#171.魔法の訓練
クラウディオ様世代の王族は皆離宮に移住してしまったので今後宮に居ませんが、ジークフリート様世代は従兄弟も含めて八人の成人男性が王宮で生活しています。そうなると当然側妃を含めたお妃様は結構な人数になるわけで、二十人以上になるのです。その頂点に居るのがレイテシア様なわけですが、今の後宮で二番手に来るのが誰かと言えば……私です。
「私はまだ準正妃です!」
と声高に叫びましたが暖簾に腕押し。ナビス様に「いずれ座る積もりなら今から座っておきなさい。でなければ座る気がないと思われるわよ」と言われまして、妃晩餐会ではレイテシア様の対面に腰掛けました。
晩餐会開始直後レイテシア様に「こうなるのを楽しみにしていた」と歓迎の意を示して頂くまでは、針の筵でしたけどね。特に、王弟ジラルド殿下の正妻フランリエーナ様には睨むように観察されてしまいました。フランリエーナ様は侯爵家出身なので選民意識が高い方という認識は侍女見習い時代から持っていましたが……全員が全員歓迎してくれるとは思いませんが、嫁いでから十五年以上経つのに選民意識が抜けないのですかね?
それ以外の方は比較的友好的な感じでしたが、一緒に後宮で生活しているのですから顔を会わせる機会は少なくないですし、喧嘩するわけにはいきません。仲良く出来ますかね?
話は変わりますが、王太子妃の間を使ってはいますが準正妃である私は今のところ政務を行っていません。王太子妃の持つ権限はかなり大きいのでこれは当然の事ですが、やることが無いわけではありません。
正妃になった時の為の勉強は毎日欠かさずやっていますが、王太子妃の政務は王后に成る為の勉強の意味合いも有るのでそれは成ってからでも良いのです。
今重要なのは、魔法の鍛練です。
私の魔才値が大幅に変化したことは公表されていませんが、私の魔技能値が1しか無かったという事実を知っている方はなんだかんだでかなりの人数になります。今直ぐということは無いでしょうが、公布された数値に疑問を挟む方が出て来るのは必然なのです。そうなった時、その方々を説得する一番の方法は私自身が数値に納得出来るぐらいの高度な魔法を使っているところを見せることでしょう。
そんなわけで、クラウド様が学院に戻って一週間、いえ、魔才値を八回も測った翌日から、私は魔法の鍛練に励んでいるのです。
学院に居る間はクラウド様や近衛騎士様に魔法の指導をして頂きましたが、後宮には王族男性以外滅多なことでは入れません。そして後宮武官にも魔法使いは居るのですが、昨日到頭、「もう私にはクリスティアーナ様に教えられることはありません」と告げられてしまいました。
そうです。私の指導をしてくださった後宮武官の魔法使い、カルベローナ様が使える魔法を全て使えるようになってしまったのです。
壮年の彼女の魔法を全てなんてこんな短期間でそんなこと出来るわけが……。と最初は思いましたが、カルベローナ様曰く「普通魔法は結局生活魔法の応用で、魔力の扱い方さえ覚えれば簡単」だそうです。加えて「反魔法も感覚さえ掴めれば同じ」という話ですから、魔技能値二百五十ある私が短期間で修得してしまっても不思議ではありません。
ということで魔法の鍛練は終わり。とはいきません。一般的な魔法を使えるだけで魔技能値二百五十と言っても説得力がありませんからね。故に今日から私は、ジークフリート様とレイテシア様のお二人に許可を頂き、王宮の居住区でこの人の指導を仰ぐこととなったのです。
「結局のところクリスに必要なのは大規模魔法だよな?」
「はい。大きい魔法なら説得出来ると思います。ただお兄様の倍ぐらいの規模でないと二百五十という数値に説得力はないかと」
限界まで鍛練を積むと、魔技能値は扱える魔法の規模と比例するのです。お兄様の倍の規模の魔法が使えれば説得できるでしょう。
「……私の倍以上の規模となると、設備の整った場所でないと大変なことになる。学院の魔法鍛練場でやった方が良い。あそこなら反魔法を刻んだ魔法玉の壁に囲まれているから大丈夫だろうけど、ここでは鍛練場だけでなく菫殿や秋桜殿まで被害が出る」
お兄様ですら本気で魔法を使うわけにはいかないですからね。お空に打ち上げるのでは魔法を制御する訓練に成りませんし、大規模魔法は練習する場所に苦労するのです。
「今直ぐにその規模の魔法を訓練するわけではありませんから、取り敢えずお兄様が使える魔法を教えて下さい。カルベローナ様には<高熱火球>まで教わりましたが、複合魔法は一切教わっていませんので」
「もう<高熱火球>が使えるのか? 鍛練を始めてまだ一ヶ月ちょっとだろ?」
「私が魔法の鍛練を始めたの五歳の頃です。それから考えると十三年になりますから。それに、刺繍で<微動>を沢山使う私は魔力の扱いに慣れています」
生活魔法でも、私程連続して使用する人はいない筈です。魔力の扱いだけを考ええれば私は熟練者の域でしょう。
「前に<微動>は遠くの物にも使えると言っていたね。他の生活魔法は?」
「大体が使えます。<微風>は結果が分かりませんけど」
見えませんからね。
「なら基礎訓練は必要ないかもな」
「何故ですか? 基礎なら基礎でちゃんと教わりたいです」
カルベローナ様にも同じようなことを言われて同じように返したら、「例の霧魔法を離れた場所に使えるだけで基礎は充分です」と言われてしまいました。遠くに魔法を使うのってそんなに難しいですか?
「生活魔法を連続で使ったり、遠くの物に<微風>や<微動>を使うのが基礎鍛練だよ。学院は基礎鍛練に重きを置いているから、A組とB組以外一年目の実技の授業はそれが全てだ」
普通魔法の使い方は知っているのに、基礎鍛練の方法は知らないのですね私は。いけません。知識に隔たりがあるのは問題です。あれ?
「お母様は何故そのことを私に教えてくれなかったのでしょう?」
「クリスが何も言わなくても勝手にやっていたからだと思うよ。「繰り返しやれば普通魔法が使えるようになるかも」って頑張っていたから、わざわざ基礎鍛練の方法を教える必要は無かったんだろう? 魔技能値が20もあればそれをやっているうちに小規模の普通魔法が使えるように成るから、“普通魔法の使い方”なんて通常教わらないモノなんだよ」
下手に希望を持たせない為とも考えられますね。
「なんにしても、魔才値の真偽を問われる前に大規模魔法を使えるようにならなければ成りませんから、宜しくお願いしますお兄様」
「分かった。でも無理は禁物だよ。言い付けを守らなかったら私はクリスの指導から下りる」
始める前から釘を刺されてしまいましたね。
「はい。先生の言うことには逆らいません」
「良し。じゃあ初めに――――」
なんてやり取りがあった僅か一週間後。昼過ぎ。ここ一週間日課と化したお兄様の指導を受けている最中です。
私の右手の近くで無数に生成された指程の大きさの氷の刃が、私の意思に従い的となっている土で造られた人形の頭上に向かって飛んで行きます。そしてそれは人形の真上で停止しました。
微動だにしなくなった氷の刃。少しして私の隣の人から合図がされました。
「良し」
お兄様の声を聞いた私が上空で停止した氷の刃へと魔法を飛ばすと、私の意思通りそれは急速に落下を始め、的に降り注ぎました。
この魔法は融合魔法<氷礫>です。生活魔法の<湧水>に、水を操る魔法<操水>を重ねて釘のような形を作り、更に<強冷却>で氷らせて、<誘導>で標的に向かって飛ばしたのです。
素早く無数の魔法を創り遠隔操作する訓練には持ってこいの魔法ですが、よほど<誘導>に魔力を注がないと鎧を着た騎士相手では効果の薄い攻撃魔法です。
「もっと早く落とさないと効果がないよ」
「私は攻撃をしたいわけではありませんから。訓練になれば充分です」
正直私は人に向かって魔法を使ったりは出来ないと思います。ただ、大規模魔法は修得せざるを得ませんから……人を傷付けない大規模魔法とかないですかね?
「……まあ良いか。じゃあ今度は的の後ろから当てる練習。見えないから制御が難しいし、下手をしたら自分に向かって魔法が飛んで来るから慎重にね」
「オイオイ。幾らなんでも“裏誘導”は早すぎじゃねえか?」
横槍を入れたのは、噂を聞いて見学に来たアブセル様です。
因みに噂というのは、私が一週間足らずで<氷礫>を使えるように成ったことが近衛騎士団に広まったそうです。確かに<誘導>は結構難しいですが、<氷礫>の生成自体は<霧>と同じなので全く難しくはありません。騒ぐ程のことではないかと思いますが……。
「横誘導も停止も昨日簡単に出来ましたから、裏誘導もきっと出来ますよ」
「……魔技能値二百五十は伊達じゃないみてえだな」
「八回も測ったのだから当然だろう」
え?
突然頭の上から声がして、私は後ろから抱き締められました。そんなことをしたのは当然、
「クラウド様?」
今日は帰って来る予定はありませんでしたよね。というか、授業はどうしたのですか?
「魔法は良いから、侍女に戻ってくれ」
はぁ? 侍女!?
活動報告にも書きましたが、2015/12/25までの6時と18時の一日二話更新は予定通りで、2015/12/26から2015/12/31まで0時、8時、16時に一日三話ずつ更新し本編が完結します。
24日までの後書きに上記の事とは別の事が書いてあると思いますが、それは書き変えていないだけで此方が決定事項です。




