#175.公爵家の次子
クラウド視点です
「エイドリアンか。どうした?」
赤い髪と彫りの深い顔立ちは兄そっくりだが、長身でガタイの良いエリアスに対してエイドリアンは中肉中背。実の兄弟でも似ているところと似てないところの差が激しい。というかこいつは、
「殿下がクリスティアーナ様を学院に戻したという話を聞いて父がこんな手紙を寄越しまして」
兄とは似ても似つかない優男だ。覇気に溢れたエリアスと柔和な空気を持ったこの男が、実の兄弟だと言われてもピンと来ない。実際一緒に居るところを見たことがないしな。
「読んで良いのか? お前に出された手紙だろう?」
「嫌だと思っていたら渡しません」
差し出された手紙を受け取りながら質問すると、当然の答えが返って来た。
「じゃあ遠慮なく読ませて貰うぞ」
私は渡された手紙に遠慮無く目を通す。そして――――
「……孤立したいのかビルガー公は」
「やはりそう思いますか」
当然だ。何しろ、
「これでは、「何が何でも同盟を破談に持ち込む」そう宣言しているのと変わらない」
「破談? ビルガー公が?」
話に混ざって来たのはウィリアムだ。いや、
「そんなこと父上も了承しないと思う」
「破談って、最後に決めるのはジークフリート様でしょう?」
「外務大臣で公爵のビルガーを全く無視して同盟なんか結べないだろ」
「公爵一人なら兎も角、外征派は大きな派閥だ。派閥をあげて反対されたら無視は出来ない」
院生会執務室に居る全員がこちらを注視し始めた。
「本当にビルガー公はそんなことを?」
「「ブローフ平原を全て寄越さない限り譲らない」この手紙にそう書いてある。ルギスタンがそこまで譲歩するとはとても思えんし、破談すると言っているのと変わらない」
その可能性があるとしたら――――
「内政派は勿論、国王派だって同盟には概ね賛成していますし、外征派の一部すらルギスタンの懐柔策に取り込まれています。こんな状況で破談に持ち込んだらビルガー公の立つ瀬が無くなるだけでしょう」
流石ベイト家の一員だけあって変わり種でも良く知っている。
「はい。しかも相手に何かしら落ち度があったのなら兎も角として、クリスティアーナ様を正妃扱いしたことと同盟は無関係です。これは父上の暴走でしかありません」
「ビルガー公はクリス嬢の正妃就任に反対しているのか?」
「ええ。詳しいことは書いてありませんが、クリスティアーナ様を正妃扱いしていることが気に食わないようですね」
確かに手紙に詳しい理由は明記されていないが、魔技能値が二百五十あって最速で副侍女になったティアが正妃に成れないとしたらそれは上位貴族以外認めないということだ。一時はマリアを正妃候補として担ぎ上げておいて、これではただの我が儘、子供だ。
「気に食わないって……またなんで? 表立って反対するような理由はないと思うけどな。マリア嬢の方が余程酷かったし」
「だから余計に暴走でしかないのでしょう? 事実、クリスティアーナ様の正妃就任に表立って反対している貴族はいない。それどころか、どの派閥でも恩恵の少ない末端の貴族は概ね賛成してる。無理に反対すれば求心力を失い兼ねません」
側妃であっても妃は伴侶と同等に扱われる。ウィリアムがティアに「様」を付けて呼ぶのは正しいわけだが……やはり違和感があるな。
「シルヴィアンナなら兎も角、リシュタリカ嬢が正妃に成っても外征派に恩恵なんてモノは元々ない。シルヴィアンナに反対する理由なら派閥のことなど少なからずあるだろうが、クリスに反対する理由は皆無だろう。魔才値が以前のままだとしたら充分反対する理由になるがな」
利点が見付からないリシュタリカ嬢を担ぎ上げたこと自体無理があったのだから、今回本当に暴走してティアの正妃就任に表立って反対し始めたら、ビルガーは完全に孤立する。
「クリスティアーナ様の魔才値が以前のまま? どういうことですか?」
ああ。ここには知らない奴も居たんだったな。
「クリスの魔技能値は少なくとも12歳の時まで1しか無かった」
「1? ……霧魔法を使った時1だったなんてことありませんよね?」
ん? 霧魔法を初めて見たのは……「魔劇祭」の前日練習の時だな。あれは拉致事件の一ヶ月以上前だ。しかも劇の練習で初めて使ったなんてことは無いだろうから実際はその前から使えた筈……魔才値が変化したのは事件の時ではないのか?
「それは判らない。ただこの話はあまり広めて欲しくない。今二百五十あるのは事実なのだ。下らないいちゃもんを付けられたくない」
「それは分かりますが、クリスの魔技能値が低かったことを知っている人は少なくないでしょう。いずれは広まってしまうのでは?」
「それは本人も承知している。クリスは年明けから、いや、王宮に戻ってから毎日が鍛練場に足を向けている。もう<高熱火球>は使えるし、裏誘導も修得しつつあるようだからな。あと少し時間を稼げれば良いだけだ」
「裏誘導……二百五十は伊達じゃないんだなぁ」
「霧魔法で既に凄い技術だった。説明受けても誰も出来なかった」
元々刺繍をしながら魔法の基礎鍛練を積んでいたようなモノだからな。基礎がしっかりしていれば応用は簡単なわけだし、ティアが簡単に普通魔法を使えるように成ったというのも納得だが……この調子ではあっという間に追い抜かれる。また一つ勝てないモノが増える。
「クリスのことは良いとしてエイドリアン。お前はその話を私に持ってきてどうする積もりだ?」
「父上を説得してなんとか止められませんか?」
同情はするが、
「それはお前やエリアスの役目で、私がすべきことではない。協力するにしても直接は無理だ。王家として公爵位を重く見ることは家を保てるよう助けることではない。その独立性を保証することだ。自らの失態で権威を保てなくなったとしても、それを王家が助ける義理はない」
甘やかすわけにはいかない。こんな状況に於いてもビルガー公を外務大臣に据え続けているのだから、公爵位は保証されたままなのだ。その意味を理解出来ない程無能ならば、王家としても手を打つしかない。ただビルガーはヘイブスなんかとはわけが違う。こんな状況下でビルガーを降ろすなんてことは不可能に近い。ビルガー公爵家はセルドアに深く根を張って来た家だ。嘗ては「第二の王家」とまで呼ばれていたその家の影響力は派閥だけに収まらない。簡単に排除することは出来ない。
「兄上は、クリスティアーナ様のことには賛成していますが、同盟には消極的です。次男の私が何を言っても父上は……」
エイドリアンは、優秀だが次男という負い目があるのかエリアスを立て過ぎるのが難点だ。エリアスはエリアスで公爵家の嫡子としての風格はあるが、短慮で政には向いていない。弟が巧く兄を補助出来るように成れば言うことはないのだが……家の中のことまで口出し出来んしな。
「ベルトリーナ様なら説得出来るのではないか?」
「マリアが出て行ってから両親は口を聞いていません。今更父上が母上の言葉を聞くとは思えません」
やはり噂は正しいのか。しかしそうなると、
「エリアスだな。嫡子の言葉なら届くだろう。兄を説得してみろ」
「兄上を? しかしどうやったら……」
少し搦め手から攻めさせるか。
「エリアスには子供が出来る。その“母親”が何を望んでいるか考えさせろ」
「エリアス様に子供?」
「本当ですか?」
ウィリアム。お前は何も聞いていないのか?
「政に女子供を持ち出すのは卑怯な気もしますが……」
「政はその女子供を守る為にやるモノだ。それが出来て初めて「功を立てた」と言える。名誉を得たり、金を儲けたりは平時の話だ。それに、形振り構っていられる状況ではないだろう? お前が次男であることを含めてな」
ハッとしたように私を見たエイドリアンは、何かに気付いたように頷いた。
「それで無理だったらもう一度私のところに来い」
なんだかんだで世話を焼いているな私は。……ティアに影響されたか?
「ありがとうございます」
これでどうにもならなければ、ティアに出向いて貰うしかないかもな。本人が出て行けば説得出来る可能性は充分にあると思うが……そうなるとまたティアとの差が開く。縮むどころか開く一方だな。
ただ、流石のビルガー公も本気で同盟を破綻に持って行くとは考えられん。自らの地位が危うくなることぐらい解っている筈だからな。
この考えが浅はかだったと気付かされるまで、そう時間は掛からなかった。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




