#165.話題になるのは?
ミーティアの実父、カーライル・ダッツマン子爵視点です
「まさかシルヴィアンナ様がご自分から降りるなんてねぇ。驚きましたわ」
「エリントンはまだ何も言っていないのでしょう?」
「しかし、聞いた話だがもう随分と前からシルヴィアンナ嬢は心に決めていたらしい。昇爵が決まってレイノルドから動いたからお誂え向きだったってわけだ」
「肩透かしも良いとこだな。エリントンだって娘の心根ぐらい把握していただろうが。派閥の一員として立つ瀬がない」
「それはわたくし達の思い込みが原因ではないかしら? 考えてみればエリントン公は一度も「シルヴィアンナ嬢を正妃に」なんて仰っていませんわよ?」
「それはそうだが、普通身内には根回ししておくものだ」
「ダッツマン卿なら何かしら掴んでいたのではないですか?」
「いいえ。シルヴィアンナ嬢に関しては何も知りませんでした。
ルアン家に決まる前に内々にダッツマンも“候補”として打診があり、レイノルド様がかなり積極的にルアン家昇爵へと動いていたのは知っていましたが、それだけです」
結果的にルアン家に持って行かれたが、内々に打診があったのが九月の中旬。ヘイブスの執事が横領で逮捕されて直ぐのことだ。今考えればあの時から既に王家は、この筋書きを見ていたのだろうか?
クラウド様とシルヴィアンナ嬢は元々示し合わせて社交に出ていた雰囲気もある。ならば、ヘイブスを潰すと決めた段階でルアンが伯爵になると決まっていた可能性は充分あるだろう。シルヴィアンナ嬢がレイノルドと婚約し正妃争いから降りれば、ビルガーも無理に派閥と無関係のリシュタリカ嬢を正妃に推したりはしない。これで派閥争いは一応の休息をみる。これが狙いだった可能性は高い。
ただ……シルヴィアンナ嬢を降ろしていったい誰を正妃にする? この流れが意図的ならばリシュタリカ嬢ということもないであろうし……ミーティアが言うようにクリスティアーナ嬢というのも現実味がない。わざわざ準正妃にしたのだからクラウド様はその気だったのだろうが、それを決めたのは二年前だ。今とは状況が全く違う。派閥争いが激化した今、エリントンは兎も角ベルノッティとビルガーはそう簡単に納得しない。血筋と魔才値、正妃の条件である二つのどちらも満たしていない彼女を正妃にするのは、相当難しいのが現状だ。
「あら? ダッツマン卿に打診があったのですか? それは残念でしたわね」
「ええ。残念ながら倅はレイノルド様程優秀ではないので致し方ありません」
「今代より次代を見て選んだというわけですな」
「私も五十を過ぎました。もう退かねばならぬ歳です」
「まだまだお若いですわカール様。ミリア様もお美しいままで」
ミリアは確かに若い頃のままだな。
「世代交代出来ぬ家は潰れます。遅いぐらいでしょう」
「世代交代と言えば、ルギスタンが急に太子を決めましたわね」
「是が非でもセルドアと同盟を結びたいのだなルギスタンは。まあ、国が危ういのだから当然だが」
「ですが国家存亡の危機が迫っているのに平原の半分しか譲らないなんて言っていたら交渉なんて進みませんわ」
「ルギスタンは半分しか譲らないのではなくて、半分は妥協出来ると言ったのだ。詰まり妥協点は半分以上だと最初から明示して来たのだから、ルギスタンが「譲る気がない」というのは交渉が進められないビルガーの言い訳に過ぎない」
いや、同盟交渉はレイラック皇太子が向こうの代表になったこの一ヶ月で着々と成果を上げている。この調子なら、六月の停戦協定の期限にギリギリ間に合うだろう。ただ交渉が上手く行っても――――
「なんにしても、ルギスタンと同盟というのはどうもな」
「そうですわね。小競り合いは近頃は無かったとはいえ……」
ここに集まっているのは皆堅実内政派の構成貴族やその奥方だ。なのにルギスタンに対する評価はこうなのだから、セルドア国民が素直に受け入れるとは限らない。双方が納得出来る落とし所など存在するだろうか?
「だからと言って、ゴラとハイテルダルの連携は無視出来ませぬ。やはり何かしらの手は打つ必要があるでしょうな」
「ルギスタンでなくとも良いのでは?」
「イブリックのことを考えればゴラも信用ならない。ハイテルダルは何を考えているか良く解らない。デイラートでは同盟国として力不足。なら同盟を望んでいるルギスタン。無難な選択ではあります」
ルダーツがセルドアから離れないことが前提だが。
「確かにカール様の言う通り、比べてみればルギスタンですが……ビルガーのように四十年前の事件を持ち出す積もりはありませんが、やはりセルドアとルギスタンの対立は根が深いと存じますわ。民は心落ち着かぬでしょう」
「それは平原を譲ることになるルギスタンの方が上ですよ。ルギスタンがセルドアに大軍を入れるのは容易ではありませんが、今後セルドアは容易くルギスタンへと大軍を送り込めるようになるのですから」
「そう考えると、ルギスタンが必死なのも理解出来ますわね」
この程度のことは前提に過ぎない。その上であちらに裏がないか探りながらしていくのが本来の外交交渉だが……セルドアの外交官にそれが理解出来ている者がどれ程いるやら。
「ご列席の方々。お時間が参りました。これより「年越しの夜会」を開催いたします」
向日葵殿に<拡声>で拡張された声が響いた。
「今年はジョセフィーナ様だけだったかしら?」
「ええ、そうですわ」
確かに今年のデビュタントの最後はジョセフィーナ様だが――――
「ジョセフィーナ様というとどこの家だ?」
「アリスン伯家ですわ。まったく。上位貴族ぐらい覚えてらして」
「ジョセフィーナ様と言えば縁談が成立したばかりだよな。第三王子の、えーと……」
「ウィリアム様ですわ。まったくあなたは!」
「スマン」
「クラウド様程ではなくとも、ウィリアム様も美男子ですわよね。ジョセフィーナ様が霞んでしまうわ。折角最後なのにねぇ」
いや、ウィリアム様も“ついで”にしかならない。何故なら、
「今年はデビュタントのあとにルアン家の当主と嫡子が出て来るそうです」
「え! そうなのですか?」
「間違いないかと」
しかも、レイノルドのパートナーはほぼ間違いなくシルヴィアンナ嬢だ。今年の「年越しの夜会」は完全に彼らが話題を独占する。いや、六月までこれが続くかもしれない。
「子爵を任じるのとわけが違いますものね」
「上位貴族が入れ替わるなんて百五十年ぶりのことだから当然御披露目も派手にってことだな」
「新たな上位貴族を認知させるに「年越しの夜会」は確かに絶好の機会だけれども、ジョセフィーナ様が可哀想ですわね」
「それを言ったら三年前のヨプキンスのハンナ様なんかもっと可哀想だったぞ。充分美しい方なのに、例の「降臨」とシルヴィアンナ嬢とローザリア様で全く話題にならなかった」
……金髪の男爵令嬢の「降臨」は有名だが、クリスティアーナ嬢の名前は相変わらず浸透していないな。
「続きまして王太子――――」
そんな声が向日葵殿に響いたと思ったら、周りが騒然とし始めた。
クラウド様は太子に就任後も毎回一人で登場した。だから誰もが皆今日も一人で現れると思っていた。しかし、
「クラウド・デュマ・セルドアス殿下、準正妃クリスティアーナ・デュナ・セルドアス様をエスコートしてのご登場です」
向日葵殿の大階段を降り始めた、灰色の軍服を纏った銀髪の太子と、真っ赤なドレスを着た金髪の少女。その歩みは凄くゆっくりだった。いや、そう感じさせられた。
二人の登場で一瞬騒然とした巨大なこのホール。しかし逆に、その二人に呑み込まれて向日葵殿は静まり返った。三年前の「降臨」の比ではない。二人のそのあまりの存在感に万に近い貴族達の時間が奪われたのだ。
王家にとって「年越しの夜会」は一年で一番大きな公式行事だ。何かを御披露目するのにこれ以上大きな催し物は存在しない。そして、例えクリスティアーナ嬢が側妃であると公表されていたとしても、彼女をエスコートして向日葵殿の大階段を降りるなどあり得ない。
詰まりこれは、
――クリスティアーナを正妃とする――
そう宣言しているに他ならない。
通常なら魔技能値1の正妃など認められる筈がないが、もしかしたら誰も反対はしないかもしれない。いや、流石に誰もなんてことはないが、案外簡単に決まってしまうかもしれない。今の彼女を肌で感じた誰が「正妃に相応しくない」等と言えるだろうか?
なんにしても、
「今日の話題はこれ以外無くなる」
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




