#184.謎解き
私は数日に一度参加しないことがありますが、忙しいクラウド様の為に朝食と同時に行われる朝のミーティング。普段は特別何も連絡がないことが殆んどなその会議ですが、
「昨夜、というか今朝ですね。クラウド様に渡して欲しいと言って、男が学院の受付に手紙を置いて言ったそうです」
今日は近衛騎士のヘイトル様がこんな話しを始めたのです。
「学院の?」
「はい。内容は、「今日の午前十時に学院にてお会いしたい」というだけですが、書き出しが妙でして」
話しながらクラウド様に手に持った紙を渡したヘイトル様。クラウド様に手紙を書きたければ王宮に送るのが正規の手続きですから、それ無視した手紙の内容をヘイトル様がご存知なのは当たり前ですが、紙が一枚しかない手紙というのは珍しいですね。
「ルッペルの従士の使いからヴェストの魔騎士の末裔へ……確かに妙な書き出しだな」
ルッペルの従士の使い……動き始めたということでしょうか?
「ヴェストはデイラード地方の方言で西ですよね。魔騎士の末裔と言えばセルドアス家。クラウド様宛ということは判りますが、ルッペルとは何でしょうか?」
リーレイヌ様は語学は得意ですが歴史に弱いようですね。
「ルッペルはハイテルダル皇王家が最初に領地とした土地よ。皇王家の関係者から来た手紙なのでしょうね。しかし従士の使いというのはどういうことでしょう?」
え? ナビス様は知らないのですか?
「流石は皆様博識ですな。私なんぞにはさっぱり解らん言葉です。デイラードの言葉なんぞ全く知りませんし、歴史はどうも苦手でして」
デイラードの言葉ではなくてデイラード地方の方言ですよケブウス様。デイラードで一般的に使われている言葉はセルドアと同じゴラ語です。
「今感想は必要ない。ケブウスは少し黙っていろ」
クラウド様に怒られ二歩程後ろに下がったケブウス様です。
「領主の使いや主の使いという表現なら解りますが、従士の使いというのは……ハイテルダルの貴族の使者でしょうか? それとも皇王家の官職に就いている方?」
トルシア様もご存知ないのですね。
関係ないですが、侍女次長補のトルシア様と侍女次長のナビス様が、魔法学院の寮で朝の連絡会議に出ているこの状況は、冷静に考えるとあり得ない事態です。クラウド様が王太子で私がその正妃扱いされているからこういう状況になるわけですが……。後宮には優秀な人材が沢山いますし業務に支障が出ることはありませんから気にすることでもないのですけど、なんとなく悪い気がしてしまいます。
「どちらにしても、「従士」か「使い」の片方だけで充分な気がするがな。「従士の使い」という表現は何かしら、これで相手がどんな人間なのか特定出来るような意味がありそうだ」
クラウド様もご存知ないことなのですか?
「皇王家の分家の使いという意味だと思います」
「「「え?」」」
皆で驚くことではないと思いますが……。
「分家……ダラン家のことか?」
「はい。ダラン・ハイテルダル家の初代ダラン・デ・ハイテルダル様の奥方ルナレア様は、バルトラル家の出身です。バルトラル家の開祖ユーラ・バルトラル様は、ルッペルを領していた頃のハイテルダル家の侍従ですから、ダラン家の隠語として用いるのは不自然ではないかと」
あれ?
何故だかその場にいた全員が私を見て黙ってしまいました。そんな変なことは言っていないのですけど……驚いている? いえ、唖然としている感じでしょうか?
「……良くそんな細かい歴史をご存知ですね」
「ゴラとハイテルダルが連携を取り出した頃から皇王家の本家と分家が派閥対立をしているのですから、その繋がりがどういうモノかぐらいは調べておかないといざという時に対応が遅くなるかと思いますけど……」
外交で状況が理解出来ずに後手に回るのは非常に危険です。相手は待っててくれませんからね。
「普通は解っていても日々の業務に追われて疎かになるのだけど……」
呆れたように呟いたナビス様です。
「私は普段侍女の業務はあまりしていませんから」
旦那様は相変わらず体力の有り余っていますからね。丸二年経つのに飽きるどころか求められることが増えているのです。断らない私も私ですが、公布してから遠慮も無くなったクラウド様に私が午前中寝台から降りられなくされる割合が増えたのです。
「今の説明だとバルトラル家ということも考えられるな」
切り替えが早いですねクラウド様。
「親ゴラ派に属しているバルトラル家がセルドアに使者を出すとは考え難いですわ。クリスティアーナ様の言う通り、ダラン家と考えるのが妥当ではありませんか?」
「確かに。本家側なら外務省を通じて連絡を入れた方が話が早いでしょうし……」
「相手の用件がまだ分からないのだから予断は禁物だ。それに、可能性として頭に入れておくことは重要だがここでそれを判断する必要はない。今決断しなければならないのは、この求めに応じるか否かだ」
「……大胆過ぎて考え難いですが、罠という可能性も否定は出来ませんわクラウド様。応じるとしても慎重にお願い致します」
「罠だとしても学院内なら大掛かりなことは出来ないだろうがな。しかし、自分が死ぬことを覚悟した上なら人一人殺す方法は幾らでもあるか……」
クラウド様が考え込むように黙ると、それに応じるように暫しの間皆も口を閉ざしてしまいました。
少しして、
「私が行って様子を見ましょうか?」
ヘイトル様がクラウド様に提案しました。
「私以外が行って本来の目的を明かすとも思えない。あまり意味がないだろう。もっと言えばヘイトルや他の人間が行って何を聞いてきても、私が出ていった時の“本題”との差異が生じる可能性が否定出来ない。向こうもある程度想定しているだろうから“本題”を話す可能性もあるが、こちらにそれは判断が着かない。結局は私が行くか行かないかだ」
遅かれ早かれクラウド様が出て行くことになるならば、早い方が良いかもしれませんね。というか、クラウド様が一人で会いに行くわけではありませんから暗殺の心配なんて殆んど必要ないのですけどね。
「遠回しですが自分の身分を明かしているのですから、そこまで警戒する必要もないのではないですかなぁ。身体検査をして近衛を三人も付ければ充分なのではありませんか?」
身分は偽っている可能性もありますよケブウス様。もう少し頭を柔らかくして考えて下さい。
ん? 考えてみれば、リーレイヌ様もヴェストは知っていてもルッペルは知りませんでした。こちらがこの隠語に気付かない可能性もありますよね?
「手紙を見せて貰えませんかクラウド様」
「ん? ああ」
隣に座るクラウド様から手紙を受け取り目を通します。
「……これは……」
「何か気になることでもあったのか?」
手紙の最後まで目を通した私が声を漏らすと隣から優しい声で質問されました。
「この方の狙いが分かりました」
「え!? 書き出し以外は何の変哲もない、クラウド様を呼び出しただけ文章ですよ?」
はい。問題は文章の意味ではありません。わざわざ気付かないような隠語を使うのなら、他のところにも何かあるかと思って見渡せば、簡単に見付かりますよ?
「メモみたいな手紙ですから気付かないかもしれませんが、文章の頭の文字だけを繋げて読んでみるとデイラード地方の方言を使った文章になっているのです」
しかも、文章が繋がるように誤字があるのですから間違いないでしょう。
「は?」
「本当か?」
クラウド様は私の手から手紙を浚って行き、
「ど、るめ、い、なれ、ば、わ、れらた、つ」
私の言った通りに頭の文字だけ読み上げました。
「誤字があるし、暗号でもなくこんなことを書くとは……随分と大胆な奴だな」
「同盟なれば立つ。……ダラン家が皇王位を得る為に動くということでしょうか?」
「これがメッセージだとしたらそういうことだな」
「しかし……何故わざわざクラウド様にそんなことを? 協力を頼むにしても、ルギスタンの方が早いのでは?」
「ルギスタンにも頼んでいるのではないでしょうか? セルドアにも協力して貰いたい。もしくは事前承認とか」
「盟主でもない他国の承認は要らないわ」
同盟成立前に立つのなら、協力して欲しいというのは解りますが、成立後なら、日和見主義的なハイテルダルの貴族は一気に親セルドアに傾くと思います。セルドアの協力は必要ないでしょう。
「もしかして目的はレイフィーラか? 確かダランの嫡子は二十ぐらいだったよな?」
レイフィーラ様? あ、政略結婚ですか?
「確か二十一歳ですから不自然ではありませんが、密約で同盟は無理があります。レイフィーラ様に縁談が持ち上がっているのなら解りますが、今提案するなら別のことではないでしょうか?」
「だが同盟成立後なら協力が必要とも思えない。同盟無しの政略結婚なら密約ということも考えられる」
「同盟無しの政略結婚でセルドアス家がレイフィーラ様を出すとは考えないと思います」
「……確かにな」
同盟無しの政略結婚とは、要するに“取り引き”ですからね。直系姫のレイフィーラ様を出して“取り引き”だけなんて、人質に望んだハドニウス様以上に無茶苦茶です。
“取り引き”に用いられる“姫”は、養子や連れ子で、継承権のない愛妾の娘ですら除外されます。今結婚適齢期で婚約者のいないお姫様はレイフィーラ様しかいませんし、向こうが望むような方は――――
「あ!」
居ます。あの方との政略結婚が条件なら、セルドアス家の許可が必要と考えるかもしれません。
「何か思い付いたのか?」
「ダラン家がリシュタリカ様を欲しているということはありませんか?」
前皇王の孫であるリシュタリカ様が正妃となれば、ダラン家が皇王を継ぐ正統性が増します。そう考えると余計そう思えて来ました。
「……有り得るな」
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




