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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十二章 羽ばたく天使
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#168.引っ越しと今後の予定

 一月二日。クラウド様の下らない企みの為に先延ばしになっていた公布がされました。国中に私が側妃であると公表されたわけですが、それに伴って引っ越しをすることになりました。居住区の一人用の部屋から、後宮に移ることになったのです。新しい部屋は――――


「それをそこに飾るのですか?」

「ええ。いけませんか?」

「いけなくはありませんが、自分で描いた絵を自分の部屋に飾りたくはないです。しかもここは寝室ですから……」


 だからと言って居間に飾るのも微妙ですけど。


「下手な肖像画より貴女の刺繍絵の方が遥かにこの部屋に飾るに相応しいです。それに、これから一年は基本的にお一人でお眠りになるのですから、貴女が寂しくならないように此所に飾る必要がありますわ」


 いえ、絵画を見ても慰めになりませんよ? 寧ろ、


「顔が見たくなって逆に恋しくなってしまうと思います」

「本当にクラウド様に夢中なのですね」

「貴族のご令嬢が恋する男性と結ばれるなんて素敵ですね。しかも、クラウド様の初恋だって言うんですから! クリスティアーナ様が男爵令嬢で簡単には正妃に成れないのですから本当に小説みたいですね!」


 目を爛々と輝かせて部屋を整える手が止まっている侍女さんは、ウェーブした茶色の髪を背中まで伸ばした小柄な美少女です。彼女は引っ越しの手伝いでここにいるので名前すら知りませんが、サリサ様やソアラ様クラスの美人さんですね。まあ、タイプが違うので比べ難いですが今ここにはもっと美人度高い方がいらっしゃいますけど。


「アリワさん。お話していないで手を動かしなさい。侍女に成ったのですから貴女は侍女見習いの模範にならなければいけないのですよ」

「はい。ごめんなさい」


 ……やっぱりこの方のこういう話し方は違和感がありますね。


「それからクリスティアーナ様。貴女は立っていないで座っていて下さい。ご自分の立場をお忘れなきよう」


 うーん。どうにも違和感が止まりませんね。だってこの方はアビーズ様の代わりに侍女次長に成った、


「公の場なら仕方がありませんが、此処は後宮でしかも私室ですから、そこまで畏まる必要はないと思うのですけど。それにナビス様に「様」を付けて呼ばれるのはとても違和感があります」


 ナビス様です。ナビス様が私付きの侍女とか勘弁して欲しいです。


「仮に正妃にならなかったとしても、側妃と成った、王族と成った貴女を侍女である私が敬称を付けずに呼ぶことなど有り得ません。それに侍女にとって後宮は職場。貴女もそれは理解していることですわ」


 ……ナビス様にずっとこの調子でいられたら心が休まりませんね。


「九歳の頃から上官だったナビス様に畏づかれるのは息苦しさしか感じません。私が安息を得られるのはクラウド様と一緒に居られる時だけに成ってしまいます」

「愛しい人と居る時間が安息の時なのですか? 私は全く心休まりませんけど」


 アリワ様は誰か愛しい人がいるようですね。


「幾ら相手が公然と貴女に好意を示していても、貴女は軽々しくそれを口にすべきではありません」


 公然と、ですか?


「クリスティアーナ様は傍に居てドキドキしたりしないのですか?」


 ナビス様の注意は無視ですかアリワ様。


「今日公布がされたばかりですが、結婚してからはもう二年経ちますから、私にとってクラウド様は傍にいるのが当たり前の存在に成っています。心休まらないなんてありません」


 というか、クラウド様が学院に戻った後が今から心配です。並みの寂しさではないでしょう。まあそれはクラウド様も一緒だと思いますけど。いえ、寧ろクラウド様の方が……。


「その様子だと、噂通りクリスティアーナ様が正妃に成るんですね?」

「この部屋が与えられたのだから当然よ」


 やっとナビス様らしい話し方をしてくれましたね。


「本当に良いのですか? 私がこの部屋を使って?」

「ジークフリート様もレイテシア様も反対しなかったのだから良いに決まっているでしょう? だから少しは受け入れなさい。王太子妃の間の主に敬称を付けないわけにいかないわ」


 はいそうです。ここは王太子妃の間なのです。当然のようにクラウド様が言い出して、ジークフリート様もレイテシア様も一切反対なさいませんでした。


「そっちの方がナビス様らしいです。私は畏まったナビス様よりそのナビス様の方がが好きです。それにここは寝室ですから。執務室に居る時は兎も角ここと居間に居る時は今まで通りお話して欲しいです」

「……はあ。分かった。但し条件として執務室で一度でも私に敬語を使ったら、私もここで敬語を使うわ。良いわね」


 仕方ない。そう書かれた顔をしたナビス様は大きくため息を吐いた後、妥協案を投じて来ました。


「はい。でもナビス様がここで私に敬語を使ったら、その回数の分だけ私の猶予も増えますよね?」


 そうでなければ不公平です。


「……班長になって“らしくなった”って言われたかったけど、貴女のせいで初日で頓挫したわ」


 イメチェンしたかったのですか?


「それは逆にナビス様“らしく”ないと思いますけど」

「……まあ良いわ」


 苦笑いを浮かべたナビス様は引っ越し作業を再開しました。……ナビス様が畏づかなくても他の方はそうはいきませんよね。






 その日のお茶の時間。何故かこの方が王太子妃の間まで来て二人でお茶をすることになりました。


「ビルガー公がリシュタリカ様を直接ですか?」

「そうよ。行政区まで呼び出されたわ」

「直接お会いしてエリオット様はなんと?」

「あの娘は貴族のなんたるかを理解していない。そう言っていたわ。ビルガー公にいったい何をしたのかしら貴女は?」


 何を……目の前でヴァネッサ様と喧嘩しただけです。


「一緒に挨拶に来たヴァネッサ様が「民などどうでも良い」なんて仰ったので、「貴族としての誇りは義務を果たしてから初めて持つべきモノ」そういうお話をしました。その場は何事もなく収まりましたけど……」

「ああだから、「高貴な血がどんなモノであるか理解してない」なんて言っていたのね。まったく最初からやらかしてくれたわ」


 あの程度で四十過ぎの男性を説得出来るとは思いませんが、全否定ですか?


「私は上位貴族の選民主義を頭では理解していても心では納得出来ていないのです。結局は皆一人の人間なのですから。でも感情的になってしまったのは事実です。ご免なさいリシュタリカ様」

「ビルガーから正式に抗議が来たわけでもないのだから、気にすることでもないわ。それにわたくしに謝ることでもないわね」

「いえ、後腐れないように応対していたらリシュタリカ様が呼び出されたりせずに、もしかしたら正妃争いから降りられたかもしれません」


 あそこでヴァネッサ様に言い返したこと自体に後悔はありませんが、リシュタリカ様に影響が及んだのは失敗でしたね。


「やっぱり言い返さない方が良かったですかね?」

「昨日から何度も言っているが、あれはヴァネッサの失言だ。あの場面でティアが何も言わなかったら、それこそ「正妃に相応しくない」と言われただろう」


 突然王太子妃の間の応接間に響いた声の主は当然、


「クラウド様。こんな時間に何故ここに?」


 今日は一緒にお茶をする予定なんてありませんでしたよね?


「暇が出来たからティアの顔を見に来ただけだ」


 嘘ですね。クラウド様のことですから、執務を早く処理してわざわざ時間を作ったのでしょう。


「あら? お邪魔ならわたくしは退散しようかしら?」

「いえ、リシュタリカ様。まだお話は終わってませんよね?」


 ビルガー公に呼び出された。そんな話が主題の筈はありません。恐らくリシュタリカ様は――――


「……また時間を作るのも面倒だから、今済ましてしまって良いかしら?」

「ああ」


 本当は嫌だけど仕方ない。そんな気持ちがありありと浮かんだ顔のクラウド様は、流れのまま私の隣に腰掛けました。


「あんまり邪魔をしたくないから早速本題に入るわ。貴女は正妃になるのね?」

「クラウド様が望む限りその積もりです」


 リシュタリカ様とは何度となくこのやり取りをしているのですが……今更何故それが本題になるのでしょう?


「なら何故クラウド様が学院に戻った後に社交の予定が入ってないわけ?」


 正女官ならば後宮の王族の日程を簡単に確認出来ますから、リシュタリカ様がそれを知っていても不思議ではないですが、


「わざわざ調べたのですか?」

「偶々貴女の予定を見て驚いただけよ。ただ、貴女が答えるかどうかは別として、わたくしにはこれを訊く権利ぐらいあるわ」


 不本意とは言え担ぎ上げられてしまっているリシュタリカ様ですからね。


「当面の間私に社交の予定が入っていないのは、単純に貴族に認めて貰えるように成れるまで、どれぐらいの時間が掛かるか判らないからです」

「……貴族に認めて貰えるように社交に出るのではなくて?」

「いえ、社交は後回しです。それより――――」


 実際に使えなければ説得力がありませんし、数値が数値なので通常より質の高いモノを使えなければなりません。


「魔法の鍛練が先です。最低限中規模の魔法を使えるように成らないと、誰も二百五十なんて魔技能値を信じてくれませんから」


 正妃の条件を先ずは満たしておかなければいけませんから。







2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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