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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十二章 羽ばたく天使
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#169.気配

ルギスタンの皇太子となったレイラック視点です

 シルヴィアンナ嬢の退場劇で外交官達の態度が随分と軟化したかと思ったら、僅か三週間でまたもや状況が変わってしまった。


 クリスティアーナ嬢。側妃候補として名が上がっていたクラウド殿下の侍女が、二年も前から側妃だったとはな……。新魔法を開発したとかで去年少し話題になっていたが、その時も正妃候補の一人だなんて話は皆無だった。これだけの魔技能値を持っていて何故今の今まで名が上がらなかった? 本気で正妃にするわけではないのか? ……本人に訊くのが一番か。


 正妃争いに右往左往させられるのもいい加減ウンザリして来たな。彼女は派閥と無関係だという話だからシルヴィアンナ嬢程外征派に毛嫌いされていないと思うが、どうせなら素直にリシュタリカ嬢に決まって欲しかった。どう動くかはまだ分からないが、引き続き太子と正妃候補の動きには注意が必要だ。


 何はともあれ、当人に接触しないわけには行かない。






 一月三日。クリスティアーナ様入宮の公布翌日。

 殿下とクリスティアーナ様がクライフアン侯爵家の舞踏会に出席するということで私も出席を打診した。同じように考えた駐在文官たちが弾かれた中、セルドア王家の配慮なのか私だけが出席出来たようだ。

 この舞踏会を選らんだのはクライフアン家が国王派の貴族だから先ずは当たり障りのないところからということなのだろうが、他の予定の情報が今の所全く入って来ない。王宮に正式な問い合わせをする必要があるかもしれない。


 話題の人物は、王太子と共に少し遅れてホールに現れた。


「おお。来ましたな」

「やはりお綺麗な方ですわね。今まであまり目立っていなかったのが不思議なくらいですわ」

「殿下の侍女として何度となく社交の場には出ていた方だ。視界には入っていた筈だが……殆ど記憶にないな」


 騒然とする中でも悠然と歩く二人は先ず、主催者であるクライフアン侯爵夫妻に挨拶に向かった。幸い、私も入り口から一番奥に位置する主催者席の近くに椅子を用意されたから、二人をじっくり観察することが出来る。


 深い紫色のドレスを纏った彼女は、女性としては少し背が高い。それから驚く程小さい顔にパッチリとした青い瞳。腕は細く長く、全体的に華奢な体格の割に、女性な曲線を持っている。美女だ。飛び抜けた美女だ。「絶世」という形容をする事に何の躊躇もない。ただ、彼女の持っているのは飛び抜けた容姿だけではない。


 セルドアの上位貴族達は特有の気配を持つ。その気配は、「高貴さ」そう表現するのが適切だろう。リシュタリカ嬢の持つ気配がその最たる例だが、シルヴィアンナ嬢や王族が持つ気配はまた少し違う。太子を含めて彼らが持っている気配は「統べる者」のそれだ。フランク帝が持っているそれと同じで、彼らの言葉や行動には人を従える力がある。しかし彼女は違う。


 彼女から感じるのは「神々しさ」だ。


 濃密な「統べる者」の気配を持つクラウド殿下と、透明感のある神秘的な気配をした天使。二人が並ぶと互いの気配がより一層際立つ。……才覚からしてシルヴィアンナ嬢で間違いないと思っていたが、彼女の言葉は決してクリスティアーナ様の存在を示唆していただけでは無かったようだな。


 侯爵夫妻に挨拶した二人は、侯爵の次男とその婚約者の所へ向かった。二人の婚約披露がこの舞踏会の主旨だ。そしてその二人の席は主催者席より更に私に近い。


「ご婚約おめでとうございますヨーゼフ様」

「それはこちらの台詞です。ご成婚おめでとうございますクリスティアーナ嬢。いえ、クリスティアーナ様」

「おめでとうございます」

「私が結婚したのは二年前です。祝福して下さるのは嬉しいですが、祝辞を述べるような時期は疾うに過ぎています。それより二人が結婚することになって本当に嬉しいです」


 成る程。クラウド殿下が落ちるわけだ。彼女の笑顔は本当に明るく癒しがある。政務の疲れも彼女の笑顔の笑顔を見れば吹き飛ぶ。そんな笑顔だ。惚れた女の笑顔とはそういうモノだが、彼女の場合は……。


 どうやらクリスティアーナ様とクライフアンの次男の婚約者は仲が良いらしく、暫く他愛もない話をしていたわけだが、それが終わると王太子は準正妃を連れて、


「失礼致しますレイラック様。宜しいですか?」


 私に挨拶に来た。


「クラウド殿下。どうぞ」

「これが昨日公布された準正妃のクリスティアーナです」

「初めましてレイラック様。クリスティアーナ・デュナ・セルドアスと申します。ルギスタンの代表としてお越しになられているレイラック皇太子殿下の貴重なお時間を頂きありがとうございます」


 盗み聞き、いや、聞こえて来た話だが、普通の舞踏会ならば太子には椅子が用意されるが、今日は踊りもしないでこのまま帰るらしい。なのに私に挨拶に来るということは――――


「レイラック・ドブエル・ルギスタニアです。お陰で順調に勤めを果たせております故社交に割く時間がないなどということはございません。いえ、本気で同盟を望んでいるならば社交こそ重要な勤めでしょう。

 それよりも此度のことは大変驚きましたよクリスティアーナ様」

「はい。私も驚きました」


 私も驚いた?


「それはまたどうしてでしょう? 貴女が側妃になられたのは二年前だと伺いましたが?」

「マリア・ビルガー様が養子となった経緯はご存知でしょうか?」


 養子になった経緯? 魔力暴走でどうのこうのとかいう話か?


「……それが何か?」

「私にも同じことが起きたのです」

「同じこと? ……魔力暴走が起きたということでしょうか?」


 ああ。つい眉間に皺を寄せてしまったな。


「いえ、資格が無かった私が資格を得たということです」


 資格が無かった? 魔技能値が二百五十もあって?


「それはどういう意――――」

「驚いたのは私も一緒なのですレイラック様。前々から太子の打診があったのですか?」


 素直に聞き返そうと思ったら太子が話題を変えた。向こうから話し始めたのに何故?


「いえ。一時帰国するまでは――――」






「魔技能値二百五十あって資格がないなんてあり得ないっしょ」


 確かにそうだ。だが、彼女は自分も驚いたと言った。そしてマリア嬢と自分に同じことが起きたと。魔力暴走が起きたのと、資格がないのは繋がらない。なら何故わざわざマリア嬢を持ち出した?


「それこそマリア嬢が魔技能値の高さで正妃の資格を得たわけですし……それも確か135。クリスティアーナ嬢に資格が無かったなんて考えられないでしょう。魔力暴走が起きたら資格を得られるというのもおかしな話です」

「いや、彼女は自分とマリアに同じことが起こったと断言したが、魔力暴走とは言わなかった。寧ろ魔力暴走は否定していたのだ。マリア嬢とクリスティアーナ嬢の共通点は別のことだ」

「別のこと……それで正妃の資格を得たということですよね?」

「そうだ。同盟に協力的な王家が何故こんな真似をしたのか。その理由が恐らくあの会話の中に隠れている」


 ただの推測だがな。だがあの意図的な会話の切り方はそういうことだろう。


「そう言われても見当も付かないッスよ」

「少しは考えろ。向こうはヒントをくれた可能性が高い。正妃の資格を得たから今回のことが起こったってことだろう?」


 正妃の資格を得た……セルドアの正妃の資格と言えば、血統か魔才値だ。クリスティアーナ嬢は男爵令嬢、血統はどうやっても得られない。考えられるとしたら上位貴族の落とし子という線だが、だとしたら男爵令嬢ではなく本当の親が公布された筈だ。あとは、


「魔才値が変化した?」


 突拍子もないが、この推測は全てに説明が着く。


「はい!? そんなことある筈が……辻褄は合いますね」

「ああそうだ。そして、そう考えると、公布された意味も変わって来る」


 この時期に公布した理由は、正妃を決めろと迫る外征派を黙らせる為。それがセルドアの貴族の見解だったが、魔才値が変化したから公布したとなれば、


「彼女を正妃にしたいからこの時期に公布した。そういうことですか?」

「外征派を黙らせたいのは間違いないだろうが、一番の目的はそっちだろう。逆に、彼女を正妃にしたいから公布せざるを得ない状況だったとも言える」

「でもまだ正妃にすると発表されたわけではないですよね」

「突然出てきた男爵令嬢をいきなり正妃にするとは言えないだろう? 根回しは必要だ。いずれ正妃になるという見方は派閥問わずに共通しているようだしな」


 どちらにしても、もう一度交渉が停滞したら、我々はもう一つの条件を提示せざるを得なくなるだろう。準備はして来たが、出来れば避けたかったあの条件を。


「ふぅ。怒るだろうな」

「仕方がありませんよ」


 私だって納得しているわけではないが……。







2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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