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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十一章 ゲームの終わりと新たな図式
162/219

#161.レイノルドの決意

 12月14日に成りました。明日は私と玲君と杏奈さんの18歳の誕生日で、魔法学院の卒業式の日でもあります。

 卒業式前日ともなれば三年生は授業なんてないのですが、大きな発表が一つあります。学年末試験の結果が大々的に公表されるのです。そして――――


「まさかシルヴィアンナ様が負けるなんて」


 中等学院時代から続くシルヴィアンナ様の不動の地位を奪い三年生の一位に輝いたのは、


「万年二位のレイノルドが最後の最後に女王陛下の牙城を崩したわけだ」

「万年ってレイノルドは三位のことがあっただろうが」

「いや、ほぼ毎回二位だったろ。事実通年成績は三位と大差で二位だ」


 成績発表の為だけにあるような巨大な掲示板に集まった方々が口々に言うように、学年末試験の成績では女王陛下の牙城を崩した「神童」レイノルド様ですが、同時に発表された三年間の通年成績ではシルヴィアンナ様に大差をつけられていて、万年二位であったのは歴然としていますね。


「クラウド様は不動の首席だな」

「レイノルド様はずっと例年なら首席に座れる点数を取り続けてたけどよ。二年にそこまでの相手がいないじゃんか」

「やっぱり面白いのは一年だろ。ウィリアム王子対ルバーナ姫」


 ルンバート様本人が居る前でその呼び方すると睨まれますよ。因みに今回は姫の勝ちでした。非常に僅差ですけどね。


「クリスが入っていたらどうなっていただろうな」

「シルヴィアンナ様には勝てないと思いますよ」

「私は全然ですね。侍女見習いの同期で一番上でも四位です。シルヴィアンナ様と随分差がありますね」


 アンリーヌ様も同じ年ですからね。


「一般的に魔法学院に進む方より後宮に残る方の方が成績が良いと思いますけど。筆記試験は」

「魔撃科と魔法科は実力があれば魔法試験で高得点が付く。逆に治療科と諜報科は点数に差が付き難い。治療科で四位に入るのはかなり優秀だ」


 お姉様は治療科で二位でしたけど。


「そう言えばアンリーヌ様の魔技能値はお幾つなのですか?」

「36です。一応学院にも合格してたんですけど、36だとやっぱり今一な成績しか残せませんし、うちは土地持ちの貧乏男爵ですからね。侍女の方が良いと思って」


 皆色々事情を抱えているモノですね。


「貧乏男爵云々は良いとして、クリスとマリアを見ると魔才値の信用性を疑いたくなるがな」

「私は結局生活魔法しか使えませんし、マリア様は単純に努力不足ではないでしょうか?」

「クリスの魔法は生活魔法の領域を越えている。霧の魔法なんか特にな」

「魔力量は五百ありますから」


 魔才値の信用性という意味では揺らいでいない気がします。


「なんにしても、レイノルドはこれで動くということか」

「はい。本人がそう言っていましたからね」






 私が玲君を焚き付けようとしたのは二日前のことです。

 当たり前ですが、二人きりで会う許可は下りませんでした。クラウド様と一緒でも良かったのですが、クラウド様はレイノルド様に妙な対抗心があるので、結局杏奈さんの前で玲を焚き付けるという変なシチュエーションになりました。

 三人が対談した場所は俗称「女王様のサロン」シルヴィアンナ様とそのお付きの方々良く使っているサロンです。本当は誰が使っても良いのに……。


「シルヴィアンナ様が大事ではないのですか!」


 前世からそうですが煮え切らない人ですね玲君は。前世でも全く同じことを言った気がします。


「……シルヴィアンナの目の前でそれを訊く?」

「二人で会うわけにいかないのですから仕方がないです。それより、もう伯爵令息になることが決まっているのに折角の機会を棒に振る気ですか?」

「そんな積もりはないけど……」


 もぉ玲君は!


「外征派も内政派も正妃を決めろと迫っています。ジークフリート様もそう長いこと待っていてくれないかもしれません。シルヴィアンナ様は放って置くと正妃に成ってしまうかもしれないのですよ? 分かっていますか?」

「クオルス様はシルヴィアンナ様を正妃にしたがってはいないよ」

「そうです。だからこそ良い機会なのではないですか!

 クオルス様だってシルヴィアンナ様が望んでいるなら反対なんか出来ないのです。本人が望んでいると広まれば、内政派は今充分に力がありますから無理に派閥争いを続けたりしないでしょう。

 と言うか、内政派はクオルス様の一存で抑えられる筈です。ならレイノルド様が躊躇する理由なんてありません。今直ぐにでも結婚を申し入れるべきです」


 どう考えても上手く行くだろうこの状況で何をしているのですか玲君。杏奈さんが大事なのでしょう?


「今直ぐって貴女……」


 確かに今直ぐは性急過ぎますが、ここまで来て待たしている意味が解りません。

 マリア様の存在が正妃争いに火を着けて以降、各派閥は「今日にも正妃を決めろ」ぐらいのことをジークフリート様に言っているのです。そして、外征派と革新派が手を組んだ今は去年までのように誤魔化しが効くような状況ではありません。もう誰かを正妃にすると宣言する必要に迫られているのです。

 まあ宣言だけして実際は別の方を、という策が使えないことはありませんから、形だけでも正妃を決めてしまうのも手です。ただ外征派は本気で焦っていますから、リシュタリカ様を正妃にすると宣言してしまうと宣言だけで終わらない可能性も少なくないでしょう。だからと言ってシルヴィアンナ様を、というのも個人的には……。


「今直ぐです。待った無しです。少なくとも本人にはそう告げて下さい。シルヴィアンナ様だって不安な筈です。ずっと近くに居たレイノルド様ならそれが分かるでしょう?」


 この所杏奈さんは危機感を持っています。それは他ならぬ玲君が煮え切らないせいでしょう。


「……よりによって何でシルヴィアンナが居る所でそんなこと言い始めるかなぁ」

「私に色々と事情があることぐらいご存知でしょう? レイノルド様と二人きりになるわけにはいかないのです」


 私は側妃ですから、クラウド様以外の男性と二人きりで部屋に居ることなど絶対に許されません。


「それはそうなんだけど……」

「想いを告げることは出来ませんか? その程度の想いなのですかレイノルド様の想いは」


 強引過ぎる気もしますが、この場で杏奈さんを安心させるのは大事なことです。


「もう少し、あと二日。いや三日だけ待ってくれ」

「三日だけ? 卒業式ですか?」

「一度でも勝てたら告げる積もりでいたけど、シルヴィアンナには一度も勝てなかった。今回も勝てないかもしれない。でも……忘れることなんか出来ないから」

「玲……」


 杏奈さんは驚きながらも嬉しそうな顔で玲君を見詰めています。玲君はそれに気付きながらも恥ずかしそうに目を逸らしています。……御免なさい玲君。今回は私の早とちりでしたね。






 魔法学院の卒業式は何ら変わった所もない普通の卒業式ですか、卒業生にとって、いえ、学院生にとって卒業式はただのおまけです。重要なのはその後の晩餐会と舞踏会です。


 院生会主催の晩餐会はクラス毎に別れて食事をするだけのいつもより豪華な食事の出るただの食事会ですが、問題は、たった今行われている舞踏会です。


 ゲームの最後のイベントだと言うこの舞踏会には、事前に申請すれば誰でも参加出来るのですが


 ――この舞踏会で一人“だけ”と踊ればその方と結ばれる――


 という有りがちな言い伝えがあるのです。だから、普段の舞踏会とは違ってクラウド様や院生会員達に群がる女生徒達。という構図は生まれません。大抵の女の子達は特定の相手の傍にずっといて、仲睦まじくお喋りしていたり、ライバルを牽制し合ったりしています。

 結ばれるも何も、貴族同士では婚約している人もいっぱい居るので言い伝えなんか関係ない気もしますが、実際問題としてかなりの影響が出ていますね。まあ、魔法学院は平民の方が多いのですから当然ですけど。


 そんな状況の中クラウド様はというと、


「王国騎士団に入ることになったマルフォスと言います。以後宜しくお願い致します」

「貴殿程優秀な男が騎士団に入ってくれることを嬉しく思う。マルフォスの名を騎士団に轟かせてくれ」


 王国騎士団と魔法師団それから治療婦院に採用が決まっている方々挨拶に来るので、ずっとこんな調子です。去年もそうでしたが、こんな短時間で沢山の人に挨拶されても絶対に覚え切れないでしょうね。特に治療婦院なんか四十人ぐらい採用されますし。

 因みに三つ共採用試験は学院内で同時に行われます。学年末試験よりその試験の前の方が皆そわそわしていますね。


 そんな卒業記念舞踏会が今年一番の盛り上がりを見せたのは、正子近くなって舞踏会が終わりに差し掛かった頃でした。


 卒業記念舞踏会なのにも関わらず、いえ、だからこそ周りに集った三十人からなる取り巻き達に囲まれて、優雅に過ごしていた女王様。最後の最後まで学院の中心に居た公爵令嬢の所に精悍な顔つきの男性が近づいて行きました。


「シルヴィアンナ嬢」


 取り巻きの方々の中に颯爽と別け入って女王様の名前を呼んだのは他でもない玲君です。わざと声を張りましたね?


「あら? どうしたのかしらレイノルド」

「一曲ご一緒願います」


 “立ったまま”シルヴィアンナ様をダンスに誘ったレイノルド様。それは、今が舞踏会の最中であることを考えたら極普通の行動です。実際、跪こうが立ったままだろうが、それは誘う方の気持ちの現れで作法は特にありません。

 しかし、シルヴィアンナ様相手にそれが許されるのは実質クラウド様だけなのです。何故なら、跪いてダンスに誘うのは女性に対する敬意の現れだからです。


 敢えて敬意を示さないでシルヴィアンナ様をダンスに誘ったレイノルド様。これは取りようによってはクラウド様に対する宣戦布告です。この行為を


 ――シルヴィアンナは私が貰う――


 そう宣言した行動と解釈しても問題はありません。ただ――――。


「ご一緒出来て光栄に存じますわレイノルド様」


 シルヴィアンナ様は今日初めて、いえ、卒業記念舞踏会で初めてダンスを受けたのです。それは明確な意志の現れでした。


「嘘だろ?レイノルド?」「マジか」「まさか!シルヴィアンナ様どうして!」「シルヴィアンナ様が長年連れ添ったパートナーはクラウド様ではなくレイノルド様だったわ。秘めた想いをずっと胸に抱いてらしたのね」「正妃争いはまた動くのか?」「本人達が決めることではないだろう」「にしても、これで「年越しの夜会」は荒れるぞぉ」


 優雅に踊る二人を見て、ダンスホールは騒然とし始めました。


 翌日にはこの話が学院の外に広がり、王都の社交界は少しの間その話題が独占していました。


 え? 何故少しの間かって?


 それは――――








2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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