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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第一章 侍女見習い
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#15.小さな勝利

「胡散臭い……それは私に言ったのか?」


 ウィリアム様の笑顔が復活しました。とっても胡散臭い笑顔が復活しました。いえ、胡散臭い笑顔ではなく胡散な笑顔です。グレーではなくてブラックな笑顔です。


「えーと、そうかも。え? 違う! そうでもない。うあ、違います!」


 ……墓穴を掘っている匂いがぷんぷんします。このままじゃ私の出世はおじゃんです。うぅ〜。やっぱりクラウド様にこっちに来て貰えば良かった。


「ふーん」


 ウィリアム様を私の顔を舐めるように見て納得したように顎に手を置きました。貴方は本当に八歳ですか? その仕草はアラサー以上限定ですよ?


「お前いくつ?」


 はい?


 ウィリアム様の何の脈絡のない質問に私は驚き首を傾げてしまいました。何故唐突に年齢を訪ねたのでしょうか? というかさっきの話からして私のことは知っている筈ですよね。


「年齢ですか? 九歳です。十二月で十歳になります」

「何でそんな歳で侍女になったんだ?」


 私を試しているのでしょうか? ……そんな感じにも見えませんね。今ウィリアム様の眼に浮かんでいるのは好奇心だと思います。笑顔は相変わらずなのに、案外子供らしい所があるんですね。


「何でと訊かれましても、侍女見習いの試験に年齢制限はありませんから。十二歳で受けるのが慣例になっているだけで」


 まあ私が侍女見習いになったのは国王陛下の命令だからですが、今ここで言う必要はないと思います。と言うより、知らないのですか?


「受けられても受けるやつは殆どいない。何故お前がそうしたのか訊いている」


 ……意外にしつこいですね。


「私は男爵家の娘です。私に興味を持つなど正気の沙汰ではないのではありませんか?」

「聞いていたのか?」


 聞いてないと思ってたのですか? そっちの方がビックリですよ?


「はい。偶々聞いてしまいました」

「偶々?」


 ウィリアム様は訝しげな眼で私を睨んでいます。確かに疑われて当然ですが、これは本当です。決して王子様のあとを付けてきたわけではありません。

 それにしても、眼は睨んでいるのに胡散臭い笑顔だけは変わらないのは何故しょうかね?


「あんまり私に関わると正気を疑われてしまいますよ」

「……別に私が言っているわけじゃない。母上が言っていただけだ」


 ん? それってもしかして、


「メリザント様が下位貴族と関わるなと仰っているのですか? それともクラウド様に何かしろと?」


 ウィリアム様自身が野心家なだけだと思っていましたが違うのでしょうか? メリザント様は、愛妾のモイラさん程あからさまにレイテシア様と敵対したりしてはいませんし、そこまで野心的ではないのかと思っていたのですが、そうではないということでしょうか?


「両方だ。母上は事ある度に「クラウドには負けるな」とか言うし、下位貴族や平民のことを馬鹿にしてる。でもそういうものだろ? 王子は王を競って奪い合うモノだし、下位貴族や平民に王族と話す権利なんかない」


 私はこの胡散臭い笑顔とクラウド様の頭の良さに惑わされていたのですかね? 難しい言葉は知ってる割に世の中の現実とは向き合って無い。ウィリアム様がそんな典型的なお坊ちゃんに見えて来ました。まあまだ八歳ですからね。気にすることもないでしょう。


「王子が太子や王の座を競うのはその通りですが、奪い合ってしまったら国が潰れるので止めて下さい。それから、近衛騎士団にしても侍女や女官にしても魔法師団の中枢しても、下位貴族や平民出身の人で成り立っていますからそれと話をしなかったら王様なんてやっていけませんよ?」


 私が一気に言い放つと、ウィリアム様は呆然としてしまいました。そんなに驚くことは言っていませんよ? 少し周りを見れば分かることです。

 もしかしたら、陛下や殿下すら見ていないのでしょうか? 身近な人間を目標にするって大事ですよ? あ、クラウド様が目標なのかな? だとしたらそれは見当違いですね。

 主役の座を奪いたいのなら、主役を狙っている人ではなくて今主役の座に着いている人を目標にしなければいつまで経っても主役には成れません。仮に今の主役が何かの都合でその席を明け渡したとしても、それは本当の主役ではないでしょう。


「……母上が間違っていると?」

「さあ? これは私の意見ですからそれはご自身で考えて下さい。ただ、他人の意見を参考にするのは悪いことではないと思います。鵜呑みにさえしなければ」

「自分で考えろ、か……」


 ウィリアム様は私の言葉を咀嚼して飲み込んでいるようです。然程難しいことは言っていませんので理解して貰えると思います。普通の八歳児よりはずうっと頭が良いですからね。


「……分からない。結局私はどうすれば良いんだ?」


 あれ?


「それは自分で「ヒントをくれ」」


 ヒントってクイズじゃないんですから。正解なんてないですよ? ああでも真剣に悩み初めてしまいましたね。


 ……どうしましょう? 何も言わないわけにはいかなそうですし誤魔化せるでしょうか?


「ウィリアム様。ウィリアム様は子供です。子供は大人と違って間違えても許して貰えるモノです。だから間違えを気にしないでおもいっきりやってみれば良いじゃないでしょうか?」


 お願いだから誤魔化されて下さい。


「間違えても良いなんてことはないだろう。事実間違えたら怒られる」

「それは違います。大人は、怒られずにもしくは怒られた後、責任をとらなければなりません。具体的には、仕事を首になったり給料が減ったり壊した物を弁償したりです。でも子供は怒られてそれで終わりです。ですから間違えても良いんです。その間違いを次の機会に生かせれば」


 さあどうだ!


「……それは分かる。だが具体的にどうすれば良い?」


 具体的って、そもそも何の話をしていたのか良くわからなくなって来たのですが……うーん。結局は視野を広げられれば良いわけですよね。メリザント様を信じ込んでしまっているのを改善出来れば良いわけです。


「ウィリアム様は何でいつも笑顔なんですか?」

「胡散臭い笑顔か?」


 わぁ! 自分で地雷を踏むとは……。


「無理矢理笑顔を作るから胡散臭く見えると思うのです。笑う時は笑って、怒る時は怒って、悲しい時は泣けば良いと思いますよ。それこそ子供なんですからそれで良いと思いませんか? そしてもしそれが間違いだと思ったら、止めれば良いだけです。間違っても良いんです子供なんですから」


 こうなったら逆ギレです。いえ、キレてはいませんが「どうにでもなれ!」です。これが細やかな母親への反抗になって、多少周囲に目を向けてくれれば儲けモノですね。


「分かった。試してみる」


 おお! やりました! 勝利です。私の誤魔化しの勝利です。いえ、もしかしたら大いなる前進の第一歩の、兆しの、兆候ぐらいにはなるかもしれません。バタフライ効果なんて言いますものね!

 なんて小さな勝利の余韻に浸っていると、ウィリアム様が踵を返して行ってしまいました。


「待って下さい!」

「なんだ? 何か用があるのか?」


 幸い声の届く範囲だったのでウィリアム様は足を止めて振り向いてくれました。良かった。


「本殿まで連れて行って下さい」


 本殿は後宮で一番大きな建物です。正妃の間と王太子妃の間、大食堂、大会議室、女官執務室等、後宮の主要施設が集中している建物です。今の後宮は元々「王宮」だったぐらいですから凄く凄く広いのです! だからしょうがないのです。


「なんだお前。迷子だったのか」


 言わないでぇ!






次回 2015/09/21 12時更新予定です。


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