#181.茶番
クラウド視点です
「そんな「判り易さ」に甘えている限り、王族も上位貴族も、いつか足をすくわれることになると思います」
ティアの言葉に沈黙した会議場。その静寂を破ったのは、
「クックックックック。ハハハハハハハハハハ」
貴族らしくないベルノッティ侯の笑い声だった。
「いやいや。実に愉快だ。どういう結論に持って行くのかと思っていたら、まさか我々全員の考えを、いや、貴族の常識を否定するとは思わなかった。貴女には正妃と成る資格がある。それが前提にそれを否定するとは、なんとも豪気な方のようだクリスティアーナ様は」
「自分が資格を持っていないのにこの話をしてもただの負け惜しみにしか成りません。それでは誰の胸にも私の言葉は響かないでしょう。資格を持っているからこそお話する意味があると思います」
遠回しな話にも充分意味があったということだな。
「成る程。資格が無い人間が何を言っても負け犬の遠吠え。確かにそうですな。しかし、何かしらの基準は必要だ。それをどうお考えですかな?」
「これだけセルドアの貴族に根を張ってしまっている現状の基準を、今直ぐ捨て去るべきとは思いません。魔才値にしても血筋にしても全く無視して突然正妃を選べば貴族達は混乱するでしょうし、それを説得するのも大変です。“混乱を避ける為に”その基準を変えるのは徐々にやって行くべきことだと思います。
でも、魔才値が高いだけで、上位貴族の令嬢というだけで、正妃候補に名を連ねてしまうのは大きな間違いだと思います。本人や家の意思は勿論ですが、本人の資質を見極めようとしないことが一番問題ではないでしょうか? 基準を排して見極めようとすれば、現状正妃候補に名を連ねていない女性の中により正妃に適した資質を持った方が居るかもしれませんよね?
基準を作って線引きをしてしまえば“楽”です。しかしそれは、自分の見る目が無いと言ってしまっているのと変わらないのではないでしょうか?」
魔才値も血筋も明確な線引きの出来る判り易い基準だ。だからこそ正妃の条件として慣例化して来た。だが、ティアの言う通りそれは“甘え”だ。基準を作れば本人の資質を見極める行動を放棄してしまうだろう。それは楽ではあるが、本来ちゃんと見極めていれば高い地位にあった人間をその地位から遠ざけてしまう事に他ならない。
しかもこれは正妃に限った話ではない。長男の魔才値が低ければ廃嫡して他の男子に家督を継がせる例は少なくない。私が魔技能値に恵まれていなければまだ太子が決まっていなかった可能性は充分に在るだろう。
「甘えは許さないか……クリスティアーナ様。只今を持ちまして我がベルノッティ家は貴女を正妃に推薦致します」
「ベルノッティ貴様裏切るのか!」
どうやらビルガー公には響かなかったようだな。
「裏切りとはまた異な事を。エリアス殿とヴァネッサの婚約条件は、ビルガー公爵家の推す正妃候補に“反対しない”ですぞ。我らが誰を正妃に推そうがそれは自由ですな。ましてや、あの時の話し合いはシルヴィアンナ嬢の正妃就任を阻止する事で合意した筈ですが?」
そんな合意内容を明け透けに話すこの男の強かさも称賛に値するな。
「ふざけるな! この女は男爵令嬢。側妃に成っただけで王家を笠に着る不心得者だ。こんな下賤な女が正妃に成って良い筈が無かろうが!」
「それは貴方だビルガー公。クリスティアーナ様が許したとて王族に対して「下賤な女」などと称するなど不敬もいいところだ。会議場から叩き出されても文句は言えませんぞ」
「伯爵程度がこの俺にそんな口を聞くな! 我はビルガーなるぞ!」
まるで自分が王のような物言いだな。会議室の冷めた空気にも全く気付いていないし、嫌っている相手に救われているとは全く気付かないだろうな。昔の俺様なエリアスでもここまで不遜な態度は取らなかった。だからこその判断だが……
さて、この男が退場するのが早いか、エリアスが此処に来るのが早いか。
「周りを見てみろエリオット・ビルガー。今のお前がどんな目で見られているのか」
父上はだいぶお怒りだな。いい加減見苦しいのは確かだが、案外気に入っているようだしティアに対する発言に怒っているのかもな。
父の言葉に応じて、少しだが会議室を見渡したビルガー公は、
「貴様ら、この俺を誰だと思っている」
引く事を知らなかった。もう少し視野の広い人間だと思っていたがな。
「エリオット様。もう良いでしょう。貴方を支持する者は此処にはおりません」
「クアルテーロ。貴様までそんなことを」
外征派からも見放されたこの状況で……随分と堕ちたモノだ。エリオット・ビルガー。
「同盟にしても、正妃にしても、貴方のなさっている事はただ我が儘だ。そこには何の矜持も信念も無い。そんなことを繰り返す人間を派閥の人間が付いて来る筈は無いですぞビルガー公。貴方は既に外征派から離反者が出ている事に気付いているのですかな?」
「そんなことはどうでも良い! 由緒正しきビルガー家の当主である俺に付いて来ない者など切り捨てれば良いだけだ! 離反者が居ると言うのなら連れて来い。この俺自ら叩き切ってくれるわ!」
見苦しく怒鳴り散らすビルガー公に重臣達は一層冷めた視線を向けた。そして、
「もう良い。そなたの言は聞くに堪えん。エリオット・ビルガー。そなたに退室を────」
「失礼致します」
父上が最後の一言を告げようとした正にその時、王の椅子と反対に位置する会議室の重厚な扉が開き、取次ぎ役の近衛騎士の声が室内に響いた。
「エリアス・ビルガー様が会議にご出席になりたいと前室にお越しに成っています」
続いて騎士の口から出た用件を聞き、重臣会議は騒然とし始めた。
「エリアスだと?」
「ビルガーの嫡子 何故?」
「何かご存知で?」
「いいや全く」
「あの様子だとビルガー公本人も知らなかったようだぞ」
この反応は当然だ。この場でこの事を知っていたのは、私とティア、それからエリントン公だけで、父上すらこの事はご存知ないのだから。
とは言え、父上には全く何も伝えないわけにもいかないから密約の事は明かしてあるが、それは“結果”だけだ。国王まで茶番に付き合わせるわけにいかないから、細かな段取りまでは伝えなかった。だからティアは時間稼ぎをしていたわけだ。“証文”を集める為の時間稼ぎを。
「良いだろう。入れろ」
「はっ」
騒ぎに乗じてチラリと私を見た父上に対して小さく頷くと、陛下はエリアスを部屋に入れるよう近衛に促した。会議室は騒然としたままだが、エリアスを迎え入れることに否はないようだ。
そして、
「早速だが用件を聞こう」
大量の書類を腕に抱え会議室に入って来たばかりのエリアス。扉から程近い場所に立ったままの公爵令息に、父上は早々に本題を尋ねた。
「先ずはこの証文を見て頂きたいです」
相変わらず敬語が下手だな。
父上の侍女テレサが素早くエリアスに駆け寄り、差し出した書類の束を受け取る。父上の所まで戻りながら書類に軽く目を通したテレサは、驚きを隠せずに目を見開いた。その表情の変化は王の椅子の近くに座ったビルガー公を含めた各大臣達にはハッキリ見えただろう。
テレサから書類を受け取った国王陛下が書類に視線を落とすと、会議室は再び沈黙に包まれた。父上は僅かに目を細めて一枚目の紙に目を通し、続いて二枚目に移ったかと思えば、三枚目、四枚目、五枚目と何かを少し確認するだけで次の紙、次の紙へと目を移していく。しかし、分厚い紙の束が半分にも成らないうちに父上は、
「何人だ?」
エリアスに向けて質問を投げた。
「154人です」
「これだけの証文を短時間で良く集めたな。士爵はあまり無かったようだが?」
「大半は子爵と男爵です。今日集めたのは五十弱で、百以上は昨日までに集めました」
50か。まあ要所を抑えたなら充分な数だろうな。
「いったい何の証文なのです?」
王宮の行政区で行われるこの重臣会議の日には、普段あまり王宮に出入りする事の無い貴族が王宮に集まって来る。その中には中央で実権は握って居なくても地方では強い影響力を持った貴族も居る。そんな貴族からエリアスが集めた証文は、
「エリアス・ビルガーがエリオット・ビルガーの公爵位を継ぐことを承認する証文だ」
急死でもしないかぎり上位貴族の代替わりは重臣会議で行われる。その場で王の認可を受け、他の上位貴族が即時承認するのが慣例なのだ。これが陛下に退場させられた直後に代替わりしたとなれば醜態も醜態。家の不名誉に他ならない。家の権威が衰えるのは勿論、一族から後ろ指刺されて肩身の狭い余生を過ごす事になるだろう。
だが、ビルガー公爵家に対してそんな事をしてしまえば混乱は避けられない。穏便な公爵位禅譲にする為には重臣会議で代替わりをするしかないのだ。
そして、本来王の認可さえ下りれば問題の無い代替わりに下位貴族達の証文を集めたのは、その数でエリオットを黙らせることもあるが、暗に「公爵が代わっても騒ぐな」そう有力な下位貴族に言う為だ。その代わりに論功行賞が必要だがな。エリントン公とティアはそんな茶番の為に時間稼ぎをしていたに過ぎない。
どうにか間に合ったが、本当にギリギリだったな。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




