#179.重臣会議
クラウド視点です
シルヴィアンナに再び登場して貰ってから二週間程。二月末となって停戦協定の期限まであと三ヶ月だ。今日は定例の重臣会議が行われている。重臣会議は普段形式的な報告が行われるだけの儀礼的な会議だが、今日の重臣会議は全く様相が異なる。その理由は当然、
「同盟交渉は停滞している。その理由が向こうの話を聞こうとしないビルガー公にあるのは間違いありませぬ。何故そんな態度を取り続けているのかそれをお聞きしているのです」
「奴らが信に足らんからだ。ルギスタンに二心がないという保証などどこにもない」
最初は、執拗に攻め立てる内政派の追及をのらりくらりとかわしていたビルガー公エリオット様だが、エリントン公クオルス様が直接追及を始めると、彼は直ぐにボロを出し始めた。会議開始から三時間経った今では、外征派の重臣達すらビルガー公を一切弁護しなくなった。彼に向く冷めた視線の数は時を負う毎に増えている。
「二心無きことを保証するなど、どんな交渉においても不可能でしょう。彼らはブローフ平原の四分の三をセルドアの領土とすることを条件としているのです。充分に誠意を見せているでしょう。その彼らが何故信用出来ないと仰っているのか、その理由をはっきりさせるべきですぞビルガー公」
「「ダガスカス事件」は奴らが一方的に起こした事件。そんな奴らを信用など出来る筈がない」
「四十年前に、貴方が赤子の頃に解決済みの事件を持ち出しても、信用出来ない理由には成りませぬな。それでは、今の彼らを見ていない、そう自ら吐露しているのと変わりませぬぞ」
「「ダガスカス事件」は解決などしていない。協定を破ったらブローフ平原の領有権を放棄するのが戦闘地域協定だ」
「協定に書かれていた罰則はブローフ平原における開拓事業の無期限禁止であって、領有権の放棄ではありませぬ。そしてその規定は事実として守られている。そんな彼らを信用出来ないと仰っているのですぞ貴方は」
戦闘地域協定の罰則は新規の開拓事業を禁止しただけで、元々あった町や村、畑を放棄する規定ではなかった。その影響でルギスタンは、「ダガスカス事件」の以前から開拓が進んでいた平原の東の四分の一、もう十世代近くに渡ってブローフ平原に暮らしている家族が数百世帯も存在するその地域の領有権を、放棄することが出来ない。故に、今示されている条件は彼らが譲歩出来る限界だ。外務省も当然それは把握しているわけだが……。
「だからと言って報復が済んでいるわけでは無い! 奴らを八つ裂きにすること以外で我らの無念は晴れぬのだ! そのルギスタンと同盟を結ぼうなど言語道断である。絶対に同盟など結ばん!」
「もうよい。エリオット・ビルガー」
見苦しく破談を訴えるビルガー公を、怒声とは言わないまでもいつもより低い声で父上が止めた。珍しく怒っているな。
「解っておられますかな陛下。陛下が王太子妃を決めぬからこんな事態を招いたのですぞ」
完全に論理が破綻している。いや、それ以前に同盟と私の正妃は無関係だ。まあもし……。
「同盟と王太子妃は――――」
「同盟と次期王后は無関係ですが、クラウド様が太子と成ってもう三年。正妃を決めないのは問題ですぞ陛下」
この状況で便乗するなルイザール・ベルノッティ。お前は正妃を誰にするのか知りたいだけだろう?
「歴史上王位を継承してから正妃を決めた例もあるのです。今その話は良いでしょうベルノッティ侯」
「その場合、大半は陛下が突如御崩御なされた時の話であって、慣例から言えば太子が立てられて数年以内には正妃を決めるべきですな。無用な混乱をさせぬ為にも正妃は早々に決めるべきかと存じますぞ」
「そなたらが正妃決めるよう言い始めてまだ一年程しか経っていないと記憶しているが?」
実際、ビルガー公やベルノッティ侯が正妃を決めるよう言い出したのはマリアが出てきて三派閥の対立が明確化したあとだからな、父上の言いたいことも解るが、
「だとしても、正妃を決めるべきなのは間違いありませぬ。何も、我らが正妃に推す令嬢のみ認められぬなど申す積もりはありませぬぞ。ただ正妃が決まらなければ、混乱が続くのは間違いありませぬな」
あまり意味がないな。
「混乱か。しかし、本来正妃の実家を贔屓することは許されない。名誉はあれど、恩恵などない。当人が争っているのなら兎も角として、そうでないのに混乱が起こることがおかしいのだがな」
「それが建前であることぐらい陛下もご存知のことです。事実、先王后陛下ソフィア様の実家エリントン家に今の地位があるのは、その影響であるのは間違いない」
「だからと言って、派閥と無関係となったご令嬢を無理矢理正妃候補として担ぎ上げるあなた方のやり方が、褒められたモノではないのは間違いないですな。リシュタリカ嬢が正妃を望んでいるようにも見えませぬ」
「シルヴィアンナとて望んではおらぬであろうが!」
流石にもうシルヴィアンナが正妃を望んでいると思っている貴族はいないな。
「シルヴィアンナは我が娘。公爵令嬢が望む相手と結婚することが容易ではないことぐらい理解しております。対してリシュタリカ嬢はヘイブスの娘であって、ビルガー家ともベルノッティ家とも血縁はありませぬ。そんな令嬢に「正妃になれ」と命ずる権利があなた方にあるとは思えませんな」
「ヘイブスの産まれで魔技能が七十を越えるリシュタリカ嬢は正妃になる素質は充分にある。その機会を与えて何が悪い」
ビルガー公はリシュタリカ嬢とちゃんと話したことがあるのか? リシュタリカ嬢は決して思い通り操れる相手ではない。寧ろ、シルヴィアンナまではいかなくともティアよりは遥かに与し難いと思うがな。まあティアはティアで、他人のことばかり気にしていて扱い難い部分があるが……。
「マリア嬢を追い掛けないでリシュタリカ嬢には「機会を与える」また随分と自分たちに都合の良い言葉を使いますなビルガー公。機会を与えるならば、クリスティアーナ様やその妹のリリアーナ嬢にもその機会が無くばおかしいと思いますが? まさか、自分たちが推していないから「認めない」などと仰るわけではありませんね?」
「クリスティアーナなど認められる筈が無かろうが!」
しまった。ついビルガー公を睨んでしまった。それにしても……本人が居るのは分かっているだろうに、これだけはっきり口にするとはな。
「側妃とは言えクリスティアーナ様は王族ですぞビルガー公。貴方の今の発言は王家に対する侮辱だ」
「そんなことよりビルガー公。義理とは言えクリスティアーナ様は私の姪です。それが認められないと仰る理由を明確に示して頂きたいですな」
財務副大臣ベイト伯爵。会議が始まって以来一切発言していなかった重鎮が、今初めて口を開いた。伯爵家故に本来発言力はあまりないが、今の重臣会議で一番年上だからな。相応に影響力がある。というか……怒っているな。ティアを否定されて。
そんなベイト伯爵を見てか、
「叔父様」
後ろから小さく驚く声が聞こえて来た。本人は少し慌てているようだ。伯爵家の中でベイト家は最も強い。この程度の発言で公爵家に咎められることはないぞティア。
「男爵家出身だというのに王家を笠に着ての物言いをする勘違い女が正妃になど成ったら国が傾く。クリスティアーナが正妃に成るなど論外だ」
「「年越しの夜会」でヴァネッサ嬢にした発言を言っているならお門違いだぞビルガー公。あれは「民などどうでも良い」と言ったヴァネッサ嬢に問題があった。クリスティアーナはそれが間違いだと言っただけだ。正論を説いただけの彼女が相応しくないと言うのなら、王族であるクリスティアーナに敬意を払わないそなたこそ、ここに列するに相応しくないと思うがな。それとも、ビルガー公爵家はセルドアスを蔑ろにしているのか?」
「貴族の誇りを蔑ろにしているのはあの女だ。そもそも男爵令嬢に正妃に成る権利などない。魔才値だけの女を正妃に添えるとなれば、ビルガーは相応の対応を――――」
「陛下」
怒りと勢いのままビルガー公が決定的な言葉を口にする寸前、会議室に高く美しい声が響いた。不思議と通るその声の主は、
「何だクリスティアーナ」
私の斜め後ろに立つティアだ。糾弾したい本人に救われとは皮肉だな。
「発言の許可を」
「黙れ小娘。お前に発言権などあろう筈が――――」
「黙れエリオット・ビルガー。それを決めるのは陛下だ」
私がビルガー公を制止すると、
「……良いだろう。クリスティアーナ・デュナ・セルドアスの発言を許可する」
父上は少し考えてからティアの発言を許可した。そして始まったのは――――
「エリオット・ビルガー様。正妃の条件とはなんでしょうか?」
ティアの独壇場だ。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




