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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十二章 羽ばたく天使
171/219

#170.好きになったのは?

「旦那様」


 微睡みの中から愛しい人を呼ぶと、私の枕と化した逞しい腕を少し動かしたその人は、私の髪を優しく撫でます。この一年半、二日と空けずに与えられていたその感触と暫しのお別れをしなければならないと考えただけで、寂しくなってしまいます。


「どうした?」


 まあ、その変わりに昨夜から今夜に掛けてずっと一緒にいたのですけどね。いえ、ずっとベッドにいたわけではありませんよ?

 午前中は居間でのんびりとお喋りして過ごして、お茶の時間には後宮デートをしました。ルッカちゃんに造って貰った例のセクシーなドレスを着せられましたけど……端から見ると、お胸が強調されて背中がパックリ開いたドレスを着て、日傘をさして歩くという奇妙な光景だったと思います。

 あのドレスは本来夜会用なので当然最初は躊躇しましたが、旦那様の達ての願いを簡単には断われませんからね。もっと言えば、後宮内でなければあのドレスを着る許可は下りないので、こういう機会で着なければ、造ってくれたルッカちゃん申し訳が立ちません。


「またして下さいね」

「……それは昼の散歩のことか?」


 え?


「他に何かありますか?」


 特別頼むことはないと思いますけど。


「ティアは結局自分から私を欲しがらないのだな」


 ベッドの上で曖昧なことを言った私の間違いでしたね。


「満たされているからかもしれません。私の欲求は旦那様に与えられているモノより強くないのだと思います」


 今回のことでそれはハッキリするでしょう。それより、


「不満が貯まって再会した時の旦那様が心配です。我を忘れたりしないで下さいね」


 夢中になると優しくなくなることが未だに時々ありますからね。それが嫌ではない自分が怖いですが、本気で我を忘れられたら私の身体が持ちません。


「やっぱりティアは我慢していたのか?」

「違います。心と身体は別物なだけです。旦那様に求められれば心は満たされて行くだけですが、身体が耐えられるとは限りません。でも、旦那様に愛でられて私は幸せです」

「心に満たされているのか?」


 質問しながら私の首の下から腕を引き抜いたクラウド様は、両肘をついて私に覆い被さります。吐息がかかる程近くで見詰め合い、


「はい。とてもっ」


 余り意味の無い答えを口にした次の瞬間には、その口は塞がれていました。


 その長く甘い口づけを受け入れたあと待っていたのは、熱く激しい二人の時間。ではなく、意外にも語らいの時間でした。まあ身体は、というより肌は密着したままですが……。


「ティアにはこうして肌を重ねているより散歩の方が良いのか?」


 こうしてって……今私達は確かにベッドの上で肌を重ねていますが、本当に重ねているだけで情事の最中ではありませんよ?


「それはなんとも言えませんが、今日は後宮でお散歩が出来て良かったです」


 あれ? もしかしてもう日付が変わっていますか?


「ティアが楽しんでくれたのなら良かった」

「旦那様は? 楽しんでくれましたか?」

「悪くはないが……やはり二人キリが良い」


 ですよね。何しろ私付きに成った侍女さん達がぞろぞろと付いて来ていましたから二人キリとは程遠い状況でした。準正妃ですが、後宮官僚からは完全に正妃扱いされているのです。子供が居るわけではないので侍女見習い三人は絶対必要ないですけどね。


「でも、正妃になる以上二人キリになるのは無理ですよね」


 側妃でも最低一人は侍女が付くので後宮内でも基本的には一人で出歩くことは出来ないのですけどね。まあ遠巻きにして貰うことは出来るので、今日のようにじっと見張られているような状況にはなりませんが。


「かと言って、ティア以外を正妃にしたいとは思えん。ティアだって、側妃よりは正妃の方が良いのだろう?」

「はい。子供が何を望んでも叶えられる状況は作ってあげたいですから」


 まだいもしない子供に望みも何もありませんが、これも親の我が儘ですね。


「正妃の子でも王位を望まないことも考えられるがな」

「それはそれで良いのではないですか? 野心や責任感が無い人間に王が勤まるとは思えませんから」


 野心も責任感も無いのに王に担ぎ上げられる程優秀だとしたら、自分で状況を打開出来る筈です。でも側妃の子が王位に就くには、それこそ小さい頃に国王から嫡子として認めて貰い、時間を掛けて周りを説得して行くしかありません。しかも、男の子がいなければ仕方がありませんが、正妃の実家はまず納得しないでしょう。次代の王を排出する家だからこそ正妃の実家の家格が上がるのですから。


「確かにな」


 何故か感慨深げに頷いた旦那様です。


「旦那様?」


 黙ってしまった旦那様の目を覗き込むと優しい笑みが返って来ました。最近やっと心臓が跳ねることの無くなった私の大好きな笑顔です。


「最近少し考えることが有ってな。ティアは私が継承権を放棄した方が幸せなのではないかと思ってな」


 ……正直それは否定出来ませんが、


「私以外、セルドアス家の誰もそんなことは望まないでしょう。ウィリアム様も優秀な方ですが、旦那様程の才覚をお持ちの方はいません。それに――――」


 あ! これを言うと旦那様の自由を私が制限してしまいますね。


「それに?」

「いえ、旦那様が本気で望むならば、どうかご随意に。私は何処へでも付いて行きます」


 これでは旦那様に依存しているみたいですね。まあ否定は出来ません。国中を敵に回しても私は旦那様の味方でいるでしょう。逃避行したとしても刺繍は何処へ行ってもお金に成るでしょうし、家事は一通り出来ますからどうにかなると思います。


 あ! 今なら魔法を使ってお仕事が出来るかもしれませんね。


「その気持ちは嬉しいが、継承権を放棄することには反対なのではないか?」


 反対は反対ですね。継承権の放棄は色々な方の期待を裏切る行為に他なりませんし、セルドアスに対する国民の信頼を損ねることになります。太子就任前ならば兎も角、ややもするとすると内乱に陥ってしまいます。それが分かっていて継承権の放棄に賛成なんて出来ません。ただ、今したいのはそんな大きな話ではなくて、もっと身近な話です。


「私が惚れたのは、王位の重さを知りながらもそれに向かって努力を怠らない責任感の強い方です。困難から逃げずに立ち向かう男らしい方を好きになったのであって、安易に自分の宿命から逃げるような方を好きになった覚えはありません」


 断言した私に一瞬驚いた表情を見せた旦那様ですが、直ぐに満足気な顔で笑いました。


「厳しいな」

「セルドアスとして産まれた以上、致し方ないことかと」


 私は本当に幸運だったのです。色々な人に助けて貰えて、大好きになった人に愛して貰えて、紆余曲折ありましたが魔才値にも恵まれて。本当に本当に感謝の気持ちでいっぱいです。


「ティアの言う通り、玉座は重い。付いて来てくれるか?」

「お供いたします。この命尽き果てるまで」


 ……冷静になると、こんな格好でこんな体勢で言う言葉ではありませんね。何せ、ここはベッドで、二人はとっても密着しているのです。しかも格好は――――ですから。


 暫く微笑み合い見詰め合っていた二人ですが、私は突然、ある質問を思い出しました。何度もしようとしていて逃していたこの話題。普通の夫婦なら結婚後二年もこれを話題にしないなんてあり得ません。


「全く関係ないのですけどクラウド様」

「ん?」

「あの……赤ちゃんはいつ作るのですか?」


 質問している時点で催促しているのと同じなので話題にし難いのですが、今までは側妃であることを秘密にしていたので無理でしたが、公布を行えばもう継承権も認められるわけですから作っても良いと思います。


「そう言えば、もう避妊も必要ないのか……今年中に一人産んでくれるか?」


 え?


「今年中ですか?」

「ああ、そうすれば正妃にする要素がまた一つ増えるかもしれないし……」


 あ!


「来年王宮で二人で楽しむ為ですか?」

「嫌か?」

「……子供が出来たら子供に目が向くと思いますけど」


 ああでも、お父様はお兄様に嫉妬していたとか言っていましたね。旦那様はそっちのような気がします。


「なんにしても、今年中に子供は作った方が良いだろう? 側妃だって子供は作った方が良いわけだしな」

「そうですね。頑張ります」


 元気な子を産まなくてはなりませんね。


「ああ頑張れ。私も“今から”頑張るから」






 翌朝。


 ベッドから一切起き上がれない私を尻目に、クラウド様は今日入学式が行われる魔法学院に戻りました。


 はいそうです。


 去年は数日前に戻ったのに、今年は当日に戻ったのです。私と一緒に過ごす為だけに。確かに今までのように毎日は一緒に過ごせませんが、執務の関係で三,四日に一回は王宮に帰って来れるのです。だったらここまで私を愛でて行く必要はないのではないでしょうか? よりにもよって今日は妃晩餐会の日ですよ?


 後でレイテシア様に怒られても知りませんからね。







2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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