#172.後宮の意義
突然王宮に帰って来たクラウド様。その突拍子のない提案は初め無理だと思いましたが、良く考えるとそうでも無かったのです。クラウド様に流されるまま、私はレイテシア様とジークフリート様の二人が晩餐をしている正妃の間のダイニングルームに押し掛けました。
因みに晩餐は二人キリではなくて、レイフィーラ様とキーセ様、ルティアーナ様、ナタリア様も一緒でした。要はレイテシア様の実子も一緒だったのです。
「側妃の外出許可に、時間も理由も制限はありません。どんな理由でどれだけの期間外出しようと法に触れることはありません。クリスティアーナが学院で生活出来るよう許可して下さい」
「典範上は確かに可能だ。しかしな……」
ジークフリート様は拳に顎を乗せて考え込んでしまいました。ジークフリート様も間違いなくイケメンですからね。絵になります。まあ、個人的にはクラウド様……止めましょう。夫を誉めたらただのノロケです。
「側妃でなければ、クリスは既に正侍女に成っていたはずの貴重な人材です。院生会員の選挙方式の改定は、事実彼女の功績による所が大きい。更には、去年の「湖畔の友」との共催講演。これもクリスが調整役になったから順調にことが運んだのです。彼女の代わりは誰にも勤まりません」
それを大義名分にして私と一緒に居たいという私欲を満たそうとしているのは見え見えですが、ここで私はそれを口には出来ません。私もクラウド様と一緒に居たいですからね。
ただ……無茶し過ぎではないですか? 公に批判は浴びてないようですが、二年も側妃であることを隠して私を侍女として近くに置いておいたわけですし、それに加えてこれは……。
「側妃でありながら侍女を勤めるというのか?」
ジークフリート様の視線は正面に腰掛けるクラウド様ではなく、明らかにその横に座った私に向きました。
「全く落ち度が無かったとは言えませんが、この二年私は侍女の仕事も勤めて来た積もりです。クラウド様がお望みになるなら私はそれに応えたいと思います」
私が侍女の仕事を完遂するには、旦那様の手加減が不可欠ですが、それさえ協力して貰えればなんとかなります。
「クリスには私が少し負担を――――」
「良いわねぇクラウド。クリスに愛されて。こんなにも尽くしてくれる女の子はそうはいないわ。大事にしなさいね」
「折角譲ってあげたのだから幸せにしなかったら赦さないわお兄様」
「お姉さまがクラウドお兄さまに譲ったってどういうことぉ?」
「ナタリアもクリスのことが好きなのよねぇ?」
「ナタリぃ、クリスおねえさまだいすき」
「クリスはルティが産まれたころ私の侍女だったのよ。それをお兄様が強引に連れて行ってしまったの」
「クラウドお兄さま。人のモノを盗っちゃメです」
「「メ!」」
クラウド様が私の言葉を捕捉しようとしたのを遮って、女性陣が口々に話始めました。キーセ様は相変わらず無口な方ですから、男女比が2対5で圧倒的に女性が優勢ですね。
関係ないですが、レイフィーラ様がものの見事に美人に成長しています。背丈こそ小柄ですが、レイテシア様やソフィア様から受け継いだ美女のオーラを宿した可憐な王女様に成長を遂げました。
あれ? 考えてみたらレイフィーラ様には今婚約者が居ません。普通に考えれば、エリアス様やカイザール様辺りに降嫁されることが決まっていても不思議ではないのに……。レイフィーラ様に縁談がないのが不思議です。
「彼女はドレス作りにも貢献していると聞いたが?」
女性陣の会話を丸無視して、ジークフリート様がクラウド様に質問しました。
「確かにドレス作りにも貴重な人材でしょうが、侍女をしながらでもドレス作りは出来ます。直ぐにでも正妃と決めて下さるならば良いですが、代えの利かない優秀な侍女であるクリスを側妃として王宮に置いておくのは無駄というものでしょう」
代えの利かない優秀な侍女……これは完全に過大評価です。酷い贔屓目ですよクラウド様。
「そう言えばクリス。魔法の鍛練は順調に進んでいるの?」
レイフィーラ様はクラウド様とジークフリート様の会話を無視していますね。
「今のところ順調です。今日は裏誘導の鍛練をしました」
「裏誘導? もうそんなことをしているの? 凄い」
「はい。進歩が早いと近衛騎士様も驚いていました。でも大規模魔法は、あ!」
クラウド様に言ってませんでしたね。
「クラウド様。二百五十に説得力がある大規模魔法は王宮で練習出来ないそうです。それこそ魔法学院の鍛練場を使った方が良いと兄が言っていました」
なんかジークフリート様を説得する為の言い訳みたいになってしまいましたね。クラウド様は笑顔に成りましたけど。
「認めてあげたらいかがですか?」
ジークフリート様に問うたのはレイテシア様です。レイテシア様は最初から賛成の雰囲気でしたが……本当に良いのでしょうかね? 流石に我が儘が過ぎる気がしますけど。
「準正妃とは言え側妃は側妃だ。彼女に対する「特別扱い」は外征派を刺激するだけだろう」
その言い方だと、側妃だと問題になって正妃なら問題にならなくなってしまいますよジークフリート様。自由に出入り出来る正妃にしても後宮で暮らさなければならないことに違いはありません。どちらにしてもクラウド様の我が儘であることに変わりはないと思いますよ。
「それとこれとは無関係だわ。外征派が何を言って来ても突っぱねる覚悟がないからジークはクリスのことを公布して後宮に押し込んだのよ? クリスは我慢強いから何も言わないけれど、クラウドと共に在りたいと思っている。ジークにそれを止める権利は無いと思うけど?」
悪戯っぽく微笑みながら可愛らしく首を傾げたレイテシア様ですが……何故止める権利は無いのでしょうか? 理由がさっぱり解りません。
「側妃は側妃だろう?」
「側妃だって妻よ。いつぞやにクリスにそう言われたのでしょう?」
確かに言いましたね。ただやっぱり、ジークフリート様は正妃なら良くて側妃だとダメだと思っているようです。その違いが良く解りません。確かに典範上自由が利きますが、正妃は正妃で沢山の侍女と近衛騎士が傍にいなければならないわけですし……。
「それでは後宮の意味がないだろう」
「前例の無いことを無理に押し通さなければならないことは解っていますが、セルドアの後宮は弱い者を守る為に存在しているモノであって、決して「閉じ込める」ために防備を固めているわけではありません。どんな立場の方であっても正当な理由があれば外に出ることを阻むべきではないと思います」
まあ今回は、「正当な理由」かどうか議論の余地がありそうですが。
「後半はその通りだがクリス。前例が無いわけではないぞ」
え?
「他でもないこの人が、学院に“妃”を連れ込んだ張本人よ」
「だからレイテシアは正妃で、クリスティアーナは側妃だろう?」
「学院に入る予定の無かったわたくしを、一年の三月から無理矢理寮に住まわせたのは貴方よジーク。正妃だって王太子妃だって後宮で生活するのが決まりなのだから、側妃だって同じではないのかしら?」
……父子で同じことをやるわけですね。
因みに、「後宮で生活するのが決まり」とレイテシア様は仰いましたが、正確には決まりではなく慣例です。典範のどこにも「妃は原則的に後宮で生活する」などというような記述はありません。穴だらけなんですねセルドアの王室典範って。
ただ後宮規則には“外出”手続きの規定が細かく記されています。男性が決めた王室典範より女性の決めた後宮規則の方が細かいのです。なんて、それにすら側妃の外出理由は期間についての制限はないのですけどね。
「はあ……分かった。許可しよう」
大きくため息を吐いたジークフリート様が許可を出したことによって、全く別のことに影響が出たことに私達が気付いたのは、僅か一週間後のことでした。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




