#164.友人達の優しさ
魔才値測定で大騒ぎをしていたのは昨日のことで、早朝私逹は学院に戻って来ました。
喜びを爆発させたクラウド様のせいで二日続けてベッドから動けなくなった私は、今朝王宮でも学院でとても恥ずかしい思いをさせられたのです。そうです。お姫様抱っこで馬車まで運ばれたのです。しかも、もう隠す意味がないということで人が居る居ないに関わらず運ばれました。結果王宮内では少なくない目撃者と目を合わす嵌めに合い、その度にクラウド様の懐に隠れたのですが……今考えるとそっちの方が恥ずかしい光景ですよね。たぶん今日王宮ではその話題で持ちきりだと思います。まあ幸い寮では、第一棟の門の前まで馬車で行けますから大丈夫でしたけど。
そしてお茶の時間。私は今年最後となる妾の集いに顔を出しました。そして今年最後ということは――――
「あたしはこの子産むまで王都のお屋敷に住むことになってるよぉ」
イリーナ様はお腹の子供と共に健康そのものですね。きっと元気な赤ちゃんを産んでくれるでしょう。
「本当に屋敷に住めるわけ? ヴァネッサ様は何も言って来ないの?」
「ヴァネッサ様とは会ったことないし、エリアス様は何も言わないよぉ」
「ヴァネッサ様ってキツそうな方ですよね。イリーナさんが追い出されたりしなければ良いのですけど」
だからソアラ様、イメージでモノを言い過ぎです。
「ビルガーのお屋敷にはちゃんとそういう部屋があって、妾と正妻は近付かないように造られてるんだぁ。だから今んとこ大丈夫そうだよぉ。
それよりシャーナは? ヨーゼフ様は一旦魔法師団の団員寮に入るんでしょう? シャーナはどうするの?」
魔法師団の団員寮は身分や妻帯の有無に関わらず一年間入らなければ成りません。魔法学院のように出入りが厳しいわけではありませんが、離れて暮らすことになるのは間違いありませんね。
「私は元々クライフアンの侍女ですから、結婚するまでは主に王都屋敷で侍女をして過ごすことになると思います」
「離ればなれってことですか?」
「そうですけど、会おうと思えばいつでも会えますから」
でも、毎日顔を合わせている今から考えると遥かに少なくなるのは間違いありません。私なら耐えられないかもしれませんね。ああ、私も同じですね。来年一年で何日クラウド様の顔を見られるでしょうか? そう考えると急に寂しくなって来ました。
ん? 考えてみたら、クラウド様は数日に一回政務で王宮に戻って来ますし、今は昼間王宮に居て夜には学院に帰るようにしていますが、夕方王宮に入って翌早朝に出て行けばいいのですから、意外に一緒に居られる時間は長いかもしれませんね。
「でもそう頻繁には会えないでしょう? あたしは想像しただけで寂しくなっちゃうよぉ」
「そもそも、婚約式から結婚式まで一年掛かるんですよぉ。やっと婚姻許可書が来たばかりですから、あんまり近くに居ると……」
次男だろうが貴族の結婚は中央の許可が要りますからね。
「流石な硬派のヨーゼフ閣下も欲望を抑えられなくなるわけね」
ヨーゼフ様が硬派な理由は妹のミラ様に嫌われたくないという心理が働いているようですけど……相変わらずのシスコンなんですよねヨーゼフ様は。まあ重度のシスコンは解消されていますから、シャーナ様が不安になりさえしなければこれで良いと思います。
「ジョアンナはどうなのぉ? ハンナ様て儚げな雰囲気の人だけど?」
「あんたと一緒よ。まだちゃんと会ったことは無いわ。というか、興味ないから知らないわね」
「私もジョセフィーナ様に会ったことはありません。ハンナ様みたいに学院で見ることもないので印象すら分かりませんね」
ジョセフィーナ様は来年入学ですからね。
「クリスはなんか知ってる?」
「ジョセフィーナ様ですか? 生粋のお嬢様で気の弱い方、という印象でしょうか。ハンナ様やヴァネッサ様よりは大人しい方ですね」
というか、前世の私並みに、いえ、前世の私以上に気が小さくて、無口な方です。淑女は淑女なんですけどね。
「ならソアラは安心かもねぇ」
「王族のお妃様は沢山居るので側妃一人入っても後宮では気にならないのです。側妃として立場を確保したければ、後宮の中で孤立しないことがまずは一番大事だと思います。それから旦那様にどう扱われているかです。正妻がどうのこうのはその後ですね」
「後宮では旦那にハブられてても関係ないわけ?」
「関係ないとは言いませんが、旦那様との関係と、後宮の中での評価は直結しません。正妻も側妃も政略で後宮に入ることが多いのは皆さん承知していますから、それこそ前にソアラさんに言った通りドレス作りで貢献している方が評価されます」
正妻だと社交で評価される必要がありますが、側妃は、それこそ後宮官僚逹や他のお妃様逹と仲良くすることが後宮で快適に過ごす秘訣です。
「……後宮って思った以上に特殊な場所なのですね」
「身分も関係ありませんし、男性社会の常識は通用しないと思った方が良いかと。まあでも正妃様と王太子妃様だけは別格です。後宮の中でも絶対的な権限がありますから」
何しろ予算を握っていますから。……私がそうなるわけですね。ジークフリート様の前ではああ言いましたが、クラウド様の負担を軽くする為には後宮を巧く運用出来るようにならなくてはなりません。そういう意味ではまだまだ経験不足ですし、決意が足りませんね。
「正妃……リシュタリカ様だったっけ? ヘイブスのご令嬢で決まり?」
「リシュタリカ様は昔悪戯好きで世話の掛かる方という印象でしたが、後宮に入られてからは落ち着いて、凄く綺麗に成りました。正妃に成っても不思議ではないかと」
ああ、そう言えばソアラ様リシュタリカ様の小さい頃を知っていたのでしたね。
「シルヴィアンナ様の話は聞きましたけど、本当に正妃になる気はないのですか?」
「一昨日レイノルド様としか踊らなかったのは事実です」
「卒業記念舞踏会の言い伝えかぁ。そういうロマンチックな話って好きだなぁ」
背景にある派閥争いもとい正妃争いはとっても生々しいですけどね。
「そんな面倒なことをしなくても、貴族同士なら身体の関係を持っちゃえば良いだけでしょう?」
まあそうなのですが……。
「なんにしても、卒業式が終わってしまいましたね」
切り替えが強引ですシャーナ様。そして解散する前に私は皆に伝えなければなりませんから、あまりそういう空気にして欲しくないです。
「止めなさいよシャーナ。それからクリス! 何泣きそうになってるの! 寮に帰ってからにしなさい!」
そう言うジョアンナ様も寂しさを誤魔化しているだけだと思います。
「ご免なさい」
ああ、ダメです。伝える前に涙が止まらなくなってしまいました。ハンカチを沢山用意しておいて良かったです。
「泣くことないよぉ。会おうと思えば会えるんだからねクリス」
明るい声のイリーナ様ですが、その声に寂しさが孕んでいるのは間違いありません。
「違う、です。私も、がく、い、んから、は、れなくては、ならない、から」
「え? クリスさんも?」
涙でグズグズに成りながら話しているのに、聞き取れたのですかソアラ様。
「クリスも?」
「は、い」
なんとか返事をしましたが、これでは話さなければならないことの十分の一も話せていません。
「……皆あんたが落ち着くまで待つから、先ずはその涙を止めな」
「はい」
ジョアンナ様に命令されてから数分。他の方にも慰めて貰いながら漸く私は涙を止めることが出来ました。
「大丈夫ですかクリスさん」
「はい。ご免なさい」
皆の顔を見回すと、四人の穏やかな笑顔がそこにありました。……やっぱり私は果報者ですね。
「順を追ってお話すると、まず私は皆に一つ嘘を吐いていました。本当にご免なさい」
「「嘘? クリスが?」」
私が嘘を吐いていたということ自体皆さん驚きのようですね。イリーナ様とジョアンナ様がハモって疑問を口に出し、ソアラ様とシャーナ様も目を見開きました。
「はい。私はこの学院の寮に入る前から……クラウド様の側妃でした」
「「「え!?」」」
「……もう輿入れを済ましているのですか? クラウド様に側妃が入ったという公示はされていませんよね?」
良くご存知ですねソアラ様。
「厳密に言えば輿入れはしていませんが、書面は認めてあります。あと、極一部の信頼出来る貴族はこの事実を知っています。学院ではウィリアム様とルンバート様はご存知です。それから、公示は事後報告で問題は無いそうです」
「……側妃だってことは余計にバレたらマズイんじゃないの? あんたが最初あたいらに口止めしたのもそういうことでしょ? それを今明かしてしまって良かったわけ?」
「ああそうです! あと一年離ればなれになってしまいますよ!」
「あたし逹から喋ることは無くても口が滑ることはあるよぉクリス」
「いえ、クリスさんは来年から後宮で生活することになってしまったから言い出したのではないですか?」
……嘘を吐いたことに付いては何も言わないのですね。
「ソアラ様の言う通り、私は来年後宮で生活することになってしまったのですが、その理由をお話する前にもう一つお話しなければなりません。私は普通の側妃ではなくて準正妃という正妃にも成れる側妃なのです」
「正妃に成れる!?」
「はい。クラウド様は最初から私を正妃にする積もりでした。でも私を正妃にするには無理があったので、取り敢えず準正妃にしたのです。しかも、魔技能値1しか無かった私が、正妃に成る可能性がある準正妃に成ったと公示がされたら大変な騒ぎになったでしょう。だから私が側妃に成ったこと自体を隠すことにしたのです」
事実ですが、嘘を吐いた言い訳をしているようでなんか嫌です。
「ちょっと待って。あんたのその言い種だと、今は公示しても大丈夫なように聴こえるのだけど?」
「自分でも信じ難いですが、昨日三つの魔才測定器で合計八回測って八回とも、マリア様を上回る魔技能値が計測されました」
自分で具体的な数を言うのが憚れるような数値とかなんなのでしょう?
「マリア様を上回るって……クリスが正妃に成る資格を得たってことだよねぇ。すごぉい!」
「イリーナあんた少しはことの重大さを考えなさいよ。まあクリスはクリスなんだろうけど」
「でも考えてみたら凄いですよね。未来の正妃様が友達なんて」
「そういう話を聞いても特に何の違和感も感じなければ、遠い存在にも感じないところがクリスさんの凄いところですよね」
……皆。
「それで? 公示することに成ったわけ?」
「はい。派閥争いが激化する前に私を、ということになりました。これから根回しをしていくのでまだ決定ではありませんが……」
決まっているのと同じですよね。クラウド様と一緒に根回しをするのですから。
「そう……」
「ジョアンナ寂しそう!」
「ああでも一気に半分以下になるのは寂しいですね」
「こればっかりは仕方がないです。というか、ルンバート様の侍女とか居ないんですかね?」
「来年に成ればエリアス様の弟のエイドリアン様が入って来るよぉ」
「妾が居るかどうか話が別じゃない」
「居るらしいよぉ」
「そう」
「ジョアンナ嬉しそう!」
その後もしんみりとせず、賑やかなまま元気に終わった妾の集い。それは、本心を隠した本当に優しい人逹に私が恵まれたということでしょう。
どうか皆さんお幸せに。
2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。




