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側妃って幸せですか?  作者: 岩骨
第十章 入れ替わった主人公
155/219

#154.追い詰められた男

シルヴィアンナ視点です

「何かしら狙いがあってここに踏み込んだと思ってましたが、そんな荒唐無稽な推理の披露しに来たのですか?

 確かに私がマリアお嬢様に心底惚れていれば、あの事件の状況に説明は着きますが、その推理は状況証拠と推論だけで何一つ確証がない。それとも、私がお嬢様を独占しようと企んだ証拠があるのですか?」


 揺さぶりぐらいにはなると思って話したけれど無駄だったわね。まあ、二の矢三の矢がこの男に防げるとは思わないけど。さて、この応接間でこの男と二人で対峙しているのもあと何分かしらね? その時間が……。


「残念ながら証拠はないわね。マリア様とクリスティアーナ様を拉致した「鰯の群れ」も二人を移送した俗称「ファースト団」も依頼人に関する情報を殆んど持っていなかったわ」


 “ファースト団”は俗称だから良いとして“鰯の群れ”は自称。酷い名前ね。


「ならばお帰り願いますシルヴィアンナ様。違反検査は三,四日前に通達するのが通例です。今日の今日で検査を受けて何も出なかったのにこれ以上言い掛かりを付けるのなら、ビルガー公爵家の人間として正式に抗議させて頂きます」


 若くしてビルガーの侍従次長を勤めるだけあって流石に優秀ね。そうでなければ拉致監禁なんか成功していないか。


「ハビッツ様はご存知かしら? 一年のD組のターニャという平民の娘」

「……存じていますがそれが何か?」


 目が泳いでる。突然急所を突かれたら誰でも動揺するわよねぇ。


「何か、と聞き返すより観念した方が良いかと存じますわ。名前を出しただけでそれほど動揺なされるなら」

「マリアお嬢様に取り入っている令嬢ぐらい侍従として把握していて当然です。話に脈絡がないから驚きはしましたが動揺などしておりません。観念することなど有りはしません」


 驚く理由になってない。っていう突っ込みはしないであげようかしらね。まあ、最初から別の所を突く気満々だけどね。


「ならターニャのことはお調べになりましたわね?」

「……大衆食堂の娘ですが他に何か?」


 やはり浅い。肝心な所を調べてない。


「確かにターニャは大衆食堂の娘ですわ。では、ターニャの母親のことはお調べになりました?」

「母親?」

「ターニャの母親はわたくしの母方の祖母の弟の娘、詰まり大叔父の娘ですわ。詰まりわたくしとターニャは又従姉妹ですわね」

「なっ」


 油断大敵。私が警戒していないと思ったのかしらね? まあマリアが学院を荒らし回る前の話だから、警戒心が弛くて当然だけど。


「ターニャとは小さい頃から交流がありましたわ。親友とまではいかなくとも、何かあったら助け合えるぐらいの友情は築きましたわ」


 実際前世の知識を使って食堂を建て直したのは私なのよねぇ。まあ別に恩を売る積もりはないけれど、ターニャは今回それを返してくれた。それも今日で終わり。労ってあげなきゃね。


「勿論ターニャから聞いておりますわ。貴方とマリア様が「とても親密」だと。具体的に何を聞いたかお話した方が良いかしら?」


 流石に口に出すのは憚れるけど、ターニャはその“現場”に遭遇したらしい。別に他人の趣味にどうこう言う積もりはないけれど、来客中の台所というのは……。


「それが十日前のこと。事件のあとに親しくなったなんて言い出したりしませんわよね?」

「……だからと言って拉致監禁を依頼した証拠にはならないでしょう?」

「確かに証拠にはなりませんわね。でもこれをそのままビルガー公爵家に報告したらどうなるかしらね?」

「エリオット様はマリアお嬢様にそういう“癖”があることぐらい把握しています。実の娘ではないマリアお嬢様の“相手”に私が加わったところで、今更大した問題にはなりません」


 あら? 意外に悪足掻きするのね。冷静に考えればもう摘んでいることぐらい気づく筈よ。


「事件が無ければ確かにそうね」

「事件が有っても一緒です。私が咎められる理由にはならない」

「手付金――――拉致犯と運び屋に払った手付金はそれだけでも結構な額だと聞いているけれど、何処から出たお金なのかしらね?」


 流石に黙ったか。摘んでいることに気付いたようね。

 マリアには浪費癖もあった。だからマリアの身辺を管理していたこの男ならその一部を着服することぐらいは出来る。そう思って詳しく調べれば証拠が出るのは間違いないでしょうね。


 黙ったまま何かを必死に考えているハビッツだけど、果たしてその頭の中を今占めているのは己の身のことかしら? それとも愛しい人のことかしら?


「ビルガー公爵家から追われることとなったハビッツ様にもう一つ重大な事実を教えて差し上げますわ」

「……重大な事実?」

「今日の月見茶会の顛末ですわ」


 もう少し時間が掛かると思っていたけれど、私がここに踏み込んで来る寸前に一報が入った。「マリアが退場した」と。


「顛末? まだ二時間も経っていませんから顛末も何もないでしょう。お嬢様はあと一時間は湖上に居る筈です」

「いいえ、マリア様が丘に戻ったのはわたくしがここに来る前ですわ。もう一時間は経ちますわね」

「……お嬢様は何処に? 何故そんなに早く?」


 これは純粋な質問のようだわ。私が嘘を吐いているとは考えないのね。


「マリア様が何かしら企んでいたことぐらい貴方なら気付いていたでしょう?」

「……」

「マリア様は殺人未遂で逮捕されましたわ。今は検閲場の簡易牢で尋問の最中でしょうね」

「殺人未遂……」


 流石に殺人を企てていたとまでは思っていなかったようね。まあ、それを予期していたらどんなにこの男がマリアに惚れていようと流石に止めたでしょうしね。


「幾らマリアお嬢様でも殺人など……そもそもクリスティアーナ様を殺害する理由などない筈だ」

「あるわ。それが分かっていたからわたくし達は対策を取ったのよ。事実、マリア様を逮捕したのは近衛騎士達。それから、クリスティアーナの代わりとしてセリアーナ様に来て頂いた」

「セリアーナ様……「金髪の魔女」」


 詳しい話は聞いていないから実際逮捕したのが誰かまで知らないけど。


「分かっていた?」


 何か気付いたように顔を上げて私を睨んだハビッツ。


「ええ。マリア様がクリスティアーナ様の殺害を企んでいることには確信を持っていたわ」


 お茶会に一度も招いたことのない人間を月見茶会に呼び出すなど通常あり得ないわ。それも二人きりで。マリアが何かしら企んでいることはその時点で確信した。そして真理亜なら、ゲームの攻略の邪魔をしたとか言い出して、藍菜に恨んでいても何の不思議もない。安藤真理亜はそういう人間だった。


「なら何故私にそれを言って――――」

「貴方が拉致事件の主犯だからに決まっているでしょう? 死んでもおかしく無かったのよクリスティアーナは。貴方に慈悲を掛ける理由があって?」


 藍菜は確実にクラウド様の妃としてこの先生きていく。真理亜がビルガーの養子である以上接触する機会は少なくない。その度に寿命が縮むような思いをするなんて御免だわ。


「……事件当初から私が疑われていたということですか」

「ええ。ただ確信は持っていても証拠は未だにないわ。貴方を追い詰めることは出来ない」


 本当は“受け取り”に来た犯人を逮捕するのが一番楽だったわけだけど、身内であるこの男にマリア救出の一報が届かない筈はないものね。


「なら私はビルガーを首になって終わりですか? わざわざ何故シルヴィアンナ様がそんな話を?」

「そんな貴方に救いの手を差しのべてあげる為かしらね?」

「は!? 慈悲を掛ける理由は無いと今言ったばかりなのに、それをもう覆すと?」


 確かに矛盾しているように聞こえるでしょうね。でもそれは間違い。


「わたくしの、正確にはクリスティアーナの周囲の望みは貴方とマリアが退場することであって、貴方が裁かれることではない」


 死刑になるなら兎も角、真理亜もこの男も禁固刑か労役刑になるだけで、いずれ出て来る。そんなのは意味がないわ。


「ではどうしろと?」

「明後日の深夜。ブギからガルテアークに向けて密航船が出ますわ。今夜中にここを発てばギリギリ間に合います。今すぐ決断するならば、二人分の水と食料を積んだ馬車を貴方に差し上げますわ」

「……それは近衛、いや、クラウド様も了承しているということですか?」


 だいぶ冷静になって来たわね。でも、彼にはもう一つしか選択肢が見えていない。


「拉致事件以降の動きを見ていれば分かるでしょう? クラウド様にとってクリスティアーナは大事な存在。クリスティアーナを守る為なら何でもするわ。貴方と一緒に逃げないのなら、人知れずマリアを処分することも充分に考えられるわね。そう考えれば随分と穏便に済ませてくれたのではなくて?」


 流石にそこまではしないだろうけど、マリアをビルガーから退場させる手段なら幾らでもある。一平民に戻すぐらいは平気でやるでしょうね。


「……貴女は何故この件でここまで動いたのですか? 貴女にとってもクリスティアーナ様が大事な存在ということでしょうか?」


 それが気になるの?


「それとは別にもう一つ大きな理由がありますわ。でもそれはマリア様にお尋ね下さい」

「お嬢様に?」

「ええ。「シルヴィアンナは二見杏奈」そうマリア様にお話すれば理由は解りますわ」


 まあ、真理亜が話すかどうかは別だけど。


「フタミアンナ?」

「これを」


 袖に仕込んでいたメモをハビッツに渡しながら私は立ち上がった。


「……全部そちらの思い通りか」


 メモを見ながら呟くハビッツ。メモには馬車と密航船の詳細が記してある。


「気に入らなければ逃げなければ宜しいかと」

「他に選択肢はない」


 でしょうね。貴方はそれほどまでにマリアを愛している。狂おしいほどに。


「さようなら。貴方の顔を二度と見ないことを願っていますわ」






「行った?」

「はい。一応二人付いています」

「そう。あの感じなら迷い無く密航船に飛び込むでしょうけどね」


 ガルテアーク、東の大陸行きでは無く、ドローポット行きの密航船だけどね。ドローポットは絶海の孤島で通称「掃き溜め島」各国からお尋ね者が集まって来る無法地帯。ドローポットに行く船には簡単に乗れるけれど、ドローポットから船に乗ることは出来ない。何故なら船は着岸しないから。“乗客”はドローポットの沿岸まで行った船から放り投げられる。それで死んでも構わないと。

 私は藍菜ほど優しくない。自分を殺した相手を憎まずにいることなんて出来ない。ましてや、真理亜はまた藍菜を殺そうとした。許せる筈がない。


 これは私の復讐。


 だから矢面に立ったのよハビッツ。貴方に恨みはないけれど、貴方のせいで、貴方のその歪んだ愛のせいで藍菜は死にそうになった。その酬いは受けるべきだわ。


「それより、長期間ご苦労様ターニャ」

「任務とは言え大変でした。ずっと演技してるのは」

「お父様もホント。抜かりないわよねぇ。マリアの入学前から貴女を寄越すのだから」


 ターニャと私が又従姉妹なのは事実だけど、


「クラウド様は気付いていたようですよ」

「王家はエリントンに密偵が居ることぐらい知っているわ」

「ですよね」







2015年十二月中は毎日午前六時と午後六時の更新を“予定”しています。

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