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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十章 入れ替わった主人公
156/219

#155.穏便な処置

「お母様!」


 寮に戻って来たお母様の無事な姿を見て、私は駆け寄り抱き付きました。いえ、体格も体型もほぼ一緒なので駆け寄った勢いのまま抱き付いたりしていませんよ。直前でちゃんと減速しました。まあでも思い切り力を込めて抱き締めていますけど。


「クリス」


 優しい声で私を呼びながら、お母様もギュッと抱き締めてくれました。


「心配し過ぎだよクリスは。母上がマリア嬢に負けるわけがない」

「そういう問題ではありませんお兄様。お母様は私の身代わりでマリア様と対峙したのです。身体を張って私を守ってくれたのですから無事な姿を見て嬉しくなるのは当然です」

「何の為に私が母上のガードをしたと思っているんだいクリスは。これでも近衛で一番強いと言われているんだけどな」


 優しい声で「私を信用しろ」と言ったお兄様は、お母様に抱き付いたままの私の頭を撫でました。

 お母様が私の身代わりになることを了承する為に私が付けた条件が、「お兄様がお母様のガードに付いて下さい」でした。お兄様が最初に身代わり作戦を言い出した時、私は全力で反対しましたが、クラウド様もクロー様も賛成で、スレイ様すら「有効な手段」なんて仰いましたから、全く止めることが出来なかったのです。


 私がお母様を抱き締めていた腕に込めていた力を抜くとほぼ同時にお母様も私を解放しました。


「私心配性過ぎますか?」

「わたくしの娘なのだから心配性なのは仕方がないわ。それよりクラウド様。シルヴィアンナ様は?」


 杏奈さん……あちらは命の危険はないと思いますけど、上手くやっていますかね?


「シルヴィアンナはまだ寮に入ったばかりです。そちらが予定外に早く終わったので入る前一報は届けましたが、通常違反検査は一時間はかかります。結論が出るにはあと二時間程掛かるでしょう」


 ……声が近いですね。

 クラウド様は私がお母様に向かって駆け出す前までは真横に居ました。でも、お母様の問いに対して返って来た声は、私がお母様を心配して待っていた玄関の端より遥かに近い場所から聞こえたのです。

 そして振り向くと、クラウド様は私の真後ろに居て、お母様の問いに答えながら私を後ろから抱き締めました。……クラウド様。確かに今は私が準正妃であることを知っている方以外いないですけど、


「お母様やお兄様の前で抱き締められるのはリーレイヌ様やアンリーヌ様の前で抱き締められる以上に恥ずかしいのですけど」

「あの人も産まれたばかりのアンドレに嫉妬していたけれどクラウド様も一緒なのね」


 お父様がお兄様に嫉妬ですか? ああ、お兄様にお母様を盗られてしまって嫉妬ですか。その光景が十二分に想像出来ますね。って、


「クラウド様お兄様に嫉妬したのですか?」


 頭を撫でられただけですよ?


「兄弟だろうと男は男だ」


 ……独占欲全開ですね。私が真理亜さんみたいに移り気の激しい女性だったらクラウド様もハビッツ様みたいな事件を起こしてしまうのでしょうか?


「言い訳の仕方があの人そっくりね。アンドレもこんな風にミーティアさんを独占したがるのかしら?」

「私は別にアレクセイに嫉妬などしません」

「そう? 強引に引き離したりしているのではなくて?」


 いたずらっ子のような笑みを浮かべるお母様がお兄様をからかっているうちに、後ろから私を抱く腕が引っ込んで、私は解放されました。


「なんにしても、今回はクリスの為にありがとうございましたセリアーナ様」


 右手を胸にし頭を下げる紳士の礼をとってお母様に礼を述べたクラウド様です。


「この子の為ならいつでも呼んで下さいクラウド様。翔んで参りますわ」


 いつもの優しい笑顔で応えたお母様の言葉はとても力強いものでした。

 お兄様もそうでしたが、お母様も私に前世の記憶があるという話をあっさりと受け入れて変わらず接してくれました。いえ、お兄様とお母様に限った話ではありませんね。クラウド様は勿論クロー様やリーレイヌ様も私に対する態度は変わりませんでした。本当に私は今世人に恵まれた人生を送れていますね。


「ん? あ! 失礼しました。まだ玄関にいらっしゃるとは思わなかったものですから」


 突然玄関の扉が開いて近衛騎士様が顔を見せ、扉の直ぐ近くに居たお兄様に謝っています。


「構いません。どうしました?」

「エリアス・ビルガー様がお越しです」

「エリアスか。早いな。通せ」






 場所を応接間に移し、エリアスも交えて今日あったことの話を詳しくお聞きしました。


 お母様とお兄様の話したことは、正直「真理亜さんなら充分あり得る」と納得してしまうような話で、真理亜さんが船上で語った私を殺す動機は「わたしの邪魔をしたから」だそうです。あの人にとって、ゲームの舞台だとかはあまり関係ないのだと思います。真理亜さんは恐らく「自分が世界の中心」なのでしょう。


「……ことの経緯は把握出来たが、そこまでマリアの殺意に確信を持っていて何故マリアを止めなかった?」

「理由は二つ。一つは不穏分子は排除するに限る。もう一つはマリアが公爵家にとっても邪魔になっていた」

「……邪魔になっていたのは否定出来ないが、マリアを説得しようとは思わなかったのか?」


 エリアス様は前世の事件を知りませんからね。マリア様が私に対して殺意を持っていたという話に説得力がないのでしょう。


「ビルガー公やエリアスが幾ら何を言っても我が儘放題続けた女だ。私達が何を言っても聞きはしないだろう」


 オルトラン様の部屋に行って一ヶ月程の自宅謹慎になったのにも関わらず、学院に戻って来てからマリア様は一人で街を彷徨くようになったそうです。

 そしてその理由がどうやら本当にルッカちゃんの恋人(仮)のロンさんだったようで、ロンさんはマリア様の幼馴染みだそうです。そのロンさんが事故にあった影響で私が事件に巻き込まれたと言えますし……どんな確率でしょうね?


「今日見た限りだけれど、あの娘は我が儘とかではないわ。あれはある種の病気。自分の都合でしかモノを考えられない娘よ。あれではクリスに対する殺意が無くなったとしても、いつかどこかで誰かを傷付ける。ビルガー家にとってみれば穏便に済ませられるだけ良いかもしれませんわ」


 お母様。穏便に済ます話はまだしていませんよ。


「穏便に済ます? 殺人未遂を?」

「ああ。ビルガーにとってはもう一つの醜聞を合わせて穏便に済ましてやる」


 上から言うのですねクラウド様。


「どういうことだ?」

「拉致事件の主犯。それから殺人未遂事件の犯人。この二人を国外逃亡したとして処理する」


 ……クラウド様。別に引っ張る理由はありませんよね?


「マリアの国外逃亡は良いとして、拉致事件の主犯は全く分かっていないのではなかったのか?」


 マリア様が居なくなるのはどうでも良いのですねエリアス様。まあイリーナ様と幸せな時間を過ごされているようですから、然程興味はないのだと思いますけど。


「証拠は無いが、拉致事件の主犯はハビッツだ。動機はマリアを独占すること」

「ハビッツ!?」


 エリアス様はだいぶ驚かれたようです。ハビッツ様は優秀な侍従だと評判の方でしたからね。驚きも一入でしょう。


「……そこまで言い切るからには証拠は無くとも確信を持っているということだな?」

「ああ。というより、今夜ハビッツがマリアを連れて学院から出て行けば、それは紛れもなくハビッツがマリアに強い恋情を抱いている証拠だ。

 そして、社交界には暫くこういう話が流れる。「愛の逃避行」これならばビルガーの家名には殆んど傷付かない」


 もっと言えば、マリア様の今までのやりたい放題は真実の愛を隠す為の偽装だった。そんな話を合わせて流せば、ビルガー家がマリア様のせいで落とした影響力の半分ぐらいは取り戻せる可能性があります。


「……そんな恩を売ってどうする気だ? 正妃争いから降りろか?」


 いえ、エリアス様。余程上手く立ち回らない限りビルガー公は正妃争いから降りることに成りますよ。


「その質問に答えるには、こちらの質問にもう一つ答えて貰う必要がある。エリアスとヴァネッサの縁談はどこまで進んでいる?」

「……殆んど決まっていると思って問題ない」


 案外あっさり答えましたね。発表が近い段階まで来ていたのでしょうか?


「まず重要なのが、ヘイブスが潰れることだ」

「は!? ……オルトランは? 奴は不正とは無関係だろう?」


 確かに不正だけならオルトラン様に爵位が禅譲されるだけでヘイブス家が潰れるなんてことはないでしょう。


「いや、これは確定と言って良いし、ビルガー公も文句は言えない。ヘイブスの罪は一般的に知られているより重いということだ。そして重要なのがヘイブスの後釜だ。これが今、ダッツマンかルアンのどちらかに絞られている」


 お姉様の実家ダッツマン家か、玲君が継ぐことになるルアン家。奇しくも私の関係者の子爵家二つが候補に残っているのです。ただここで問題なのが、


「どっちも堅実内政派。それを承諾しろということだな」

「ああそうだ」

「はあ……分かった。父上には俺から話す」


 ビルガー公爵家への根回しが終わり、王家のヘイブス家潰しが始まったのはこの二日後のことでした。







2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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