#173.侍女に戻った側妃
「確かに夏至の休業期間中ならば警備に割く人数は減らせますが、ドレス祭りや他のお祭りと公演期間が被ってしまうと、客足が伸び悩むように思われますが?」
「我ら「朝霧」の集客力を嘗めて貰っては困りますなお嬢さん」
「しかし団長。以前うちの劇場でやった夏至講演は散々だったじゃないですか。クリスティアーナ様の言う通り、夏至は客足が悪いスッよ」
「様? お貴族様とはいえ女相手に「様」はないぞゴバ。せめて「殿」だ。いや、こんなお若いのなら「嬢」だな」
クリスティアーナ・デュナ・セルドアス。ちゃんとそう名乗ったのですけど……まあ私にはどうでも良いことですが、この学院に選民意識の高い貴族の子女も少なくありませんから、「お貴族様」なんて言い方をすると怒る人もいますよ?
「いえ団長。この方は――――」
「先程申し上げた通り、学院との共催にしないのなら警備にかかった費用は劇場提供料に上乗せして実費を戴くことになります。当然お客さんが入らなければ損をすることになります。無理に警備費用を抑えようとなさらずに、客足が向きやすい時期を狙った方が無難に思えます」
「共催ならば貴族の学院生から話が広がりますからな、高い観劇料を払うに躊躇のない有力貴族にも簡単に宣伝が出来ますぞ。事実去年の「湖畔の友」の公演は連日満員御礼で学院も劇団も充分な収益をもたらしました。個人的には共催をお奨めしますぞ」
ケブウス様の個人的な意見は必要ないと思いますけど……。
「「朝霧」の客は平民が中心スッから、貴族に宣伝してもあんまり意味はないスッね」
「いや良い機会だ。これを期にお貴族様に来て頂くのだ。「湖畔の友」だって、最初はその名前の通り湖畔で大道芸をしていた集まりだったのだ。我が「朝霧」だっていつかは貴族が集まるような劇団にならねばならん」
「共催となると、当然こちらも細々した部分に口を挟まなければなりません。ご存知のことと思いますが、学院は王家の管理下にありますから、セルドアス家が出資するに相応しい内容でない限り許可は下りませんよ」
エルノアの“成人男性”の間では人気のある劇団「朝霧」ですが、学院の劇場で公演が出来る程格式高い劇団ではありません。はっきり言ってしまえば、公演内容に品が足りないので女性客が少ないのです。
同じように学院の劇場での公演を希望していて女性客が少ない劇団「ロー」は、派手な殺陣を売りに勢いのある劇団なので今のところ圧倒的に「ロー」が優勢ですね。
「……やっぱ無理じゃないスッかね? うちの客じゃ倍も金払わねぇスッよ。「ロー」を押し退けて魔法学院で公演なんて難しそうスッ」
「小娘に脅されただけで何を弱気になっている。王家だって客さえ入れば文句は言うまい」
小娘に格下げですか。あ!
「な! 何を!」
サラビナ様……相変わらず好戦的な方ですね。それはやり過ぎだと思いますよ?
「クリスティアーナ様がお優しいから良いものの、本来なら叩き出されていても文句は言えないわ。あなたはこの方が何と名乗ったのか聞いていなかったの?」
私の護衛として付いてくれているサラビナ様が団長さんに剣を向けたのです。確かに無礼は無礼ですが、剣を抜くのが早過ぎます。
「剣を納めなさいサラビナ。無礼なのは間違いありませんが、彼がその認識を持っていなかったのは貴女も分かっていることでしょう?」
先輩後宮官僚のサラビナ様に命令するのは気が引けますが、ここは場を収めることを優先して命令口調にさせて貰います。
「しかし、幾らなんでも無礼が過ぎます。これは王家に対する侮辱です」
「無礼なのは承知しています。ですが、剣を抜く前に忠告をすべきです。貴女が私の名誉を守ろうとしてくれているのは解りますが、彼が王家に敵意を抱いているとは思えません。剣を納めなさい」
「……承知致しました」
剣を納めたサラビナ様を見た私は、改めて団長さんと向き合いましたが……呆気に取られて固まっていますね。
「失礼致しました。彼女は“王族”を守る為に働いてくれている後宮武官なのですが、職務に忠実なあまり行き過ぎることがありまして。穏便に済ませて頂ければ幸いです」
団長さんは、「信じられないモノを見た」そんな顔をしたまま固まっています。貴族と王族ってそこまで違いますか?
「お、う、ぞ、く?」
「団長彼女は――――」
「今日はここまでにしておきましょう。劇場提供料を払うにしても共催公演をするにしても、そちらでお話しなければならないことが沢山あるかと存じます」
そう言いながら立ち上がると、劇団「朝霧」の事務員ゴバさんはそれに合わせて立ち上がりましたが、団長さんは座ったままでした。
「はっきり申し上げまして、今回は劇場提供料のことも共催公演の条件もご存知無かったそちらの準備不足と言わざるを得ません」
「申し訳ないスッ」
「謝る必要はありませんが、今のままでは夏至前に公演を行うのは無理かと存じます」
「そうスッね」
「それから、生意気ですがこれだけは言わせて下さい」
敢えてここで言葉を区切ります。演出も多少は必要ですからね。
「演劇は見るお客さんの為だけにあるわけではありません。演者は演者の“魅せたい演技”があるはずです。今日はそれが見えませんでした。大事なモノを忘れていませんか?」
そう言って笑い掛けると団長さんもゴバさんも顔を赤らめました。……興奮する要素がどこにあるのですか?
「では失礼致します」
クラウド様が私を“侍女として”学院に戻した理由は、何もクラウド様自身の欲求を満たす為だけではありません。本気で私の侍女としての力を欲する事態が起きたからです。
冬至休業が明け授業が始まって直ぐ、エルノアの劇団「ロー」が学院の劇場で公演を行いたいと申し込んで来たそうです。まあそれだけならば、制定した学院規則に乗っ取って、院生会と教職員会だけで処理出来たことなのですが、「ロー」の申し込みに合わせて今日交渉の席を持った「朝霧」が割り込んで来たのです。「朝霧」と「ロー」は客層が被るライバルですからね。対抗心剥き出しで「ロー」の公演を邪魔しに来たわけです。「そんな争いを学院でやるな!」と言いつつ、学院長はクラウド様に判断を投げたのです。
そこで一つ問題が起きました。去年の共催公演でクラウド様の名代として学院側の代表となって交渉に当たっていたのは私で、その報告を聞いて交渉の経緯や状況を把握していたのはアビーズ様なのです。
そうです。去年より複雑な交渉をしなければならないのに、その当事者が居ない状況が産まれてしまったのです。男性王族に仕えたことの無かったトルシア様が交渉を行うのは無理がありますからね。クラウド様が私を呼び寄せる言い訳としては充分な状況が産まれてしまったのです。
いえ、間違いなく言い訳ですよ? だって交渉には大抵ケブウス様やレイノルド様が一緒に居ましたし、リーレイヌ様やアンリーヌ様だって大体の状況を把握していたのです。私でなければ交渉にならないなんてことはないでしょう。
結局はクラウド様の我が儘だと思います。
話を変えましょう。「朝霧」の団長さんは気付きませんでしたが、今私は有名人です。学院内でも例外ではありません。いえ、学院内では様々な影響でクラウド様の侍女として知られていましたから、それが準正妃だと発覚して余計に有名になりました。だから、
「あ! あれクリスティアーナ様じゃない?」
「本当だわ。やっぱりお綺麗な方ね」
「でもシルヴィアンナ様程ではないわ」
「お仕着せを着ているからそう見えるのよ。ドレスを着てクラウド様と並んで大階段を降りて来た時は本当に綺麗だったわ。天使が舞い降りて来たのかと思ったもの」
劇団「朝霧」と交渉していた面会棟から上位貴族男子寮の第一棟に戻るまでに、何度となくこんな会話を耳にすることになったのでした。男女問わず年齢問わずのその会話に私は頭の中で突っ込みを入れたのです。
何で私に対する形容が「天使」という表現で統一されているのですか!
恥ずかしすぎるその形容の理由を聞かされた時、私は更に恥ずかしくなりました。
「知らないのか? 最近エルノアの大衆演劇場の幾つかで、ティアを主役にした台本の演目が開かれている。その題名が「金色の天使」だ」
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




