#180.天使の狙い
クラウド視点です
「エリオット・ビルガー様。正妃の条件とは何でしょうか?」
「正妃に相応しい品性と才覚を持つ者だ。お前には全くないがな」
「幾ら何でも失礼が過ぎますぞビルガー公。側妃であろうと王族は王族だ。ご存知であろう?」
「エリントン公爵。構いません。私にそういった矜持はごさいませんので」
ティアらしいと言えばティアらしいが、話し難くないか?
「王族としての誇りはないのにも関わらず、王家を笠に着てモノを言う。これだけでコヤツがどれだけ賤しい女か分かる」
「私が賤しくても、王家として誇りがなくても構いません。そんなことより正妃に相応しい品性とは何でしょうか?」
「貴族の女として相応しい振る舞いをすることだ。血筋が有って初めて持てる高貴な者の証である」
「上位貴族のご令嬢ならばそれをお持ちなのでしょうか?」
「そうだ。貴様なんぞでは到底及ばない領域の神聖なモノだな」
「マリア嬢を正妃にしようとしていたくせによく言う」
ヨプキンス伯……今口を挟む必要はないだろうが。
「では才覚とは? どうやってそれを判断するのでしょうか?」
「そんなモノ本人を見れば分かる」
「父のアルヘイル・ボトフと兄のアンドレアス・ボトフは学院の筆記試験では首席を保持しておりましたが、事務作業は不得手としております。ましてや、政に殆ど関わることのない女が、正妃の政務がこなせると何故判断出来るのでしょうか?」
「それはま……」
ビルガー公は魔才値と言い掛けて止めたようだ。魔才値を認めてしまえば、ティアに正妃の資格があると言っているようなモノだからな。
「お答え頂けないようなのでベルノッティ侯にお訊きしたいと思います。正妃の条件とは何でしょうか?」
「「魔技能値が二百五十ある私には正妃の資格がある」そうはっきり言ってしまえばどうですかなクリスティアーナ様」
それは考えが甘いぞベルノッティ侯。ティアはそんな単純な論理で説得出来るとは考えない。それどころか、もしかしたら――――。
「ルイザール様は魔才値が高ければ正妃と成る資格があると仰るのですか?」
揺さぶりにすらならなかったな。
「血筋か魔才値。どちらかがなければセルドアの正妃として認められない。逆にそれさえあればどんな女であろうと正妃の資格がある。これが現実では?」
「そうですね。ベルノッティ侯の仰る通りです。事実、シルヴィアンナ様は本人の意思とは無関係にずっと、最有力正妃候補として名を連ねていました。それは、彼女がその両方を高い水準で保持していたからに他なりません」
「だとしたら自分にも資格がある。そう言いたいように聞こえますが?」
「何度測っても私の魔技能値は251と出ます。この数値が認められないのなら、魔技能値が幾つあっても正妃の資格は無いと言っているのと変わらないでしょう」
自分に正妃の資格があると言った? ……私にも話の主旨が見えなくなったな。
「やはり、自分には資格があると言っているだけでは?」
「現実として、私には正妃に成る資格があります。これを否定出来る人は、今のセルドアの貴族の常識を無視している方か、魔才測定器に嘘の数値を出させる方法を知っている方でしょう。そんな方法があるかどうかは知りませんが」
「その言い様だと話に続きがありそうですな? 随分と持って回った言い方をしておりますが、そう時間はないのだ。先に進めて下さいますかな?」
「お時間を取らせてしまって申し訳ございません。「私には正妃の資格がある」この前提が無ければお話する意味はないので、その確認をさせて頂きました」
「ならば何が言いたい!」
痺れを切らしたのかビルガー公が怒鳴った。まあ、誰しもが考えたことだろうが、どう考えても今から話すだろう?
「では本題に入らせて頂きます。先程ベルノッティ侯は、血筋か魔才値、このどちらかがあれば正妃として認められる。そう仰いましたね?」
「言いましたな。それが現実では?」
「では――――」
いつの間にか会議室がティアに呑まれているな。一呼吸空けただけで会議室の全員がティアを注視した。
「何故認められるのでしょうか?」
「何故……」
殺伐とした空気だった会議室だが、ティアの質問で一気に弛んだ。冷静な頭で考えたら極普通の質問だが、ティアの言葉には妙な力がある。
「どう思いますか陛下」
陛下?
「……それが慣例だから。そう答えたところで意味はなさそうだな」
「そうですね。何故慣例となったのか? そうお訊きします」
もしかして、ティアの標的は最初から父上だったのか?
「血筋は王位をセルドアス家が継いで行くことの正当性を、魔才値はその者才覚を、それぞれ示しているのでは? 慣例化したとはいえ、それなりに理由があるから続いて来たのでしょう」
「はい。クオルス様」
ん? 見ていなかったが今ニッコリ笑ったなティア。
「私の発言は貴女の意図通りだったようだが、それが貴女の話だとは思えませんが?」
「魔才値は才覚を示している。クオルス様はそう仰いました。ですが――――クラウド様」
ん?
「何だ?」
「戦場に赴いた経験はございますか?」
ティア。何か凄いことを言おうとしてないか?
「無い」
「では陛下は何度戦場で指揮をおとりに?」
……この論調は私も巻き込む気だな。
「一度だ」
「その時実際に剣を取ったり魔法を放ったり致しましたか?」
「いいや」
「先王クラウディオ様でも実際に戦われた経験は数えられるほどの数でしょう。それも、敢えて前線にお出になった時ばかりでお味方が窮地な場面で王族が戦うなどまず有り得ないと思われます」
まあそうだろうな。味方を鼓舞する為に前線に出た時ぐらいしか、王族が実戦を経験する場など皆無と言って良い。なんて、ティアを救出に行った時は実戦に含まれるだろうがな。結果的に剣を振ることは無かっただけで。
「そんなことは指揮官であれば当然だ」
「はい。ですが、それに対して政務で厳しい決断を迫られることは何度あったでしょうか? 少なくとも、前線に赴いた数を遥かに上回るでしょう」
「何が言いたい!」
ビルガー公はまた焦れて来たな。
「才覚の証明として正妃に魔才値を求める。王が実戦に赴くことが殆んどないのにも関わらず、これは大きな間違いではありませんか?」
やはり凄いことを言い出したな。
「ふん! 自分で正妃の資格があると言って置きながら、自分でそれを否定する。ご苦労なことだ」
いや、これで終わりとは誰も言っていない。
「資格のあるなしは私の決めることではありませんので、私が疑問に思っていることをお話しただけで資格は消えませんよ」
「だったらお前は疑問を呈しただけだと言うのか。そんなことに時間を使うようなお前が正妃になったとしても、我がビルガー公爵家は絶対に――――」
「王位は王に相応しい男子に授けられる」
またもやティアの言葉がビルガー公の言葉を切った。これは意図的だろうな。
「重臣会議に出席されている皆様なら王室典範のこの文言をご存知ですよね? 王位は王族でなくとも継承出来ます。いえ、平民でも奴隷でも男性であれば継承出来るのです。なのに何故、セルドアス家が王位を世襲していくのに血筋が必要なのでしょうか?」
やはり終わらなかったな。
「それは建前だ。実際は我がビルガー公爵家からしか王族以外で王位を継いだ者はいない」
「ですが、正妃の約三割は下位貴族の出身ですし、数えられる程ですが平民出身の正妃は存在しました。これが認められたのは何故でしょうか? 更に言えば、上位貴族にも少なからず下位貴族の血が混ざっていますが、彼らの血は「高貴」なのでしょうか?」
黙ってしまったな。皆。
「魔才値が高ければ正妃として才覚に優れているでしょうか? 血筋が良ければ正妃に相応しいでしょうか?」
ああそうか。ティアが今日標的にしていたのは、
「そんな「判り易さ」に甘えている限り、王族も上位貴族も、いつか足をすくわれることになると思います」
この会議の出席者全員だ。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




