#176.制服を纏った天使
「……魔法なのかこれは?」
「はい。こんな狭い範囲で起きる現象ではありませんから」
“それ”を見上げながら私に問いかけたクラウド様。答えを聞くと同時にその顔には満足そうな笑顔が浮かんでいました。
「これで貴族達は納得させられる。魔法の鍛練はもう充分だな」
え? 反対だったのですか?
「鍛練が充分と仰いますとクリスティアーナ様はもう此処には来ないのですかなぁ? それは残念ですなぁ。こんな教え甲斐のある方は居ないのですがなぁ。いや、学院に残って一緒に魔導の研究をしたいですな。クリスティアーナ様ならば、セルドアの魔導技術を大陸に並ぶ国の無いモノとしてくれましょうぞ」
何故か私を持ち上げたこの方は、私の指導をしてくれていた魔法科の教官長ドリック様です。かなりのお年ですがとても元気で、魔技能値は64と決して頭抜けて高いわけではないのにとても高度な魔法を使いこなす優秀な魔法使いです。
「クリスならば確かに新魔法を次々開発するだろうが、同じ魔法を使える魔法使いを育てるのは無理だろう。それでは大して意味はない。本人には反魔法の鍛練の方が重要だしな」
「言われてみたら確かにそうですなぁ。クリスティアーナ様程魔力の扱いに長けた方などおりません。普通の魔力量では、どんなに鍛練を積んでも数時間<微動>を使い続けるなど不可能ですからなぁ」
うちの家族ぐらいしか使えない魔法を開発したところで意味はないですからね。それこそ私の趣味にしかならないでしょう。
「たった二週間でしたがとても勉強になりました。ありがとうございましたドリック様」
「いやいや。こちらも楽しませて貰いましたぞ。気が向いたらいつでもお越し下さいなぁ」
「まだ反魔法の鍛練は必要ですから、学院に居る間は定期的に来させて頂きます。宜しくお願い致します」
軽く頭を下げて笑顔でお願いすると、
「行くぞクリス」
何故か不機嫌な旦那様が私の手を引きました。
「お待ちしておりますぞぉ」
若干早足の旦那様に手を引かれて鍛練場を出て行く私。後ろから響いたその声は、軽い口調ながら本気と取れる願望が含まれていたように思います。本当に気に入られてしまったようですね。
いつの間にか恋人繋ぎで手を握り合い、暫くそのまま歩いていた私とクラウド様。向かう先は明らかに寮なので、この雰囲気だとそのまま寝室に連れ込まれるでしょう。
まあ……嫌ではないのですが、まだ授業が終わって直ぐの時間です。リーレイヌ様達は慣れているので、いえ、日が落ちる前に寝室に入ることは滅多にありませんが初めてではないのでもう恥ずかしくはないのですが、今の寮には私付きの侍女と護衛の後宮武官が計五人も、新たに入ったばかりなのです。夕食の時ナビス様に何を言われるか分かったモノではありません。顔を真っ赤にさせられること請け合いなのです。ということで、
「クラウド様」
「どうした?」
黙ったまま少し早足で歩いていたクラウド様は、振り向いてその歩みをゆっくりしたモノに変えました。私の歩幅に合わせたいつもの散歩のペースです。
「このまま少しお散歩しませんか?」
「ん? 学院内を?」
「はい。誰に見られても問題ないですよね」
もう準正妃だと発表したわけですから、外で仲良くしていても誰にも咎め立てされることはありません。クラウド様には近衛騎士が、私には後宮武官が常に付いているので二人きりではありませんが、大名行列みたいになってしまう後宮デートよりましです。というか、一度してみたかったのです。
制服デート。
そうです。私も学院の制服を着ているのです。別に大した意味はありませんが、お仕着せで魔法の鍛練というのも気持ちが入らないので学院の制服を着ることにしたのです。授業終わりに直接私のところに来たクラウド様も当然制服のままですから運良く制服デートが成立します。いえ、男子の制服は騎士服と言ったデザインなので高校生の制服とは少し違いますが、気分的には制服デートそのものです。
「それはそうだが……まあ良いか」
少し残念そうな表情のクラウド様です。……ヤル気満々だったのですね。旦那様は最近欲求を抑える気がありません。
「結婚する前からこういう時間はあまりありませんでしたから」
「……そうだな」
更にゆっくりした歩みになった二人は、日差しの弱くなり始めた夕暮れ前の学院の庭を手を繋いだままのんびりと歩いて行きます。
「旦那様は子供好きですよね。何人欲しいですか?」
「何人も何も、最低限男が二人産まれるまで産んで貰うしかないぞ」
ああ、そう言えばそうでしたね。
「じゃあ、最初はどっちが――――」
数時間後。
「ティア」
「んっ」
ベッドに乗せられた直後に塞がれた唇。貪るようなそれを無抵抗に受け入れること数十秒、息も絶え絶えになってから漸く解放されました。
「だ、旦那様はお散歩よりベッドの上の方が好きですね?」
「当然だ。散歩をしていてもティアを独占している気になれない。ずっと私のモノでいてくれティア」
レイノルド様に対する態度で分かるように、旦那様の独占欲の強さは知っていましたが、こうまではっきり言われたのは初めてです。
「私はずっと旦那様だけの私です。正妃になっても側妃のままでもそれは変わりません」
「制服を着ているティアはお仕着せのティアと違う。安易に笑顔を振り撒くな。お仕着せでだって鍛練は出来るのだからお仕着せで良いだろう」
もしかして、ドリック様に嫉妬していたのですか? ドリック様はケブウス様より歳上ですよ?
「分かりました。でも、お仕着せでお散歩しても旦那様に甘えられません。折角公表したのにコソコソしたくないですし、二人きりで無くても二人の時間にはそれなりの格好をしたいです」
「んっ」
また唇を貪られた私です。ベッドの上なのですから文句は言えませんが、行動が唐突です。
「いい加減ティアは自分の魅力を自覚しろ。この二週間の騒ぎはただ単にティアが侍女として戻って来たから騒がれていたわけではない。制服姿のティアが魅力的だからだ。今日だって何人の男が君に見惚れていたやら」
私が完全に正妃扱いされ始めたと騒ぎになっていたのは知っていましたが、そんな内容の騒ぎだったのですか? いえ、旦那様の贔屓目、嫉妬心がそう騒ぎを見せてしまっているのかもしれませんね。
「言って置くが私見などではないぞ。なんならウィリアムにでも聞いてみろ。同じことを言うだろう。君は美しいのだティア」
私の思考はバレバレですか?
「幾ら容姿が良くても、ビルガー公が説得出来るわけではありませんから」
「……その話題を持ち出すのは無しだろう」
いえ、今日の今日ですから、というか、夕食の間に入って来た話ですからここで話題にするしかありませんよ?
「でも、ビルガー公がレイラック様に向かって「二心無きことを示せ」と仰ったのは事実ですよね。エイドリアン様の説得が失敗して公爵が本気で同盟を破綻させようとし始めたのは間違いないのではないでしょうか?」
「確かにそうだがティアが出て行くとしたらまだ先だ」
「少しの間でもビルガー公が孤立してしまうのは避けたいのではありませんか?」
王家としてもあまり良いことはありませんよね。
「しかしな。幾らビルガー公爵家とはいえ今回のことは無謀過ぎる。このままでは本当に孤立するぞ」
現ビルガー公爵エリオット様は確かに優秀な方とは言えませんが、状況を理解出来ない程視野が狭い方とは思えません。マリア様が退場する前からリシュタリカ様を担ぎ出せるぐらいですから、それなりに政治力や判断力があるということです。今回のことは確かに無謀ですが、何か見逃していませんかね?
「――――が接触していたのはヘイブスだけでしょうか?」
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




