなことセルドアス家の助けを借りたら恥もいいことだ。そんなことはしない」
この二人は随分親しいのだな。
「セルドアとルダーツの同盟は磐石のようですね」
「我々が個人的に親しいことと国の同盟は無関係でしょう」
「かといって、王や太子同士の仲が悪ければ同盟は成立しない。だからレイラック様にここへ来て頂いた」
目的は本当に親善だけだろうか?
「ルギスタンの皇太子がこんな所に一人で居るなんて二年前には考えられないことだった。しかし、今レイラック様は我々に全く警戒心を抱いていない。変わる時は変わるものですね」
「今は時代が移り変わる時。偶々そうなって、偶々我々が太子だった。それだけです」
「結局は「魔砲」の開発が原因ですが?」
「だからと言って誰もレイノルド様を責めようとはしないでしょう? いつか誰かがたどり着いた可能性はあったのです。言うなれば「ハズレくじ」を引いただけですから。皆」
まあ、ハズレかどうかはまだ決まっていないが。
「運命に抗おうとはしないと?」
運命? また妙な質問をしたな。
「太子に成ることを避けられたとは思いませんが?」
レキニウス様が煽らなければどうなっていたかは分からないが、結果的に私が太子に成った可能性は低くない。そうなったとしてそれはどうしようもなかっただろう。
「安易に答えることは勧めませんよレイラック様。この会談はルギスタンの命運を握っていますから」
は?
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




