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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十三章 嵐の前
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#185.リシュタリカの決断

 今朝の会議で出された推測はほぼ正解で、手紙の送り主はダラン・ハイテルダル家の使者、その目的はリシュタリカ様との婚約を取り付けることでした。


 こちらが最初からクラウド様を出すとは全く考えていなかったようで、使者さんはそこから度肝を抜かれていたそうです。更にはリシュタリカ様のことまで見抜かれていたことで後手に回わってしまうと、国境を越えた方法まで洗いざらい話したそうです。

 私は立ち会っていないのでなんとも言えませんが、そんな人が使者で大丈夫でしょうか? リシュタリカ様の命運を頼りない使者を送って来た人に託したくはありません。まあクラウド様は「不意打ちを食って慌てていただけで優秀な男だ」と言っていましたけど……。


 十一時過ぎに使者との面会を終えたクラウド様は、午後の授業が終了すると直ぐ王宮に戻りました。先ずジークフリート様に話を通して、晩餐時には侍女にまで下がって貰い王族だけ、厳密にはレイテシア様と王弟夫婦に話をしたのです。


 こうしてほぼ毎日クラウド様の横で食事を摂っているのに、自分が王族に含まれることに対する違和感はまだまだ抜けていません。正妃ならまだしも、側妃である私がこの席に座っていること自体が不自然ですからね。現に、フランリエーナ様とはまだ距離がある感じが否めません。まあ、ヴァネッサ様のように喧嘩を吹っ掛けては来ないので今のところ平穏ですけど……。

 なんて、ヴァネッサ様と学院ですれ違い挨拶をすると案外ちゃんと返してくれます。型通りの無機質な挨拶ではありますが、ヴァネッサ様にとって王族は王族のようですね。


 話を戻しましょう。今は晩餐後のお茶の時間。この方が王族しかいないダイニングルームに呼ばれました。このタイミングで呼ばれるのは当然、


「わたくしにダランへ嫁げと仰いますの?」


 リシュタリカ様です。本来物怖じするような方ではないのですが、話が話ですし、参加者が参加者です。流石にいつも通りの堂々とした感じはありませんね。


「いや、そなたに話を通して置きたいだけで、そう言う積もりはない。ただ、もしこの話を受けるとしたら、私の養子として嫁ぐことになる。そう思って考えてくれ」


 もしリシュタリカ様がハイテルダル皇王の妃となるのなら、セルドアス家とてそれを利用しない手はありませんからね。実家が潰れたリシュタリカ様としても後ろ楯が無ければ色々大変ですし、養子の話自体が問題になることはないでしょう。


「わたくしに決めろと?」

「セルドアスに大きな利が有るわけではない。そなたの意思で決めてくれ。嫌ならば嫌で構わない。場合によっては本家から嫁をとれば済む話だ。向こうも無理にとは言わんだろう」


 ダラン家には、本家の血筋のついでにセルドアの息のかかったリシュタリカ様を正妃に迎えれば、ある程度王権が安定するという目論見があると思いますけどね。


「違法に国境まで越えて向こうは必死でしょうに、そんな曖昧な態度で良いのかしら?」

「リシュタリカ嬢が私の正妃候補として名が上がっていなければ向こうも今無理して話を持って来ることは無かったでしょう。「折角有用な“駒”があるのに利用しない手はない」あちらがこんな態度ですから、無理して応じることはありません。

 それに、そもそもが謀反が成功してからの話ですからご破算になることも否定出来ません」


 レイテシア様の疑問にクラウド様が答えました。


「ハイテルダルが情勢不安になるのは王家とて不本意ではありませんの?」

「ダラン家の謀反が成功するとしたら我らの同盟が成立して、セルドアとゴラが決定的に対立することがないと分かってからだ。ハイテルダルが多少荒れても体勢に影響はない」

「というより、貴女が嫁ぐことになるのは荒れたあとでしょう。荒れたあと“収まり”を着けるのに一役買って欲しいという話だ」


 謀反が成功したとしても、それで直ぐにハイテルダルが一枚岩になる筈はありません。政変の直後は当然、民を含めて国中が混乱状態に陥ります。正妃の、いえ、女性の役割はその時の方が実際に謀反を起こした時より大きいのです。


「一役買うだけで終わるのなら今すぐ返事が出来ますわ」


 口調に少し皮肉めいたモノを込めたリシュタリカ様です。流石のリシュタリカ様でも一国の正妃の椅子は重いのですかね?


「結論を言えば、私としてはどちらでも構わない。そなたの意思に委せる。が、そう時間はない。明日中には返事をする必要がある」


 何度も接触して本家に感付かれては一大事ですからね。接触はあと一回と決めてあるのです。それで返事が出来なければそれまでということです。

 まあ、全て終わったあとリシュタリカ様を迎えに来ることも出来なくはありませんが、それでは後手に回ってしまいます。謀反後の混乱をいち早く静めたければ、皇王位を得た直後にリシュタリカ様の正妃就任を公布して、セルドアの“お墨付き”を印象付けるのが良いでしょうね。


「しかし陛下。リシュタリカ嬢は一応まだ外征派が正妃に推しております。それを無視して密約を交わすのは如何なモノかと」


 ジラルド様の言う通り、エリアス様に代替わりしてもリシュタリカ様は正妃に推されたままなのです。穏便な代替わりであったことを示す為には仕方がないことですが、此処に来て邪魔になってしまいましたね。


「わたくしクリスティアーナ様の邪魔はしたくありませんわ」


 私は別に正妃を望んでいるわけではないのですが……。ああ、外から見たら邪魔をしているのと変わりませんよね。厳密には「邪魔をさせられている」ですけど。


「私も父上も最初からリシュタリカ嬢を正妃とする気はない。それを公言出来ないのは単純に同盟交渉をこれ以上停滞させたくないからです。それに、外征派が未だリシュタリカ嬢を推しているのは体裁のため。然程気にすることはないのでは?」

「謀反の直後にリシュタリカ嬢がハイテルダル皇帝の正妃と成ったと公布されれば、密約が存在したことは公然の事実となります。ビルガーには話を通しておくべきかと」


 ビルガー家に伝えるかどうかでクラウド様とジラルド様の意見が真っ向から対立しましたね。


「確かに話を通す必要はあるが、それは密約を結んだ後で充分だ。実質影響があるのは王家だけなのだから、わざわざ公爵に意見を伺う理由はない」

「それは上位貴族を蔑ろにしていることにはなりませんの?」


 フランリエーナ様は上位貴族出身だけあってそこに拘りますね。


「正妃候補として担がれたり正女官の地位に隠れていますが、リシュタリカ嬢の今の身分は間違いなく平民です。その彼女を公然と派閥の正妃候補として推すことにそもそも無理があります」

「ビルガー家の養子の話もあったけれど、わたくし断りましたわ」


 領地出身の平民ならある程度強制力がありますが、リシュタリカ様はヘイブス領出身ですから、割りと簡単に断れます。


「なんにせよ、話は解っただろう? 一晩考えてくれ」


 ジークフリート様が閉めるような言葉を口にしこの話は終わり、になる前に、


「リシュタリカ様がハイテルダル皇帝の正妃となることに抵抗はないのですか?」


 陛下に対して質問を投げた私です。


「……また何故だ? 彼女が官吏として優秀であることはそなたも知っていることであろう?」

「リシュタリカ様は確かに優秀な方ですが、義理堅い方でも情に篤い方でもありません。自分に不利益になると分かったら実の親でも縁を切る方ですよ?」

「また酷い言い様ねクリス。まあ、否定はしないけど」


 やっといつもの調子のリシュタリカ様が戻って来ましたね。


「曖昧ではなくキチンとした後ろ楯になるとちゃんと約束しない限り、リシュタリカ様がハイテルダル皇王家にセルドアスの養子として嫁ぐ意味がないと思います」

「それは同感です。侍女見習いの頃からずっと後宮に居るリシュタリカ嬢を身内のように感じてしまうのは只の錯覚です。彼女は彼女の意思で後宮に居続けただけだ」


 クラウド様?


 隣を見ると、優しく微笑む旦那様がいました。私のしようとしていることがバレバレですか?


「後ろ楯か。具体的には?」

「それで無くとも外国で暮らすのは大変ですから、一番は侍女を付けることかと。それから、セルドアとの正式な連絡役を置くことです。これは見せ掛けだけでも充分ですが、セルドアと連絡を取っているというだけでハイテルダルの貴族がリシュタリカ様に持つ印象が変わると思います」

「侍女ってクリス、一人では何も出来ない子供ではないわよ」

「養子でも王族は王族ですから。それに、嫁がせただけでほったらかしなんて印象を持たれたら、苦労するのはリシュタリカ様ですよ」


 個人的には後者の理由の方が圧倒的に大きいのですけどね。心配性な私に免じてここは折れて下さいリシュタリカ様。


「まだ、是と言った覚えはないわよ」

「ご自分の才能を後宮の女官で終わらせるのは勿体無いと思いませんかリシュタリカ様」


 女官に成り立てのころはそんなこと無かったと思いますが、最近のリシュタリカ様は燻っているようにも見えました。リシュタリカ様は恐らく、女官などでは収まりが着かない大人物なのです。


「もっと広い舞台で自由に羽ばたくリシュタリカ様を見てみたいです」

「わたくしを持ち上げてどうしたいわけクリスは?」


 憎まれ口を叩きながら満更でもなさそうな顔のリシュタリカ様は、翌朝、大きな決断をしたことをクラウド様に告げました。






2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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